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19. 願いを持つ者

ご家族を亡くされている方はフラッシュバックを誘発する恐れがあります。

念のためご注意ください。

 桜が植っている公園を囲むように建てられた、市営団地の2階。

 上下左右向かいにも部屋がある、快適と言うには少々物音が多い家だった。



 

 兄弟はおらず、小さい時に両親が離婚しており、母親と二人暮らし。覚えている限りでは父親と一緒に住んでいた時の方が家が荒れていたのと、会いたいと言われたこともないので愛着がない。



 

 母は仕事でいないことが多かった。中学に上がってからは僕も新聞配達を始めて少しでも家計の助けになろうとしたが、母はよく「そんなことしなくていい」と言い、僕が働くことをあまりよく思っていなかったようだ。

 その上「お母さんがもっと稼げていたら」と、自分を責めた。

 働いても働かなくても、母が摩耗する。僕がいることで。



 

 そう感じて高校卒業後すぐ、アルバイトで貯めたお金を元に実家を出て働いた。別に勉強が好きなわけでもないし、昼も夜もバイトしていた影響で授業をまともに聞いていられず成績は良くなかったから、進路担当の先生も就職についてあまり強く否定しなかった。

 母は止めたが、聞かなかった。理由を正直に言えなくて、ただ「自立したいから」と答えた。



 

 社員寮のある会社で、プライベートな時間を削ってひたすら働いた。

 生活費以外は実家の口座に振り込んだ。

 そんなことしなくていい、とまた言われたが、無視して送り続けた。逆に母からより多い金額を振り込まれた時は「余計なことをするな」と怒った。

 盆暮れも関係なく働いた。顔を見せに来ないかと言われても、忙しいと断り続けた。

 甘えてはいけない。母に良い生活をさせたい。僕を気にせず、新しい恋をしたっていいし、好きな服を着て好きなことをして欲しい。



 

 母が摩耗し切ったのは、僕が21歳になる年だった。




 警察から連絡があった。

 新幹線に飛び乗り、教えられた病院に向かう。


 顔に白い布をかけられた、小さな、とても小さな女性が横たわっていた。


 確認して欲しいと取り払われた布の向こうを数秒見て、膝から崩れ落ちる。

 

 間違いなく、母だった。

 

 けれどその顔は、最後に見た時よりもずっと痩せこけていた。

 眼球が落ち窪み、頬がこけ、髪は痛み、唇の皮が浮いている。指先はささくれて荒れており骨ばって、20代の子どもがいる大人よりも、もっと歳を重ねているように見える。



 

 病気ではない。

 過労と診断された。


 


 送金していた口座の数字は間違いなく減っていた。月々決まった金額が。

 生活費とするには少々足りなかったが、絶対に、こんなにも困窮するような状況ではなかったはずだった。




 手続きに伴い、実家を捜索した。

 整然としていて物のない家で、母の寝室を漁る。


 虚しさに、心を殺して耐えた。

 何があったのか。借金をしていたのか。詐欺にでもあったのか。行方知らずの父親は関係しているのか。

 

 くたびれた服しか入っていないクローゼットを開け。

 2つしかない鞄の中を確認し。

 最低限の文房具が百均の小物入れで分けられた引き出しの、奥。




 僕が送金していたものとは別の銀行の通帳。

 引き出されていた金額よりも多い額が、毎月振り込まれている。


 使った形跡はない。

 母からの入金が止まった頃から年単位で積み重なっている。




 いくらなんでも、わかる。


 これは僕のために置いてあるものだ。




 どうして、なんて言葉も出なかった。

 わかっている。あの人は、そういう人だ。




 僕のしていたことは迷惑だったのだろうか?


 むしろ母を追い詰めていたのだろうか?


 思いを正直に話していたら、未来は変わっていたのだろうか?




 今更泣いたって、後悔したって、母は帰って来ない。


 


 残されていた金は母の葬式代にあてた。

 それでも十分すぎるくらいに残った。

 遺影用になんとか探し出した写真は僕が小さい頃のものだったから、実際よりも相当若い母が笑っている。


 父親は現れなかった。

 そもそも連絡先を知らないし、生死も不明だ。

 もしかすると警察が見つけて話していたかもしれないが、いないということは、そういうことなのだろう。


 母は、朝はホテルの清掃をし、昼はスーパーで働き、夜はスナックの裏方をやっていたとのこと。

 それぞれの職場の人が顔を出してくれた。


 暗に親不孝者と言う人もいた。そばにいてやればこんなことには、と。

 笑って誤魔化すことも、反論もできない。曖昧な表情で、ただ頭を下げた。




 小さくなった母を抱え、自分の住まいへ戻る。

 実家に戻る選択肢はなかった。

 

 僕が出てから3年。その間に、公園の桜も無くなっていた。

 


 

 転職をし、最期に勤めていた派遣会社で働き始めた。

 朝起きて出勤し、夜帰って寝て、また朝起きて……の繰り返しだったあの頃。何のために生きているのか、考えないようにしていた。

 唯一の家族を亡くしてからの4年間。


 どんな業務量にも、どんな罵倒にも耐えられた。

 

 『辛い』と感じることすら、自分には許されないと思っていた。




 そんな訳あるか、と、今の僕にはまだ言えない。

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