表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/33

1. 成人男性、テンセイす

 ――僕の身体は今、女性のソレと遜色ない。

 逆に、男性の象徴たる諸々を失ったと言ってもいい。

 再度明かしておこう。僕は日本では男性として生きていた。昨今何かと話題になっていた性自認についても男性だった。

 だが今はどうだ。声は高くなり、髪は伸びて邪魔なのでポニーテールにし、手脚は細くなり、胸に大きな脂肪がついている。自転車通勤で鍛えられたハムストリングスは衰え、ムチムチと触り心地の良い太ももがそこにある。

 病める時も健やかなる時も共にあった相棒の姿はどこにもなく、転生初日は与えられたベッドで声を殺して泣いた。いや、2、3日泣いた。

 命あることに感謝すれど、それはそれ、これはこれである。愛しのジョニー。25年間ありがとう。


 ともかく僕の精神というか魂というか、それは男の時のままなのだが、ガワだけ女性になってしまっている。

 前述の通り転生条件には『強い願いを持つ』ことが含まれているらしいものの、女性になりたいと思ったことはない。

 ない、のだ。どちらかといえば逆の願いだったはず。


 転生前のことと、転生後すぐのことを思い起こす。


 ◇◇◇


 日本で派遣会社の社員として働いていた僕。転生時は25歳。

 名前は塩沢しおざわ あずさ。女性につけられることが多い名前だが、これが僕の本名だ。

 夜中に自転車で交差点を渡っている最中、不注意運転の車に撥ねられて……恐らく僕はそこで命を落とした。


 深い眠りからビクッと意識が戻ったような感覚。

 そこで僕が最初に見たのは、風に揺れる大きな木。葉擦れの音。髪を撫でる風。

 冷たいアスファルトに転がったはずの身体は、柔らかな草の上にあった。

 身体を起こすと痛みはないが、少し頭がボーッとする。周囲を見渡すとどこかの森の中のようで、全く見覚えがない。

 まさか……あの運転手が事故の隠蔽で埋めようとした? 隠蔽工作で山に死体を埋めるというのはミステリーの定番だ。

 突拍子もない発想だが、パニック故のこと。とはいえ僕以外にひと気はなく、静かなものだった。

 埋められる心配はしなくてよさそうだ。

 

 そして何というか、本能で、感覚で。少なくとも今いる場所が、いつか登った山の空気と違うと確信していた。

 ここは下手すると、日本じゃないかもしれない。


 まず木が不可思議な形をしている。

 僕がいる場所に向かって四方八方から枝を伸ばしており、何らかの意図を感じるのに、人の手が入っているにしては生え方が乱雑だ。街路樹のような整然さはない。なのに、枝は整えたかのように美しい放射状になっている。

 状況は一見不気味だが、明るい日差しが葉の隙間から漏れて、神々しさすら感じる。

 やけに綺麗な円形の草原は、何かの儀式を行う場のようにも見え、奥には睡蓮のような花が浮かんだ泉が湧いている。

 人ならざるものの気配に動悸がする。

 それから鳥。姿ははっきり見えないが、枝の隙間で尾と翼のついたものが動いたので恐らく鳥だろう。

 ピイピイでもギャアギャアでもホウホウでもなく、バイオリンでビブラートをかけたような音がする。オノマトペでいうと「キリリリ」というイメージか。そんな鳥は記憶にない。

 ともかく、改めて実感する。ここは日本ではない。


 状況確認を優先し自分の確認をしていなかったことに気付き、顔に触れる。

 ――何だかいつもより、頬が柔らかいような。

 最近は残業続きで食事もおろそかになり、痩けてきたことを同僚に心配されていたはず。

 顔を触るのにあげた手首とシャツの袖に隙間ができている。指が細い。ここまで痩せていただろうか? いや、でもこれは不健康な痩せ方というより……。

 ジャケットも何だか大きい。スラックスが緩い。ベルトの締め付けを全然感じない……縮んでいる?

 いや、違う。これは……。

 

 見下ろした先で、やけにたわわに実っている双丘を持ち上げる。

 もにゅりとしたつかみ心地。


 これは…………これは、おっぱい、なのでは?


「えっ⁉︎ あ、んん⁉︎ ……あー、あー。え、声高っ」


 思わず出た声にも驚く。声変わりする前はこんな風だっただろうか。自分の声じゃなくなったみたいだ。


 気が動転して大きく首を振った拍子に、さらりと掠める黒い髪。

 怯んだが、一連の流れからそれが自分のものだと思い直し、手にとってまじまじと見てみた。

 触り心地は馴染みある硬さ。軽く引っ張ると自分の頭に刺激がある。明らかに僕から生えている。


 確かめた全てが「そう」だと告げているが、一縷の望みをかけて、泉に顔を映す。

 見た目はもしかしたら、出勤前に見た覇気のないやつれた男の顔かもしれない。


 恐る恐る覗いた水面は無慈悲だった。


「…………ぁ……」




 そこにいたのは、確かに、女性になった僕だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ