18.不完全な希望
「……無い……って、何がないの?」
ジョニーを失った悲しみを思い出し現実逃避をしかけていたところ、横からエアリアさんが質問してくれる。
「男の子から女の子になっちゃってるんだし……要するに?」
「要するに……アレ、ですかね……?」
「違うわ。男性器は確かに失っている。その代わり女性器があるから、排泄は問題ないでしょう」
言い方に妙な引っ掛かりを覚える。
エアリアさんも同様だったようで、顔を見合わせる。
「排泄『は』……?」
「シオザワ・アズサ。今はシオと名乗っているんだったわね。
――――あなた、子宮が無いのよ」
子宮がない……?
「……それって大丈夫なの?」
「懸念はごもっとも。通常『ある』臓器を摘出した場合は後々不具合が起こることがある。けれど彼……この子の場合、もともと『ない』ことが平常なの。今の所、健康上の問題はないようね」
「本来あるはずの場所はどうなっているんですか……?」
「他の臓器がうまくバランスを取っていて、大きな空白があるという感じではないわ。合わせて卵巣もない、そして代わりに精巣があるわけでもない。
あえて直球で言うけれど、あなたの身体は生殖能力を持っていないということよ」
……あれ……、なんだろう。
正直そこまで考えていなかったというか、女性として子どもを育てるなんて想像していなかったし、地球にいた時ですら、男性として結婚や育児について思いを馳せることもなかった。
逆に生殖能力があるからといって出産を経験したいかというと、そうではない。
だというのに血の気が引いていく。
「…………シオちゃん……」
固まっている僕の背に、エアリアさんの手が優しく触れる。
多分エアリアさんもヴァーミーネさんも、別に僕が子どもを産めないことにショックを受けているわけではないとわかっているだろう。
したいことができないから、ではない。
当たり前に「ある」と思っていたものがなかった時、冷静でいられるか、という話だ。
――「しない」のと「できない」のとでは、こんなに言葉の重みが違うものなのか。
いや、でも。
「ありがとうございますエアリアさん。大丈夫です」
「無理しないで、顔色が真っ白よ」
「……ごめんなさい、あまりにも明け透けすぎたわ」
「いいえ、ハッキリ言ってもらって逆に理解したというか。身体だけ女性になっちゃったと思ってたけど、予想とちょっと違ってたというだけですから。流石にその……今の感覚で男性とアレコレってのは嫌ですし……子孫を残すことなんて考えていませんでした。
そもそも僕は、内臓どころか命すら失っていたはずだったんです。それですら奇跡なのに、健康体だというんだからラッキーですよ」
なんとか笑顔を作る。
漠然とした不安はあるが、問題ない旨お墨付きをもらったのだから、今のままで大丈夫なんだろう。
「あなた、面白いわね」
「へ」
「というより、やはり元々男性だからなのかしら、生まれた時から女性の人間とは違う考え方をしているよう。……興味深いわ」
一歩近づいてきたヴァーミーネさんの、薄いヴェールの向こうにある唇が弧を描く。
金色の瞳が妖しく揺れて、ドキドキする。
「あなたが感情をあらわにする時、どんな顔をするのかしら」
別に今も感情を殺しているわけではないんだけど……。
アルスターについて早々、キャミルさんの前でわんわん泣いているし。
「もう、ヴァーミーネちゃん。揶揄わないの」
「純粋な好奇心なんだけれど……そういえば、エアリアさんはどうしてシオについているの?」
「キャミルちゃんに頼まれたのよ。山の奥でたまたまシオちゃんを助けたんですって」
「ふうん。……本当にたまたまなのかしらね」
「ど、どういうことですか?」
「さて、どういうことかしら」
「またそうやっていじめて〜。ヴァーミーネちゃんはなんでも意味深にしちゃうんだから」
「健康診断は終了。臓器のことは特記事項で転生課の方に伝えておくわ。他に聞きたいことはある?」
「あ、では……」
ヴァーミーネさんが知っているかはわからないが、文字と音声が二重になって理解できることを尋ねてみる。
転生者特有なのか、僕固有の現象なのか。
話しながら、またペンデュラムにあちこち嗅がれる。ヴァーミーネさんが動かしているのか、ペンデュラム自身に何か意識があるのかはわからないが、慣れてくるとだんだん可愛く思えてくる。
「転生者ならある程度できることのようだけれど、アルスターに来てすぐ文字と言葉が理解できる人は稀なんじゃないかしら。
そういう意味ではあなた固有の能力とも言えるかもしれないわね」
「なるほど。じゃあ、転生者は全員がすぐ意思疎通できるわけではなかったんでしょうか?」
「ここまで普通に会話できることはなかったはずよ。経験が増えると、慣れるというか馴染むようだけれど。
シオの順応性が高すぎるのはありそうね。元々、新しい環境に物怖じしない性格だったのかしら」
「言われて見ればまあ……怖気付いている場合ではなかったので」
転生前は、働いて、働いて。
ただひたすらに、働いて。
その理由は。
「……………………あ、そうか……」
どこでもやって行けるようにならなければならなかった。
上にいい顔をして、罵倒に耐え、下の機嫌を取り、陰口を無視し。
わからないことをわからないと言い、笑顔で感謝し、誰かを助け、使いやすい歯車として生き残ろうと必死で。
僕は働いて、ひたすらに働いて……。
「働いて、実家に仕送りをするために。
唯一の家族を助けようと、そうやって生きてきたんです」




