5. 教えてキャミル先生
「…………本当に……先ほどから何もかも……すみません………………」
スライムに追われて体力を消耗し、転んで靴を片方無くし、擦り傷を作った僕は今。自分より小さくて細い女性の背におぶさっている。
穴があったら入りたい。大変に恥ずかしい。
女性の身体をまともに触ったことがないのに、どこをどうしたらいいのかわからない。とりあえず腕の付け根というか、肩の一番骨っぽいところを緩く掴んでいるが……これ、僕の中身が男だと知ったら、振り落とされるのでは?
「いえいえ、ウルビーって人間よりも力持ちで素早いんですよ! シオさんくらいなら楽勝です」
少しも大変そうな素振りを見せないことから真実なんだろう。それどころか人ひとり背負いながら、小走りで軽快に山道をかけていく。
落ち着いて話せる場所に移動した方がいいだろうと、街まで連れて行ってくれることになった。出会った場所からまだまだ距離があるらしく、こうして文字通りおんぶにだっこで向かってもらっている。
転生前の僕が走るよりもずっと速い。途中また別のスライムに遭遇したが、あっさり振り切って見えなくなってしまった。
――彼女は僕のことを、転生者、と言った。
転生……生き返し。
やっぱり、塩沢 梓は死んだのか。
道中、少しだけこの世界のことと転生者のことを聞いた。
僕のいた『地球』に該当する名前は、『アルスター』。
アルスターでは遥か昔から、どこか違う星、違う世界から突然人間が現れる現象があるらしい。
とはいえ頻繁にあるわけではなく、ひとつの街に多くても2、3人程度だとか。ただ、それは街を管理している機構が把握している範囲での人数なので、実際はもっと多い可能性もあるとのこと。
「私たちが今向かってる街……『ポートリントン』にも転生者はいらっしゃいますよ。冒険者なので常に滞在しているわけではないですけど、戻られた時には紹介しますね!
でもでも、転生したての人に会うのは初めてです〜! 転生者がいつどこに現れるかは詳しくわかっていないですし、最近は新しく来られた方を見ていなかったので!」
転生の先輩がいるのは心強い。
しかし『冒険者』というのは職業なのだろうか。常に滞在していないというのは、旅行者とは違うんだろうか? ……知らないことはまだまだ多そうだ。
女性の背におぶさったまま質問を続けるのは少し憚られたので、あとは軽い相槌で済ませておく。
「見えてきましたよ〜」
開けた丘に出たところで速度を落としてくれた。
草が揺れさざ波を作り、温かい夕方の陽光が風で冷えた頬を温める。
オレンジ色に染まる石造りの建物。2、3階建てのものが多いだろうか。ポツポツと塔や聖堂、城のようなものも見える。
街の中を複数の川が流れており、奥の海へつながっている。港があるのか、船が浮かんでいる。帆船を見るのは初めてだ。
やはり日本のものとはだいぶ異なっていて、ヨーロッパの風景が近いように思う。
「ここがポートリントン……という街なんですね」
「そうです! 転生者は身分を証明するものがないので、最初に役所にご案内するところなのですが……そろそろ閉まる時間ですし、明日改めた方がいいと思います」
「役所の定時が早いのは、僕がいた国と同じですね」
特定の手続きは夜間も受け付けてくれるけど、アレってシフト制なのかな。連動して自分の残業祭りを思い出す。
そうすると、今日はどうしたらいいんだろう。野宿? いや、屋外はさっきみたいにスライムに襲われるかもしれないし、しかし宿を取るには無一文だ。
僕の不安を察したのか、「心配いりません!」とキャミルさんは明るく告げる。
「頼れる知り合いがいるんです。一晩お世話になれないか聞いてみますよ」
「本当ですか……! 何から何までありがとうございます。あの、お礼は必ず」
「どうか気にしないでください、助け合いの連鎖を繋いでいるだけですから」
キャミルさんも誰かに助けてもらったことがあるということか。
それにしても、なんて出来た人だろう。優しくて強くて、気が回る。最初に出会ったのがキャミルさんで本当に良かった。なおスライムは最初の出会いにはカウントしたくないので忘れる。
「お靴がないですし、このまま行きますね。……あ、そうだ」
立ち止まり、キャミルさんが僕を見る。
「アルスターへようこそ、シオさん!」