24. ラビットチェイス
自戒を込めて何度でも言う。僕は男性として生まれ、男性として25年生きてきた。
同僚や求職者の女性陣から聞いていた話で、女性はマンションの1階に住まない方が良いと、知識でだけは知っている。もちろん自ら体験することはなかったから、大変だなとは思いながらも、実際起こることはそうそうないだろうとたかを括っていた。
――その答え合わせが今、現実になっている。
そう、たかを括っていたからこそ、1階の部屋だというのに窓を開けていた。風呂上がりに涼しい風をすぐ浴びたいと思っていたからだ。
さらに、部屋は通りに面しておらず人通りもほとんどなかったので、カーテンを引いていなかった。
尚且つ、脱いだ服を備え付けの机に置いていた際、下着をてっぺんに置いていた。
合わせて、窓から部屋を覗くと、服の山が見える。
言い訳は色々ある。
一日かけて市民権を得たことで気が緩んでいたこと。
就職先が決まったことで気が緩んでいたこと。
一人の時間が確保できたことで気が緩んでいたこと。
色々あるが、全ては気の緩みである。
ずっと張り詰めていた反動で油断していたのは僕のミスだ。
だがどう考えても、人の部屋に無断で侵入して窃盗する奴が100%悪いだろう。しかもご丁寧に下着だけって。
あまりの状況に僕は固まり、相手もよもや見つかるとは思っていなかったのか、窓に足をかけたまま固まっている。
なんだ、こいつは?
ウサギ……の耳はついている。顔立ちもほぼウサギ。冒険者のような服を着て二足歩行なのは獣人の類かと予想できるが、とにかく全体的に、大きいというか弛んでいるというか……。頭が大きく、二頭身くらいしかない。
フスーフスーと鼻息荒く、夜の冷たい空気にさらされているというのに暑そうだ。毛むくじゃらなので汗をかいているかはわからない。
しばしお互い見合ったままだったが、ウサギがソロリとそのまま出ようと動いたことで気がつき、ダッシュで捕まえる。
「なんだお前! 泥棒! それを返せ変態!」
「プ……プゥ! プゥーーー‼︎」
見た目に反して妙に可愛らしい鳴き声を上げるんじゃない。
引っ張り込んで警察に突き出したい。……のだが……。
「………………ッッ、……お……重……っ」
体重差がありすぎて、びくともしない。
壁に足をかけて引っ張っても、ウサギが外に転げ出ようとしている重さに逆らえない。
ならばパンツだけでもと手を伸ばしたが、大事そうに抱えられてしまい、どう見ても抜き取れる状態ではなくなってしまった。
「プゥ……プゥ……」
「ああもう! 男のパンツ抱えて荒ぶってんじゃない!」
「プ……?」
「そうそれ男の……、――っうわぁ⁉︎」
男ということに反応し一瞬止まったが、振り向いた後で身体を振られ、反動で投げ出されてしまう。
吹っ飛んだ先がベッドで助かった。
「嘘で騙そうとしてもだめプゥ! そんなおっぱいの男がいるわけないプゥ! お前のパンツはもらっていくプゥ!」
高らかに宣言し、丸いウサギはドデンと外に転がり出た。
そのままプップップと音を鳴らしながら去っていく。
「………………喋るんかい‼︎」
思わず漏れ出た。
いや、喋るんかい。
「ま、待て……!」
せめて逃げる方角だけでもと窓から外を見る。
が。
「……………………遅い」
路地を出るまでもなく、そこにいる。仕草は走っているが、僕の徒歩程度の速さしかない。
今出れば十分追いつけるはず。
下着一枚、盗られたところでなんてことはないかもしれない。
だが泥棒の侵入を許す環境を作ってしまった自分の不甲斐なさを挽回したかったのと、エアリアさんからいただいた下着ということ。
後は単純に。
――――自分が履いてた下着盗られるって、シンプルに気色悪い!
◇◇◇
フロントには出かけることだけ伝え、正面玄関から裏路地に回る。
急ぎの場面だが、スラジャーはしっかり装着してきた。まだ人の往来がある時間帯に下着で出るわけにはいかず、結局今日着ていた服を着直している。
ウサギが出てくるであろう方向へ回り、角を曲がろうとしているところを目に留めた。
転生前のハムストリングスは衰えた上に胸は大きくなっているが、今は身体そのものが健康になっている。スラのおかげもあり、走って追いかけるのに苦はない。
足音で気づいて、ウサギはこちらを振り向いた。
「プゥ⁉︎ しつこいでプね!」
難なく追いつけると思ったが、ここでウサギのスピードが上がる。
身体の大きさのハンデを、ウサギの身体能力でカバーしているような感じだろうか。
「返せ! 変態ウサギ!」
「変態って言うなでプゥ! 布一枚で必死になりすぎでプゥ! 見えるところに置いとく方が悪いでプゥ! プゥ〜ップップ」
「見えてたって普通の人は盗まないんだよ‼︎ ……大人しく返せば警察に突き出すのは勘弁してやろうと思ったけど、そういう態度なら徹底的に法で裁いてもらう前提で捕まえるからな‼︎」
人波を縫い、角をインコースで曲がり、行先のフェイントを見極めながら徐々に距離を詰める。
出勤ラッシュは数えるほどしか経験していないが、ビジネス街で働いていれば嫌でもその辺で人混みに紛れる。まさかその経験が異世界で活かされるとは思っていなかったが。
対してあちらは体格から言っても運動は苦手だろう。徐々にフォームが崩れ、速度が落ちてくる。
(もう少しで追いつけそう! ……いや、アレは)
こちらの息も上がってきた頃、ウサギの走行進路上に人が現れる。
「避けてください!」
アレの重さを知っている故、速度が遅くとも体当たりされればひとたまりもないだろう。
ウサギもそのつもりのようで、そのまままっすぐ突っ込んでいく。
「危な…………っ」
――ぼぎゅっ。
……僕が見たのは、ウサギに吹っ飛ばされる人ではなく。
ウサギの顔面を踏みつける人だった。
シンプル暴力。
嗚咽を漏らしながら、ウサギはそのまま仰向けに倒れた。
「通報したのはあんたか?」
踏みつけの主は、後ろから走ってきた僕を見る。
中性的な顔立ちだが、男性のようだ。僕より背が低いのも相まって、非常に若そうに見える。
表情は固いものの、見かけ上の華やかさが幾分か冷たい印象を緩和している。
外套を羽織り、制服らしき格好だ。警察機関の人だろうか?
胸元に黄色い花がついていて、既視感を覚える。
「いえ、通報は僕……私ではありません。そのウサギに服を盗まれてしまって、追いかけてきたところです。捕まえてくださってありが……」
「はあ? 追いかけてきた?」
「は、はい、役所近くのホテルから」
「こんな夜分に一人でか?」
「そうです」
「はぁ……今時こんなに危機感のない女がいるのか」
言い方はアレだが、おっしゃる通りなので言い返せない。
エアリアさんだったら「大丈夫よ、力でなんとかしちゃうから」とか言えるんだろうなあ。
残念ながら僕は平凡なので、こう言われても仕方がない。
「盗まれた服というのは?」
「多分そいつが握ってたと思うんですけど……」
「ん……コレか? こんな小さな……」
「あ」
一歩遅かった。
銀髪の青年はウサギの手から落ちていた布を広げる。
おお、月夜に照らされるパンツよ。
元は僕のものじゃないとはいえ、そんなに堂々と広げられると流石に恥ずかしい。
「う……うわああああぁぁぁッッ⁉︎⁉︎」
拾い上げた主が絶叫しながらそれを放り投げたので、すかさずキャッチする。
良かった、破れたりはしていないようだ。
絶叫の主はというと、顔を真っ赤にしてへたり込んでいる。
そんなに? パンツ一枚で?
顔に靴跡をつけ気絶しているウサギと、顔真っ赤でプルプルしている美青年と、それからパンツを取り返した僕。
なんともシュールな光景に、乾いた笑いしか出なかった。




