9. 会えない先人、白銀の百合
およそ半日、アルスターで過ごして分かったこと。
まず、出会ったお二人が良い人だったこと。これはアルスター人全員がそうだとは思わない方がいいだろう。先ほど聞いた通り、転生者だからと碌でもない扱いを受ける恐れもあったのだ、相当運が良かったと言える。
次に、ポートリントンはある程度日本と近い生活習慣であること。食べ物も問題ないし、朝起きて夜寝て、働いて対価を得て生きる。外食の文化もある。最初に到着した街がここなのも非常に運が良い。
何か大いなる意思のようなものも感じるが、考えても答えに辿りつかないのは明白なので消去する。
あとは、アルスター人は転生をしないこと。
正確には転生したかどうか確かめようがないのだが、死亡確認されたものは生き返らない。少なくとも、アルスターに再び生まれ直すということはないと思って良いらしい。
地球でも、前世を覚えているという人は多くない。元々の倫理観から剥離しないのは助かる。
ポコポコ生き返るような世界だと、ポコポコ死んでも良いと考えられてもおかしくない。蘇生呪文があるゲームの世界みたいなものだろう。それはちょっと、研究……もとい調査される側としては怖い。軽率に殺されて軽率に蘇生されそう。
「改めて聞くと、転生者がいかにここで異質な存在なのかがわかります」
簡単に言えば宇宙人だし。……宇宙人に市民権を与えて管理する、と言い換えると、アルスターって寛容なんだな。
寛容になれるのは、言葉が通じるが故かもしれない。調査機関があるくらいだから、僕より以前の転生者たちも意思疎通ができていたんだろう。
「だからこそ、なぜ僕が転生者に選ばれたのか、ますますわからなくなりました。
僕はごく普通の、一般的な人間で。特に優れた能力があるわけでもなく、偉業を成したわけでもない。僕を生き返らせたところで、アルスターに何か恩恵を与えられるわけでもないと思うんです」
キャミルさんが若干反応しているのが視界の端に映る。
彼女からは「役に立たなければならない」みたいな強迫観念を若干感じていたので、変に刺さってしまったかもしれない。
「選ばれたのではなく、シオちゃんが選んで来たんじゃないかしら」
僕が、選んだ。
生き返ることを?
「きっとシオちゃんのいた国も、たくさん人が産まれて、多くの人が寿命を全うするでしょう?
でも、全ての人がアルスターに来るわけではない」
……そうか。
ポートリントンの面積は地方都市より小さいくらいだが、数千人数万人単位の街に転生者は2、3人しかいないという。
地球で亡くなった全ての人が昔からアルスターに来ていたなら、もっと割合が増えていてもおかしくないはず。
アルスターが選ぶ側だった場合、当然自らに利のある人を選ぶはずで。例えば医療や建築、学問、農業などの偉人はたくさんいるのに、彼ら彼女らがここにいた履歴はなさそうだ。
その中で平々凡々な僕が、ここにいる。
「……転生するには何か条件がある可能性が高くて……その条件は、転生する側に依存している?」
「話が早くて助かるわ。実際に調査機関……『リイン』というのだけど、そこの調査で、ほぼ確実な条件がひとつだけわかっているの」
「転生者は皆、『強い願いを持つ者』である」
…………。
………………………………。
「………………やけにふんわりしていますね?」
「あ、やっぱりそう思う〜? あくまでも聴取で転生者たちの話をまとめただけだから、そうなっちゃうのよねぇ。実証も反証もできないし」
強い願いというなら、さっきあげた偉人たちだって、もっと研究したかったとか、もっとたくさんの人を助けたかったとかあったと思う。
逆に、ネガティブな願いを持つ者もいただろう。絶対あいつに復讐してやるみたいな。……そういうのは弾かれるのかな。
「実のところ、条件としてはそれくらいしかわかっていないの。事情も年齢も、現れる場所も人数もバラバラで。だから、実例を基に「なぜ」を知るのは難しいかもしれないわ」
「そうするとシオさんが転生した理由は、シオさんが何を願っていたのか掘り下げるのが早いかもしれませんね」
僕が何を願っていたか。
現世で吹っ飛ばされる前は、翌日の仕事に響かないか心配で、早く寝ようと思っていたくらいしか記憶にない。
自分の願いを掘り下げるにも、やはり参考が欲しい。
先人たちは何を願って、アルスターに来たのだろう。
「そういえば、ポートリントンには転生者がすでにいると聞いたんですが」
「リリーちゃんのことね? 会えたらシオちゃんも安心すると思うし是非と言いたいところなんだけど、あいにく討伐でかなり遠くに出ていてね……」
「すごいんですよぉリリーさんは! 超大型の魔物も一人で倒しちゃうんですから!」
キャミルさんの目がいつになくキラキラして、尻尾がぶんぶん揺れている。
なるほど、わかりやすくていいな、ウルビー種。
「転生者でも冒険者になるんですね」
「この近くではほとんどないですよ。転生者は魔物のいない世界からいらっしゃってますから、戦うのが怖いという方が多いです。
リリーさんは気持ちも特別強いんです!」
聞けば、7年ほど前からポートリントンを拠点としている転生者らしい。大先輩だ。
年齢は僕と同じくらいとのこと。
つまり……かなり早くに亡くなったんだろう。
「『白銀の百合』なんて言われていてね。本人はそう呼ばれることをあまり好んでいないみたいだけど……」
「銀色の鎧をお召しなんです。返り血ひとつ浴びず、鎧も髪も美しいまま戦場に立つ乙女……もぉ〜〜すっごいカッコいいんですからぁ!」
返り血を浴びないなんてことが可能なんだろうか?
銃みたいな、遠距離攻撃武器を使うとか?
「僕はいかんせん戦争どころかケンカすらほぼしたことないので、凄すぎて本当に同じ星から来た人なのかとすら……」
「間違いなく転生者ですよ! 日本って国にいたと仰っていました」
「しかも日本人なんですか⁉︎」
どこまで肝が据わった人なんだ。
俄然リリーさんに興味が湧いてきた。
「是非お会いしてみたいです」
「そうね、同じ国出身だし、きっとリリーちゃんも喜ぶわよ。戻ってきたらウチのギルドに顔出してくれると思うから伝えるわ」
「よろしくお願いします」
実際にリリーさんに会えるのは、ここからしばらく先になる。
哀愁と衝撃と、複雑な思いが絡み合った出会いは、僕の願いに深く関わっていた。




