10. いざゆかん、風呂へ
すっかり話し込んで、日付が変わろうという頃。
キャミルさんを見送りに玄関に出る。春先の夜風はかなり冷たく、身震いするほどだ。
彼女はとある屋敷の使用人寮に住んでいるらしい。何故メイドの格好をしているのかと思っていたが、正しくメイドさんだったようだ。
「遅くまで付き合ってもらってしまいましたが、外出制限とかないんですか?」
「大丈夫です! こっそり窓から戻りますから!」
意外とやんちゃである。
「ではエアリアさん、ごちそうさまでした! シオさん、またお会いしましょう!」
「はい是非! ありがとうございました!」
綺麗なお辞儀の後、飛ぶように去っていってしまった。
ウルビーの身体能力は凄まじい。スポーツや格闘技の試合を見てもすごいと思うが、彼女のソレは人智を超えている。
しばらく見送っていたが、途中で壁を駆け抜け屋根に登り、そのまま走って行ってしまった。
玄関の中に戻り鍵をかけると、訪れた時のような賑やかさはなく、静かだ。
キャミルさんも帰ってしまったので、少し寂しさを感じる。
「……さっきのあの動きは、キャミルさんが特別なんですか? それともウルビーってみんなあんなにすごいんですか?」
「ウルビーがすごいのが基本ねえ。でも人間だって、屋根まで登るのは大変だけれど、魔法で身体能力を上げることはできるのよ」
「魔法……魔法があるんですか! 身体能力を上げるって、腕力や素早さが増えたりするんですか? 他にもあるんですか? 火を出すとか、物を動かすとか、瞬間移動するとか?」
「色々よぉ。ふふ、本当にシオちゃんは知りたがりさんね。今日はもう遅いし、身体と頭の疲れをとることを考えましょ」
確かにそうだ。
そもそもエアリアさんとキャミルさんにも、僕が来たことはイレギュラーなのに迎えてもらって、沢山の質問に付き合ってもらっていたんだ。
「すみません、自分が聞きたいことばかり次々と」
「ううん、むしろアルスターで常識だと思っていたことがシオちゃんの世界にはいない種族や概念だったりして、私も興味深いのよ。
良かったらまた明日以降、情報交換させてもらえると嬉しいわ」
「こちらこそ、是非お願いします」
お風呂をいただけるとのことで、案内してもらう。シャワーの他に湯船もあり、石鹸もある。衛生観念に差がないのは本当にありがたい。
ちなみにここで初めて聞いたが、スイッチで明るくなる仕組みは、電気ではなく魔法の類らしい。
街灯も魔法の力を含んだ鉱石が光っているとのこと。同じところもあれば、全然違うところもある。
アルスターへの興味が尽きないが、さすがに身体が限界だ。目の前の湯気が誘っている。
山を走り抜け、転んだこともあって汚れている。大変申し訳ないが、服はエアリアさんの物を借りることになった。
…………女性の服を借りて着るなんて。邪な思いが湧く。
脱衣所のドアを閉められた時に、そっと嗅いでみる。ミルクのような甘い香り。続いて頬に当ててみる。ふかふかの感触。
「あ、そうそうシオちゃーん」
「ヒャいっ‼︎」
「下着は新品だから安心して使ってね」
「ありがとうございます‼︎」
ドアを閉めたままにしてくれてギリギリ助かった。
……ほんのりがっかりしている自分がいる。一応、魂は男性のままなので。
だがこの服……僕が着るんだよな?
可愛らしいクリーム色のボーダーで、もこもことした部屋着。こういうの、ネット広告で見たことある気がする。
……僕が着るんだよな。
今の見た目だと似合うかもしれないと思う。だからこそ、ちょっと抵抗がある。
ワンピースタイプじゃないことだけが救いか。
何もかもお世話になっておきながら文句をいう筋合いもない。
大人しく籠に戻し、スーツを脱ぐ。
さて。いよいよ覚悟を持って対面しなければならない。
頭のてっぺんから爪先まで、全てが変わってしまった自らの肉体と。
ジョニー、僕に勇気をくれ。お前を失ってもなお、前に進むための勇気を。




