「同じ味を、ちがう場所で」
【おはなしにでてるひと】
瑞木 陽葵
帰り道、手に残ったコンビニ袋のあたたかさに、ふとオムライスの味がよみがえった。
“整え姫”なんて書かれたのに、笑ってすませられた自分がちょっと不思議。
――いま、自分の部屋にいるのに、なぜか蓮の部屋の匂いを思い出す。お腹すいてるのかな?
荻野目 蓮
洗い物を終えて、ちょっと水をこぼしたシンクの光が、どこか眠そうだった。
ケチャップの“おつかれマスター”が、いつまでも頭に残ってる。
――言葉ひとつで、なんか“今日の自分”が報われた気がした。
【こんかいのおはなし】
夜の部屋って、やたら静かに感じるときがある。
スマホの通知も、テレビの音もない時間。
わたしは、ベッドの端に足を乗せて、
片手にさっきもらったラムネをつまんでいた。
「……整え姫、ねえ」
声に出してみたけど、ちょっとだけくすぐったかった。
笑いながら食べたくせに、
その言葉が、ずっと頭の隅っこに残ってる。
窓の外で、風がカーテンをすこし揺らした。
あのときのオムライスの匂いと、
蓮が黙って卵を焼いてた背中。
なぜだろう、思い出すと、安心する。
「……またあれ、食べたいな」
そのとき、ちょうどスマホが震えた。
蓮からの通知。
《あの“整え姫”って名前、永久称号にしとくわ》
「やめて、マジで照れるやつ……」
でも、返信は打たずに、
画面の明かりをぽつんと見つめるだけにしておいた。
その頃。蓮の部屋では。
「“おつかれマスター”……って、
あれ、あいつなりの“ありがとう”だったのかな」
冷蔵庫を開けて、水を一口。
さっき使ったケチャップが、まだテーブルに出たままだった。
それを見て、思わず指で“に”って形をなぞってみる。
「メッセージ書くとか、小学生ぶりだったな……」
でも、
ケチャップで書いた文字って、
なんか、本音が出る気がする。
“おいしかった”とか、“うれしかった”とか。
普段、あんまり口にしないこと。
今度、あいつに「お菓子作り教えてやろうか」って言ってみようかな。
どうせまた、笑って誤魔化すんだろうけど。
そのあと、ちゃんと道具並べ直すくせに。
「……明日、何買っておけばいいかな」
音のない夜に、
同じ味を、
ちがう部屋で、
思い出してるふたりがいた。
【あとがき】
“あの時間”を、あとから思い出してあたたかくなる夜って、ありますよね。
陽葵と蓮は、もうその“灯りを分け合える距離”に来ていて、
言葉じゃないやりとりが、物語の“余韻”として胸を鳴らしています。