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スイッチ:振り返る純潔

性差を強調していますが、キャラ付けによるものです。

現実に関する意図はありません。

「どうしてもあんたのパーティには入れてくれないのか?」

「ええ、お断りします」


 火竜の討伐後、三人は無事村まで戻った。

 証拠にと採集した逆鱗は報告用にと銀の百合が貰い受け、他幾つかの鱗や爪は、村の防備に使って欲しいと鍛冶屋に寄付された。

 そうして雑事を終えポートリントンに戻る旨伝え、村の門をくぐったタイミングで、最後まで帯同した男冒険者からの打診であった。


「そもそも私はパーティを組んでいませんから」

「常に単独でこれだけの実績を上げているってんだから、そりゃ口を挟む隙もないけどよ。

 男手が必要なこともあるんじゃないか?」


 銀の百合の指先が反応する。


「たとえば?」

「ええと、重いものを運ぶとか」

「その辺の冒険者よりも私の方が力があります。私が運ぶ方が効率的でしょう」

「魔物の盾になることも」

「魔物だろうと盗賊だろうと、私が攻撃を受けることはありません。むしろ庇う対象が増えることで足枷になります」

「な、なら……そうだ、女ひとりじゃ何かと危険だろう?」


 言い終わるのと同時に、銀の百合の細剣が冒険者の喉元に突きつけられる。


「その発言はつまり、女がひとりでいるとよからぬことを考える者がいるということですか?」

「……っいや、その……酒場で情報収集するとか……そういう時に、男がいる方が安全じゃないかと……」


 瞬間、冒険者の目の前から銀の百合が消える。

 続いて首筋を掠める風。

 背後から、銀の百合の声が聞こえる。

 

「今あなたは、5度死にました」

「………………っっ‼︎」

「これでも私が、酒場で飲んだくれている男に遅れをとるとでも?」

「と、とんでもない! あんたに敵う奴はいねえよ!」

「一度しか言いません。よく聞きなさい」


 剣を収めた銀の百合が、脂汗をかきながら動けなくなった冒険者の前に再び現れる。

 冷酷な瞳の奥に、怒りの炎が揺れている。


「あなたがするべきことは、そういう場で女を守ってさも優秀であるかのように自分を誇示することではありません。

 女を危険に晒す男を止めることです」


 いいですね、と告げられ、男は何度も頷く。

 圧を解放すると、男はその場に座り込んだ。失禁していない分まだマシだと、銀の百合は思った。火竜の巣までたどり着いただけの胆力はあるということだろう。

 一瞥した後、銀の百合は村を後にした。

 冒険者は、通りがかった村人に声をかけられるまで、その場から立ち上がれなかった。




◇◇◇


 


 名が知れたことで、銀の百合とパーティを組みたいと願う者が増えた。その多くが男性だった。

 実力もさることながら、美貌の面でも噂が広がっていた。得てして()()()()目的の者は、一目でわかる。

 先の冒険者はまだ見込みがあると思ったが、結局のところ女である銀の百合に対し、性差を持ち出し自分の有用性をアピールした。


「……まだ決闘を挑まれた方がマシだわ」


 憎々しげな独り言は、岩場のジャリジャリとした足音と混ざっていく。




(転生前からそう。女は男に劣っていると思い込んでいる。力がない、名声がない、能力がないと見下している。

 目の前で火竜を倒したところを見てもアレだもの。先は長いわね)


 銀の百合は、自身が地球で命を落とした時のことを思い出す。

 追われ、逃げ、螺旋階段の真ん中の空洞に投げ出された身体の熱さ。

 その原因が自分の婚約者だったこと。落ちる前、ぶつけられた視線と言葉の痛み。


 (おぞ)ましさに頭を振る。


(――もう7年も前のことなのに、いまだに鮮明に思い出せる)


「男なんて、嫌いよ」




◇◇◇


 


 ポートリントン行きの船に乗り、デッキで潮風を浴びる。

 春の風は冷たく、血が上った頭を効率よく覚ましてくれる。


 地球とアルスターの暦が同じ前提で考えると、銀の百合は25歳になる。

 アルスターに転生して7年。手折られたのは18歳の時だった。

 いつの間にか父親が決めてきた婚約者。自分の倍以上歳を取った、海外の富豪の三男坊。学も商才もなく、親の財を食いつぶし、パートナーに恵まれぬまま成人になり年月を経た、面識のない大人。


 銀の百合は絶望した。

 ――――ああ、私は親に売られたのだ。


 父親の会社は特に問題もなく、順調に成長していた。融資を受けるほど逼迫しておらず、後を継げるようにと銀の百合が研鑽を積んでいることも知っていたはずだ。

 抗議は一蹴された。『お前は女だろう』、と。


 件の婚約者には見合いの場で即気に入られ、その日の晩にホテルの部屋に押し入られた。

 力で敵うはずもない。が、銀の百合は諦めず、手に取れたグラスで婚約者の頭を殴りつけた。

 怯んだ隙に部屋を出て、走りながら助けを乞う。あたりには人の気配がない。

 手引きされたのは明白だった。

 涙で視界が滲む。

 

 ――私が女でなければ、父は私を売らなかっただろうか。

 ――私が女でなければ、母は止めてくれたのだろうか。

 ――私が、私が。


 否、否。


(女だから会社を継げないというのも、慰み者にされようとするのも、私は何も悪くないじゃない。

 どうして女というだけで、将来を他人に決められて、努力を踏み躙られなければならないの?

 みんなそうなの? お母さんだってそう、お父さんの言いなりで、一度たりとも止めてくれなかった。女だから? だからあんなに辛そうな顔をしていながら、何も言わないの?

 こんな風に、寝巻きと裸足のまま廊下を走って、追いかけてくるおじさんから逃げていても、私を助けてくれないの?

 

 ああ、腕を掴まれた。振り解けない。足に力が入らない。

 もっと私に力があったら。もっと足が早かったら)



 

(私だけじゃない、お母さんにも……全ての女性に、こんな想いをさせないのに)


 

 

 火竜に襲われた村での出来事を思い出し、少しだけ後悔する。

 冒険者は、銀の百合の父親ではない。婚約者でもない。

 全ての男性が、自分の尊厳を傷つけた者ではない。

 自分の記憶の傷に触れられたことによる、ただの八つ当たりでしかなかった。

 それでも、わずかな期待を抱いて接した男性達に、小さく小さく絶望し続けた今がある。


 アルスターに来てからは少しマシだった。

 銀の百合が目覚めてすぐに獲得していた権能。疲れ知らずで軽い身体と、守る対象が女性であることで底上げされる力。

 現実では考えられない現象に戸惑いはしたが、おかげで先の冒険者が言うような目にあった事はない。

 暴力的な解決方法は好ましくないと思うものの、結果として、言葉での説得よりもこちらの方が早かった。




 ――『手を出すよりも前に口を使いなさい、使えるうちに』、と言っていたギルドマスターを思い出す。

 男性に対し、今以上につっけんどんな態度を取っていた銀の百合をそっと嗜めたあの人。

 老若男女分け隔てなく笑顔を振り撒き、いざという時は全てを吹っ飛ばす力を持つ、美しい人。

 銀の百合が守らなくとも強く、周囲を優しく包み込むあの人は、元気だろうかと想いを馳せる。


(……変わりないかしら)



 

 数日かかる船旅の終着点は水平線の彼方。

 銀の百合の視線の先に、春の日が暮れていく。

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