31. 根無し草は風に舞う
ココちゃんとロンくんがウインドコットにやってきて10日ほど経った。
彼らはウインドコットの上、エアリアさんの住居スペースで暮らしている。
「エアリアせんせい! おせんたくおわった! シオ、シーツ干すから来て!」
「ココちゃん、今応対中だから後に……」
「すぐ干さないとシワシワになっちゃうから〜!」
「ぼくたちの背じゃ届かない」
「ロンくんまで〜……ちょちょちょベルト引っ張らないで! 裾出ちゃう! 色々出ちゃう!」
「あらあらまあまあ、いいわよシオちゃん、手伝ってあげて。こちらは私が」
こんな調子で、僕の仕事はまあまあ捗らない。
仕事といっても研修中といって良い理解度なのだが。だからこそ覚えたいことが山ほどあるのに、なぜかこの双子は僕を頻繁に呼びつけるんだよなあ。
ギルド側にまで呼びに来るので、馴染みの依頼主や冒険者には「エアリアさんの親戚の子」と説明し認知されている。フードを被っているのでエルフだと即バレる事はないだろう。
とはいえ魔力感知の力が強い人は分かるんじゃないか……と内心ヒヤヒヤしているのは僕だけで、本人らとギルドマスターはのほほんとしている。
二人の母親は人身売買を行う組織に攫われてしまったという。双子に害が及ぶのを防ぐため、母親が囮になった形というなら、魔力の強い二人がいることが知れたら拉致されてしまうんじゃないだろうか。
……と、悪い方に考えてしまうのは僕の癖ではあるけれど。
エアリアさんは強いみたいだし、万が一悪人が現れても吹っ飛ばしちゃえるのかも。
いくらシミュレートしても、事態が動いたところで僕のできることはほぼない。せめてココちゃんとロンくんが健やかに過ごせるように、こうして洗濯や掃除を手伝うくらいしか。
シーツを干しつつ、女性ものの下着が干してある方を見ないようにしつつ。青空にはためく洗濯物を得意げに確認している二人の願いが、一番良い形で解決することを願うばかりだった。
「エアリアさん。スタンプ用のインクと封筒の在庫が無くなりそうです。買って来ましょうか?」
「あらやだ。依頼増えてきたから、いつもより減るのが早いわね、うっかりしてたわ。
定期便が来るのは三日後だし、シオちゃん買い出しお願いできる? 発注数は増やしておきましょう」
「わかりました」
「助かるわ〜、一人だと休日に行くしかなかったから。あとそうね、転生課に呼ばれてるんじゃなかった?」
「はい、様子見て数時間抜けさせてもらおうかと思っていました。多分住居に関する話だと思うんですが……」
「ちょうどいいから今行って来たらいいわ。お家が決まらないと落ち着かないでしょう?」
そう、今の僕は根無し草。
仕事はあれど住処がない。
転生課での手続き時に転生者用の寮は閉鎖になったため、数日ホテル暮らしをしてほしい旨言われていたのだが………現在も僕はいくつかのホテルを転々としていた。
考えてみれば、アルスター外から来た得体の知れない異星人を住まわせてくれる大家が、そう簡単に見つかるかという話で。
当初は2、3日程度と聞いていたから、予定より遅くなっていることの説明をするつもりなのだろう。転生課のデリックさんには毎度のことながら頭が下がる。
「ではすみませんが、抜けて買い物と市役所に行ってきますね」
「ええ、行ってらっしゃい」
「……シオ、おでかけ?」
住居スペースに上がる階段から、ロンくんが覗いている。
「うん。お留守番よろしくね」
「うん……」
……行きたそうだ。でも彼はそう言わない。
数を減らしているというエルフがいると知られると奇異の目に晒されるし、ギルドに本来以外の目的でやってくる人間も現れる。
そして彼らは、人間の暮らしに興味はあっても人間自体を好きになったわけじゃない。今までほとんど会ったことがない、エルフ以外の生き物にまみれるのはストレスになるだろう。
また、魔力の制御がままならない状態で大勢の前に出て、万が一があってはならない。そうならないよう、彼らはエアリアさんに教えをこうためにウインドコットに身を寄せているのだ。
……ということをエアリアさんと僕とで噛み砕いて説明をし、ロンくんは受け入れた。
ココちゃんの方は興味の方が強いらしくしばらく文句を言っていたが、ロンくんにも諭されて渋々頷いた。
双子の個性が垣間見えて面白かった、と言ってしまうと怒られそうだけど。ロンくんの方が見た目の割に大人なので、溜め込んでいないか少し心配になる。
ギルドで待つ三人に何かお土産を買ってこようと思いながら、裏口から外に出る。
昼に差し掛かったあたたかい日が、昨日降った雨の名残に反射している。空気が澄んでいて気持ちがいい。
市役所に向かう道すがら、何ともなく港に目を向けると、見覚えのない船が停泊していた。
――その見覚えのない帆船に、妙な懐かしさを感じたのは、何故だろう。
◇◇◇
「……誠に申し訳ねぇ話なんだが」
「ええまあ、大体察しています。ただ、デリックさんのせいではないですし」
「とはいえよぉ、こっちの都合で不便な思いさせてるのは確かだしよ」
ポートリントン市役所、転生課窓口。
カウンターを挟んだ向こうには、バツの悪い顔をして、ごっつい腕を組みながら市内の住宅情報を追っているデリックさんがいる。
約束の期限内に住まいが用意できていないことを詫びられている状態なのだが、費用は役所が持ってくれているし、こちらとしては大変助かっているので責める気は毛頭ない。
「色んなホテルがあって、なかなか楽しいですよ」
「お前ほんといい奴だよなぁ……。中身が男じゃなかったら抱いてるわ」
「うちのギルド長に告げ口される前にやめてくださいね、そういうの」
「それはズルだろよぉシオちゃんよぉ」
「『受け入れたら次の犠牲者を出すだけよ』と、今日も口酸っぱく言われて来ておりますので」
「かーっエアリアの奴、根回し済みかよ。相変わらず可愛げがねぇ」
「伝えておきます」
「マジで勘弁して」
こういう軽口ができるので、実は役所に呼び出されるのもちょっとした息抜きになっている。
今の職場には女性上司と、見た目が子どもの双子しかいない。もとの世界で働いていた会社には年上の男性も何人かいて、自分の心身を顧みず無闇矢鱈に働く僕を心配し、食事や飲みに誘ってくれる人もいた。
男性しかいないそういった場でのコミュニケーションがあったからこそ、人として越えちゃ行けないラインを越えなかったとも言える。
外見が女性になったからと言っても、僕の精神は男のまま。
女性や子どもの前で弱音を吐いたり情けない姿を見せたり、内容を気にせず軽口を言うのは、やっぱりまだちょっと抵抗があるのだ。
……特にエアリアさんには十分弱々しいところを引き出されてしまっている気はするけれど、一旦置いといて。
「やっぱギルドが近い方がいいよな」
「そうだとありがたいですが、距離よりも家賃ですかね。早起きは苦じゃないですし、遅くなっても別に」
「夜道の独り歩きは可能な限りやめておけ。お前が元いた国がどうだったのかは知らねえが、アルスターの夜は魔物が出ることもある。あと、単純に女の見た目は襲われやすいからな」
「……そうでした。肝に銘じます」
「とまあその辺を考慮するとなあ……。一件貸してもいいってのはあるんだが、大家がジジイのくせして男だったら部屋貸さないって言ってんのがな。シオみたいな危機感薄いのを入れるには不安なんだわ」
「ぐうの音も出ません」
結局のところ再び待機となる旨と、今いるホテルは大人数の予約が入るとのことで、明日から移動してほしいと告げられてお開きになった。
そういえば港に新しい船が来ていたし、仕事や旅行で訪れる人が増えるのかも知れないな。
今回のホテルはご飯が美味しくて気に入っていたんだけど、仕方がない。戻ったら伝えておかなくちゃ。
ただ、こうして色々な宿泊施設に出入りすることで、従業員はもとより長期滞在している冒険者にも顔見知りが増えて来た。所属を伝えると大抵驚かれるけど。
転生者だとはなるべく明かさないようにすると、僕の設定は外国人ということになる。ポートリントンどころかアルスター全体の常識をあまり知らないので、「直近の記憶が曖昧で」と嘘とも言い切れない誤魔化しで周りの好意に甘えている。
事情があるフリをしておくと、予約にわざわざ市役所を通しているのも、福利厚生の一環だと思われやすい。嘘はついていない、嘘は。
今の立場では、周囲にとってどこかで見たことある人・知っている人にアップデートされておいた方が、何かと都合が良い。もしくは「知り合いの知り合い」くらいには。その点、市民全員が知っているのではとすら思える、エアリアさんの知名度が本当にありがたかった。
名前を出していいとは言われているものの、生活のみならず社会的にもおんぶにだっこなのは流石に申し訳なさが勝つ。早く自分だけでウインドコットの従業員だとわかるようになりたいなぁ……。
「じゃあいっそ、シオちゃんも上に住む?」
ギルドに戻り、荷物を置き、転生課でのやり取りを伝えた直後。
予想外中の予想外すぎる申し出に、僕の頭は転生後何度目かのフリーズを果たした。




