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第2話 旅の始まりと2人の過去

 9月14日、土曜の朝。八時ごろに目を覚ますと、昨夜の疲れがまだ体に残っていた。腹が減っているのは確かだ。朝食を済ませて身支度を整え、時計を見ると九時が近づいている。プレハブを出ると、昨日の講習で講師をしていた女がバイクにまたがって待っていた。バイクは改造された二人乗りのオフロードバイクで側車が付いており、その側車の座席には鍵付きの金属製収納ボックスが固定されている。そして彼女は英語で言う。


「準備できてる?」


「ああ」


「私の名前は篠崎(しのざき) 刀子(とうこ)。昨日はお疲れさま」


「俺はパドリグ・クラークだ。よろしく」


 と返すと、刀子は少し観察するように俺の顔を見てから言った。


「出身はスコットランドよね?」


「何故分かる」


「英語の発音でわかった」


 刀子はバイクの説明を始めた。


「このバイクは故障していた電子制御装置を外して、壊れていた部品は交換してある。収納ボックスには工具や応急道具、最低限の食料と水を入れてある。乗って」


 俺たちは二人でバイクに跨った。


エンジンが唸り、国道一号線の始点へ向けて走り出す。刀子の操縦は少し荒っぽく、風が顔を打つたびに体が緊張する。走りながら刀子が訊いてきた。


「日本語、分かる?」


「少しだけ」


「じゃあ、知ってる日本語を三つ言ってみて」


少し考えてから、俺は言った。


「嘉納治五郎、一本勝ち、引き分け」


 刀子は目を細めて笑いをこらえたように見えた。


「あなた、柔道やってる?」


「ああ。俺は世界選手権前の最後の大会へ参加するために日本に来ていた。階級は90kg級だ」


 刀子は納得したように頷いた。ここで刀子は、核攻撃の日までの生活とやっていた仕事について話し始めた。


「私は核攻撃の日まで漫画家をしていた。私の母さんも漫画家なんだけど、私は高校生の頃は母のアシスタントをしながら、自分が描いた漫画をいろんな漫画雑誌の編集部にいくつか持って行ったりしたんだけど、絵は上手いけど王道路線のファンタジーにありがちな内容ばかりで単調だと言われて、まずはファンタジーやSF要素の無い漫画を描いて、ストーリーの作り方や読者に愛されるキャラクターの作り方を覚えろって言われたけど、何を描いたらいいか思いつかなかったの」


「でもそう悩んでいた時に母さんが、『しばらく漫画を描くのやめて大学にでも行って勉強しなさい、何か良いアイデアが見つかる可能性があるかもしれないわ。どの大学に行っても刀子の学費払えるくらいの預金はあるから安心しなさい』と言ってくれて、その時にイギリスの大学に入学してイギリスの歴史を勉強したの。卒業後その知識を生かして漫画を描いて漫画雑誌の編集部に持って行ったら、連載が決まって今年7月から描き始めたの」


「だから英語が上手いんだな」


「パドリグさんはしばらくは日本にいることになると思うから、日本語で会話したらどう?」


「簡単な単語しか分からないと思うけど、いいのか?」


「話しているうちにわかるようになるから大丈夫よ」


 会話は次第に日本語混じりになっていった。刀子が簡単な日本語で問いかけ、俺が英語を交えて答える。やがて俺も日本語で返すことが増え、ぎこちないながらも会話のリズムができていく。


 しばらく走ると、俺は一つだけ口を出した。


「運転、ちょっと雑」


「免許取ったの、核が落ちる前日なのよ。教習所で最後の実地受けた翌日にあれだもの」


 冗談めかした言い方だったが、状況を考えれば仕方ない。


「運転、慣れてないなら話止める」


「分かった」


 以後は言葉を控え、風と路面の変化に集中して走った。


 千葉側の道は比較的通行可能で、目立った混乱は見られなかった。しかし東京都との境界に差し掛かると、視界に崩れた橋が入ってきた。中央に高速道路橋があり、その両側に一般道路橋が並ぶ構造だが、右側の一般道路橋と高速道路橋は中腹が完全に崩落している。左側の一般道路橋は橋脚から外れて下に折れ曲がり、水面に沈んでいた。向こう側へ続く道路は無残に途切れている。


 刀子がぽつりと言った。


「昨日の朝は左側の一般道路橋だけは壊れてなかった。人が意図的に壊したのかもしれない」


「なぜそんなことする人いる」


「混乱の中で利害が絡めば、物資や人の流れをコントロールしようとする者が出てくるかもしれない」


 彼女の言い方からは、そういう現実を想定して行動しているらしいことが伝わってきた。俺は彼女の言葉を自分なりに受け止めた。世界が壊れた今、そうした利害のぶつかり合いは現実味を帯びている。


 しばらく橋を見つめていた刀子が、ふと顔を上げて言った。


「あ!球を使えばいつ壊れたかわかるかもしれない」


「できるのか?」


 彼女の表情からは確信があるように見えた。どうやって調べるつもりなのか、俺はその答えを待った。

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