リアルが充実しているヲタク
「三期でもういいや、てなっちゃってさ」
「あぁー、スレ民からもよく聞くけど、そこは推し通そうぜ」
「ゴメン無理。ダレハナが忙しくて」
「おいおいその言い訳は浮気って自覚しろよ。ダレハナとコツコツ、どっちが大事なの? て」
「え、そうなる?」
「なるなる」
「ならねーよ」
下校中、駐輪場で佐伯久遠に声をかけてアニメトークに花を咲かせていたら背後からツッコミが。久遠と振り返ると同級生の樋口加奈絵だった。
「カナ、ナイスツッコミ」
「ネキっ、キレッキレですぜっ。妖刀上腕二頭筋の辻斬り参上お巡りさんコッチでーす」
「クマモンちょっと黙ろうか。ゴメン我慢できなくてツッコんじゃった」
「俺は黙らねーよアナタには黙秘権がありますが使う気なさそーてFBIのメリッサ姉さんに言わせてやんよ俺を黙らせたければ猫……、を」
「二度見しながら気になる黙り方すんなあーもうウゼぇ」
「うっヒヒぬぅ、この笑い誰の真似でしょう、んじゃ俺はそろそろバッハロー」
「カテンチュの首刈りウサギ」
「ブブー。正解は倫理のヨッシー」
「リアルかよっ」
「クッソあんたらの会話何一つ分からないのに最後だけツボらせやがって」
久遠は振り返りもせず自転車を漕いで去った。もう頭の中は別のことを考えてるって分かる背中。ちょっとムカつく。
そして二人になるとカナがニヤつきながら小突いてきた。
「マリサ邪魔してゴメンねー。メッチャいい雰囲気だったじゃん」
「なにが?」
「ウッソだろオイ。リアル鈍感系にメリットないわよ」
「私はどっちかというとスーパー鈍感系かな」
「スーパー鈍感大戦って全プレイヤー発狂しそう、じゃなくて……、あーハイハイ、照れ隠しかよお幸せにぃ」
「っとに女子って恋バナ好きねぇ」
「お前も女子じゃろがい」
「私もアレも紳士よ」
すでに視界にいないヤツの方向にヘディング。
「イエスロリータってやつ? あんた……」
「間違いではないけどピンポイントで冤罪仕掛けてくんな。三次元に興味はないって意味よ」
「嘘つけ」
「どーとでもご自由に。泣く泣く厳選した作品を堪能して脳内会議徹夜で一本決めてその作品の同人描いて紳士の祭典、サブカルマーケット略してサルマに乗り込もうって私のどこにイチャコラする暇があるのか言ってみろやぁ」
「あー、ちょいちょい聞くサルマってそういう略なんだ。あとサブカルはサブカルチャーの略な。冬サル夏サルってコイツら頭おかしいってずっと思ってた。今も思ってるけど」
「あまり褒めないでよ恥ずかしい」
「ホラ頭おかしい」
「じゃ、私も帰るねバイバーイ」
なるべく自然に見えるよう切り上げて退散する。カナに限らずすぐ恋バナに持っていこうとするノリは苦手だ。伝説に聞くサークルクラッシャーとやら、趣味に生きる集団を壊すヤツってこーいうタイプに悪意をライドオンでしょ。カナも含めて周りに悪いコはいないからストレスは感じないけど、理解の低い昔は大変だったんだろうな。令和マジ令和。
帰宅して部屋着に着替えてゴロゴロしながら動画をチェック。Vtuberは熱中してないけど会話のネタにしやすくて助かる。企業勢の切り抜きをいくつか見ておけば問題ない。今は新ハードが発売されて新作ゲームラッシュ。私は全然ゲームしないからこれといって興味もなくテキトーに流し見する。
実際今の環境に感謝しかない。スレや友達の友達って人脈が古い輪ゴム並みの私じゃ情報源が怪しいけど、私のすぐ上の世代からはもう息苦しいみたいだからね。
アニソンが世界ヒットチャートのトップの常連になり、国際大会入賞アスリートが表彰台で好きなキャラの真似をする。それを見る観客にも通じて盛り上がる。そんな時代にまだヲタクがどうとか貶す輩は公衆トイレの落書きに足首掴まれてる。平成に置き去りにされた人たち、お元気で。
あとは。
私はブクマ済の動画をタップ。
銀色の長髪をなびかせて、百八十オーバーの長身が回転する度にレザーの光沢とシルバーな肩当てが渋い黒のロングコートが裾を膨らませ、抜き身の長ーい刀を演舞のように振り回して映えを量産し、カメラ越しにコチラを見下す冷たい瞳は底なしのドS。あぁ、FF最高。ゲームしないけどコレだけはしてみたいけど絶対沼にハマるから怖くてできない鼻から出血多量で救急搬送される未来が視えるっオレには視えるぞってなんてものを作りやがったオーマイガッシュ。どーでもいいけど外国人がネイティブで叫ぶシュの部分なに?
堕天使がなんちゃらってBGMにノッてポーズを次々変えながら目線をくれまくってるのは佐伯久遠。
非人間的なカラコン入れて、衣装も小道具も自作。ウィッグは買わなきゃで一番出費が泣けるらしい。あと他人の楽曲無断使用は違法だけど、一部を流すだけの短い動画は見逃してくれるらしい。そんで調子に乗ってボカロを流して色んなキャラでコスプレダンスも披露している。女性V企業勢が大量にやってるヤーツ。私はブクマも高評価もしない。呪術の最強先生でレッツゴーパーリパーリじゃねえよガチ恋勢敵に回して燃えても知らねーぞ。
「プロのレイヤーにクオリティで勝てるわけないじゃん。あの人たちの動画に並んで目立ちたかったらプラスアルファは絶対ンゴ」
とか言ってたけど明らかに流用じゃねーか。お前が推しのダンス練習して披露してぇだけじゃん。あとお前のンゴの使い方はなんか違うからヤメロ。
佐伯久遠。あだ名はクマモン。いっとき狂ったようにバリトンイケボで語尾にナッシーつけてたけど最近落ち着いた。本人曰くだからどこか盛ってそうだけど、コスプレは欲を出せば天井知らずにお金がかかるらしい。そりゃまぁね、安くできるとしても本人が納得できるかどうかが大事なわけで、好きなキャラに妥協したくないよね。
だから金策に動画のアップを頑張ってる。顔出しって相当リスクがあるって聞くのに。
今は結構収益だしてるって人づてに聞いたけど、まぁ高校生の感覚だからひくほどの大金じゃないだろうけど、それにしたって最近であってほんの数ヶ月前はゼロ。初期の制作費は今も続けているバイトで捻出した。
私たちの暮らす地域に漫画家がいるらしい。どこまで本当かは謎だけど守秘義務で正体は伏せている。同人描いてる身としてはその情報だけでご飯三杯いけます。
私もやってるデジタル作画が主流の時代に原稿は手描きとか。はわぁ、大御所? まさか大御所先生ですか? いや新人だとしてもその意気や良し。あっぱれ。
いや茶化す気はなく実際ガチに尊敬できる。私はもうしたいことだらけの中で楽な方に流されてタブレットに頼る素人だ。でも紙の書籍をなくさない日本なら、日本人なら分かること。アナログとデジタルの結果が同じなら時短のデジタルのほうが賢い? モノ作りに魂込めるってそういうことじゃないでしょ。五秒でコピー完了する写経は『写経』と呼べるのか? それは偽物だ。オリジナルじゃない。
その先生もこういう考えがあるのかは分からないし、なくても幻滅ということはない。不器用なだけ? 最高じゃんご飯おかわり。
久遠はその先生の所でアシスタントのバイトをしている。ベタやトーンといった未経験者もできる手伝いをしているらしい。嫉妬で血涙流れそう。ここは千葉だぜクマモン失せろその椅子寄越せ梨汁ぶっかけるわよ。
まぁ悔しいけど、久遠のようなハイスペックヲタクが新しい時代を牽引してる感はあるわね。
見られたがりのコスプレイヤー……、レイヤーとして言うまでもなく見た目に気を遣っていて、素材以上にイケメンオーラを発散している。どーせ寝起きの角度によってはチー牛のくせにあー暴きてぇてぇ。
ダンスが得意ってことで運動神経も凄いっぽい? サッカー部に勧誘されてたから多分。
「いいのかよ、オレ、ゴール前でパスを選択するぜ?」
鼻の穴膨らませてドヤってスベってそんなバカなって顔してるの見た。サッカー部がサッカー漫画読んでると思うな。
衣装や小道具作りは動画で独学。知識より感覚で作りやすいからって立体裁断するとか私ら素人は普通にひく。アイツどこ目指してんだろ。
群れたがる陽キャ、とも違う。てか陰キャ陽キャの分類もそろそろ古いってなりそうじゃない? これはステレオタイプな日本人。久遠は、そう、外国のアニメフェスにいそうなタイプ。周りの目なんて眼中にない。好きなことやってる自分ナンバーワン見たけりゃ見ろー、てな自信に溢れている。
グヌヌ、羨ましいな。私はまだその域までいけない。ただし陰キャのつもりもない。同人描いてることもアニメや漫画トークも隠さない。恥じることはなにもない。
こういう我が道を行く態度はアイツが近くにいるから引っ張られている、という面はある。そこは感謝しとこうアザッス。
さて、カナが絡んできたせいで変に意識しちゃったけど心の整理完了。アップデートヲカイシシマス。
部屋中に貼られた多種多様なポスター。その一枚の中でホースを持って燃え上がる隊長と目を合わせて頷く。気合い注入。
よし、晩ご飯までノンストップでネーム描きあげるかこの情熱は貴方たち消防隊でも消せないわよフゥゥゥ。
翌朝、眠すぎて気配の希薄なアサシンになりながら登校すると教室手前の廊下に男子の群れが。チッ、今私の前を塞ぐな首トンすっぞ。
「なぁなぁ、昨日は一年分の友情ポイントもらって声かけなかったけど、リザルトの報告くらいはあっていいと思いまーす」
「なんの話? てかお前にやる友情ポイントなんてねーよ。全力でしゃくれてVちーばーになったら五億ポイント贈呈しよう」
「ガワ作ってしゃくれる必要性どこ? え、オレ赤く塗ってしゃくれて斜め上見ながら配信すんの? トークデッキどうしよ」
「施設にシレっと東京の名をつける県民性について質疑応答?」
「タブーに触れんな千葉VS政治的正しさ信者って勝ち目ねーじゃん」
「大丈夫俺たちには東京を冠するドイツの村って最終兵器がいるからテーマパークマニア如きにビビるな。クックック、どんなに批判しよーと貴様らはせっせと夢の国に通うのさ毎度ありー、とか煽ってやれ」
「Vちーばー君完全な悪役っ。おーっとぉ、危うく誘導されそうになったじゃんやるぅ」
「未遂か?」
「ガッツリその気になってたよな」
「進路希望書にVちーばーって書きそー」
「教師が怒ったらそれはそれで知事が怒るんじゃね?」
「おいなんか千葉が内乱起こす未来がよぎるんだが」
「それはたったひとりの決断から始まった……。千葉事変、続きはここをタップ」
「ちょ、お前らうっせーよ」
朝からヤベーな男子。全員のIQ足して二十くらいの会話ずーっとしてやがる。聞き耳立てる私も私だが。
おっと時間の無駄無駄さっさと行こう。て足が止まる。
「乃木とくっつくのかよって聞いてんの」
「えっ、クマモンてゆっくりマリサとデキてんの」
「おいおいゆっくりレイムのワタシを差し置くとはいい度胸ナンダゼ」
「いやお前誰だよ」
ったく、カナといいコイツらといい、令和の分類は紳士脳と俗物脳で良さそうね。ちなみに私は真理だけどいつのまにかマリサになってさらにゆっくりがくっついた。意味分からん。
「お前ら油断するとそのテの話ばっかしたがるな。発情期はしょーがないか」
「はぁ? 今は思春期。発情期は一生でーす」
「強気でキモいこと言うなし」
「フォーオっ、ムキになって誤魔化そうとしちゃってぇ、アレこれもしかしててぇてぇ見られますか?」
「マリサはアレだ。戦友ポジだ。ジャンルは違うけどあーいうスゴイヤツがいると負けてらんねぇ、てなるんだよ」
「あらありがと。褒めてもなんも出ないけど友情ポイント? 好きなだけ持ってけ」
「「「「てぇてぇ」」」」
ちょ、久遠、そこで顔真っ赤にすんな乙女かよ。
「これで付き合ってないって冗談だろ。お前らさっさとくっつけ」
「「三次元に興味ないんで」」
同じ返しばっかするからハモっちまった。思わず久遠と顔を見合わせて噴き出す。
「「「「「嘘つけ」」」」」
お前らもヲタ芸並みに息ぴったりだなオイ。
まぁ嘘だけど、今は、ね。