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6. 春風

 帰路に着く職人、夕飯の準備で買い出しに出る家族、小さな制服姿の団体。

 石畳に跳ねる足音が、自分以外の命がたくさんあることが、こんなにホッとするとは思わなかった。

 あちこちから聞こえる雑談はどれも日本語のように聞こえる。正確には若干二重音声のようにも感じるが、吹き替えの映画を見ているような不思議な声だ。距離が近い人ほどハッキリと日本語として聞こえ、遠くなるとぼんやりする。

 自然の中にいたときは気づかなかったが、言語になるとかなり違和感があるな。


 獣人に背負われている僕を見て、親と買い物に出たらしき子どもが不思議そうに見つめてくる。

 スーツを着ている人は見かけないから、おんぶされているだけでなく、全体的に物珍しいんだろう。

 そういえば、髪が黒い人もあまりいないようだ。キャミルさんは茶色っぽい髪だから気にしていなかったが、道ゆく人は金や赤、緑、紫などバリエーションに富んでいる。キャミルさんとはまた別の種類の獣人もいる。


 自分が異質な自覚はあるがそれ以上に、日常の営みの景色の中で、時々すれ違う武器を持った人の方が異質だと感じる。

 剣や弓、ハンマーを持った集団とすれ違う。

 あんなの日本だったら法律違反で速攻逮捕されるだろう。

 持ち物だけでなく、格好も鎧や金属製のブーツを身につけていてかなり目立つ。だが道ゆく人は誰も気に留めていないようだ。


「……あれはどういう方々なんですか?」

「冒険者のパーティですね。ギルドで依頼を受けて生活している人たちです。魔物討伐の依頼なんかもあるので、ああやってしっかり装備を整えているんですよ」


 魔物。昼間出会ったスライムのようなやつのことかな。あんなのが山以外にも出るということなのか。


「街の中に魔物が入ってくることもあるんですか?」

「ほとんどないですけど、ゼロとも言えないです。ひと気がない夜の方が目撃情報出てるので、夜間一人でお外に出ない方がいいですよ!」


 野生動物か変質者と扱いが一緒だ。


「ギルド、というのは、僕がいた世界だと職業ごとの組合という意味で使っていたんですが……同じでしょうか?」

「はい、ほとんど同じだと思いますよ! 今向かっているのもギルドのひとつです。そこのギルドマスターにはよく相談に乗ってもらっているので、今回も甘えちゃおうかなと」

「僕までお世話になることで、キャミルさんに何か不利益は生じませんか?」

「シオさんって思慮深い方なんですねぇ。大丈夫です、任せてください! まあ、なんとかするのは私じゃないんですけど」


 ジョークを交えて気を紛らわせてくれる。

 本当に、最初に会ったのがキャミルさんで良かった。




◇◇◇

 



「さてさて着きました。ここがギルド『ウインドコット』です!」


 冒険者が出入りする3階建の建物。

 掲げられた看板には確かに「ウインドコット」と書かれている。文字はアルファベットでも漢字でもない、知らない文字だが、そう読める。僕に多言語を理解する能力はなかったはずなんだけど。

 便利なのは間違い無いので、疑問は一旦脇に置いておく。


 両開きの正面玄関を開ける。

 掲示板には複数の依頼書と思わしき紙が貼ってあり、3、4人の冒険者らしきパーティが受ける依頼を吟味しているようだ。

 受付を終えた老人とすれ違いに、キャミルさんは僕を背負ったままカウンターの向こうの女性に声をかける。

 

「エアリアさん、こんばんは!」

「キャミルちゃん、こんばんは。今日は依頼を受けに…………ではなさそうね」


 エアリアさんと呼ばれた人は柔らかく微笑む。

 ピンク色の長い髪がふわりと揺れて、見惚れてしまう。綺麗な人だなぁ、とボーッとしていると、「後ろはどなた?」と声をかけられた。


「し、失礼しました。僕は」

「シオさんというそうです! 彼女のことで相談があって」


 自己紹介前にキャミルさんに遮られる。やけにわざとらしい。余計なことを言うな、ということだろうか?

 なんとなく黙った僕とキャミルさんを交互に見て、エアリアさんは察しが着いたとばかりに頷き立ち上がった。


「もうすぐ閉めるから少し待っていて」




 日が山の向こうに落ち、夜の帳が下りてくる。

 奥の仕切りのない応接スペースを使わせていただいて、キャミルさんと共に待つ。

 説明のためにと居てくれているが、彼女はギルドの関係者ではないらしい。完全に僕のために時間を使ってくれているわけで、度々申し訳ないと思う。


 依頼を受けにくるのは冒険者だが、依頼をするのは一般市民が多い。

 外国への護衛、店の売り子募集、ペットの捜索、秋の収穫シーズンに向けた植え付けの補助、独居老人の話し相手。バリエーションに富んだ仕事があるようだ。派遣の募集もこうだったなとシンパシーを感じる。

 手伝えることがあればと観察していたものの、飛び交う単語がわからない。「ドラゴン」くらいはわかるが現物は当然知らないし、ナントカ虫だのナントカ鉱石だのナントカ地区だの、知識が乏しくて足手まといにしかならないと判断し、おとなしくしていることにした。

 ああ、いただいたお茶が香ばしくて美味しい。冷えた身体に大変染みる。

 

「お待たせしてごめんなさい。初めまして、私はエアリア。ギルド『ウインドコット』のギルドマスターよ」


 全ての来訪者を見送った後、こちらに向かってくるエアリアさんに合わせて席を立つ。

 手で着席を促されたので座り直す。この辺のマナーは大体地球と同じなのか。通じて良かった。

 

「初めまして。突然お邪魔したのに、お時間いただいてありがとうございます」

「そんなにかしこまらなくても大丈夫よ。ようこそアルスターへ、転生者さん」

 



 微笑みに裏はない。

 ないが、ささやかな違和感を掘り下げて冷や汗が出る。




「…………僕、転生者って言ってませんよね?」


 再び、微笑み。悪意は感じられない。

 それでもなんだろう、この圧は。大企業の会長や格闘技経験者と面と向かったときのような。厳しさとも違う、漠然と「強い」と感じる圧。


「あれれ、私まだお伝えしてませんよね⁉︎」

「ふふ、一目見てわかったわよ〜。何を相談したいのかも大体ね。詳しくはご飯を食べながらにしましょうか。キャミルちゃんも食べていける?」

「わぁーいいんですか⁉︎ ありがとうございます!」


 女子二人はなんとも和やかだ。




 初対面から思い知らされる。

 

 ああ僕、多分一生この人には敵わないんだろうな。

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