14. お役所仕事の洗礼
朝のポートリントン。
薄曇りの柔らかい日差しが、川の水面を照らしている。
川沿いを散歩するご老人、ランニング中の若者、犬……?を散歩させるご夫婦。見かけはだいぶ違うが、生活の在り方が自分の記憶と似ていると安心する。
合間に吹く風も心地よい。髪が揺らいでも、縛ってもらったおかげで前ほど邪魔には感じない。
「自転車のような乗り物は見かけませんね。でも馬車が現役なんだ。僕のいた時代ではほぼなかったです」
「リリーちゃんから聞いた話だけど、アルスターの馬はシオちゃんたちがいた世界よりも随分体力があって頑丈みたいね。魔物が出る街道も走るからかしら」
「昨日見せてもらったみたいなことが魔法でできるなら、魔法で動く車があるかもと思ってたんですが」
「魔力車ね、あるわよ。でもポートリントンではまず見かけないわねえ……ベスカルティンなら走ってるけど」
「べす……町の名前ですか?」
「魔法都市ベスカルティン。その名の通り、魔法を利用して発展した都市よ。魔力が強い人は大体そこで働くことを目標にしているの、何せ就職先に困らないから」
「おお……。エアリアさんは目指さなかったんですか?」
「……あそこで生きていくなら、人と会わない仕事をするしかなくなりそうだから。私、みんなと面と向かっていたいのよねぇ」
――複雑そうな顔をしている……ように見える。
人と会わない仕事って、管理職とかそういう意味だろうか。昨日聞いた魔法の話からすると、道具を使わずに魔法を使える人は稀ということだし。デキる人はどんどん昇格して、現場に出なくなっていくものだからなあ。
となるとエアリアさんは、出世コースを外れてギルドマスターをやっているということなのかな。一城の主ではあるのだが。
「そういえば、ウインドコットって他に従業員の方はいないんですか?」
「ええ、私一人でやっているの」
昨夜訪れた時も、それなりに人がいたように思うが……あれを一人で捌いていると?
「ポートリントンには他にもギルドが3つあるんだけれど、ウチが一番暇よ〜。一番大きなギルドは役所の隣にあるの。後で見てみる?」
「見学できるんですか? なら是非」
「うふふ、シオちゃんの知的好奇心は今日も元気ね。でもお楽しみは、やることをやってからね。
なんて話していたら着いたわ。ここがポートリントン市役所」
両側に開かれた鉄の門の奥に足を踏み入れる。
大通りに面したこの区画には多くの人が出入りしていて、今日一賑やかだ。
役所は手前に3階建、奥に7、8階ほどの建物が繋がっているようだ。グレーの石壁には装飾が施されており、お堅そうな印象の中に煌びやかさを感じる。
手入れされた庭園のベンチで休憩する人もちらほらいる。市民の癒しの場にもなっているのだろう。
外から屋内に入ると、3階分の吹き抜けに感嘆のため息が漏れる。大きな窓から庭園を眺められ、各階に光が届くようになっている。
手前に階段があり、奥にも螺旋階段がある。入り口から入ると目につくそれは、役所のシンボルになっているんだろう。
声のトーンを落とした会話と、番号での呼び出しが反響している。フロアマップによると、1階奥には喫茶コーナーがあるらしい。少し埃っぽい匂いも含めて、美術館みたいだ。
背もたれのない椅子に座る人々はどことなくぼーっとしている。日本で手続きした時は、結構待ち時間が長かった記憶があるが、スマホのような端末を持っている人を見ない。みんなどうやって暇を潰しているのだろう。
「転生課は……3階みたいね」
「転生課……転生者の手続き用の課なんでしょうか」
「多分そうよね? 私も付き添うのは初めてだから、どんな話があるのかちょっと楽しみだわ〜」
時間を使ってもらっている自覚があるので、こういう風に楽しんでもらえるとホッとする。
僕のことを好奇心旺盛だと言うが、エアリアさんもしっかり旺盛な方だと思う。
◇◇◇
3階まで上がり、角のさらに奥へと進む。
1階よりも人気がまばらなフロアの、さらに誰もいないカウンター。
天井からぶら下がった「転生課」の文字が、1階で見たものと比べるとなんだか色落ちしている。日に焼けているような……古いまま更新されていないのだろうか。
「すみません、新しい転生者の手続きをお願いしたいのですが、ご担当の方いらっしゃいますか?」
カウンターは無人で、奥に机に向かっている数人。
エアリアさんが声をかけると、お互い目配せしている。ポートリントンですら2、3人しかいない転生者の手続きなんて、年1回もやらないレベルだろう。正直、面倒臭いのは察しがつく。いい気はしないが。
折れたらしい男性がのそりと受付に座った。
「えーと、はぁ……はい、貴方は?」
「私はギルド『ウインドコット』のエアリアと申します。彼……いえ、この子が転生者で」
「えっ、ウインドコット?」
エアリアさんが差し出した名刺のような紙を二度見して、男性は勢いよく立ち上がった。
「し、失礼しました! わたくしポートリントン市役所事務課のビエムスと申しますはい!」
急変にぽかんとしていると、お座りくださいと促された。
……エアリアさん、もしかして偉い人? 魔法都市で管理職になれるかもしれないレベルの人だとすると、可能性はある。
目線を送るとにっこり微笑まれた。なんだか突っ込んでは行けない気がしたので、美しさに誤魔化されることにする。
「ええとこちらが転生者の方」
「はい、シオと名乗らせていただいています。昨日気付いたら山奥にいまして」
「ああーええとすみません、わたくし事務課でして、転生者について詳しくは。書類を揃えていただければ手続きはできるのですが、何せ転生者が現れるのも久しぶりのことでして……転生課の者も今別の業務を行っているところで……」
「あら〜困ったわ。担当の方でないとわからないことがあるのですか?」
「ははははい! あの、簡単な面談をですね、させていただいていますので! 呼び出しはしておりますので、お待ちいただく間にこちらの書類をですね、記入いただけますか? あと一応こちらのパンフレットをお渡ししておきますね。書類はここで記入いただいて結構ですからね」
そう言ってビエムスさんは机に戻って行った。
5枚の紙と、8ページほどのパンフレットを渡される。
書類の方は名前や年齢、性別のほか転生前の情報を書くものの他、アルスターで守るべき事項の誓約書や、先日聞いていた調査機関『リイン』の調査に協力してもらえるかの同意書等。
パンフレットは、ポートリントンに関する旅行者向けのものらしい。フルカラー印刷で、街全体の地図や気候、歴史の説明などが書いてある。これも後で読んでおこう。
性別の選択を後回しにして記入を進めていく。エアリアさんに確認してもらったが、どうやら僕が日本語で書いてもエアリアさんには読めるようだ。アルスターの文字に見えているらしい。
僕の目には、アルスターの文字で書かれた記入欄に日本語で回答しているように見えている。便利でいいのだが、原理がわからなくて少々気持ち悪い。転生課の担当なら知っているんだろうか。
大きめの足音がカウンターの向こうから近づいてくる。
ドッカリ目の前に座ったその人は、先ほどまでの静寂をぶち壊す声量で笑う。
「やーやー、すまんすまんお待たせ。転生課の仕事なんてほぼないもんだから」
現れた人は無精髭にボサボサの髪、ヨレたシャツの胸ポケットに名札をしまい、露出した腕は古傷だらけだ。
…………本当に役所の人?
「あんたが転生者か。ようこそ、アルスターへ」
求められた握手に応じると、力強すぎて手の甲がミシミシ言っている。
「さて、書類できてんのか? あん? まだじゃねえか、適当に書いてパッパと出しちまえ」
これでも日本ではホワイトカラーな仕事をしていたからわかる。
転生課、窓際ポジションだな?




