フランソワ4世
パンチはフランソワの鼻に当たり、痩せた男は足を滑らせ、口から半分吸われた ジタン のタバコを吹き飛ばし、顔中に涙を誘うような激痛が走った。フランソワは仰向けに倒れ込み、大きな「うわっ」という音とともに息を吹き出した 。
フランソワはかつての友人だった男を見上げた。ずんぐりとして逞しく、黒いシャツが筋肉質の体にぴったりと張り付いていた。背中の無精ひげときちんと整えられたカツラには、時の流れで白髪が濃く混じっていた。レミはかつて警官、その後刑事となり、アメリカのSWATに相当するフランス版GIGN（フランス警察）にも所属していた。
「スースメルデ・プテ！」 レミーは吐き捨てた。「そのくだらない話はさっさと私のバーから出て行け！」レミーはそう言いながら、オフィスのドアをくぐり抜けた。
フランソワは慌てて立ち上がり、バーを見回した。中規模の店で、照明は薄暗く、客の数はそこそこだったが、殴打や怒鳴り声が聞こえないほどではなかった。客たちのざわめきは止み、全員の視線がフランソワに注がれていた。
「何も見るものはありません。ただの友好的な口論ですから、ビールに戻ってください。」フランソワはくすくす笑った。
「友好的な 議論をするには友達でなければならない 。」レミーの声が聞こえた。
フランソワはその時、自分の使命を思い出し、バーを飛び越えて、レミーがドアをバタンと閉めようとしたまさにその瞬間に追いついた。フランソワはドアと壁の間に足を挟み込み、ドアが彼の足にぶつかった。
「モン・ディウ！」フランソワは、顔の痛みに似た痛みが足に現れたと叫びました。「気をつけろ！」フランソワは、レミーが「オフィス」と呼ぶであろう小さな部屋に入りながら、そう言い放ちました。
「私について来なければ、ドアをバタンと閉めたりはしませんよ」レミーは無表情でそう言うと、壁も窓もなく部屋の大半を占める机の後ろに座った。
「足なんてどうでもいい、 心配なのは靴だ。これはグッチなんだから、傷つけられる可能性もあったのに！」とフランソワは不満を漏らした。
「お前の偽物の靴はクソだ。私のオフィスから出て行け！」とレミーは要求した。
フランソワはレミーの向かいの席に座り、レミーが怒りで身を固くして逆立っていくのを見て、思わず笑いそうになった。
「ほら、私が話すとまだ頭から血管が浮き出てるじゃないか。でも、聞いてくれ！君の助けが必要なんだ。この仕事は私一人で行くには大きすぎるんだ。」
「ああ、そうだ、アメリカの上院議員の戯言だ」レミーは呆れたように目を回した。「いいか、どんな策略を巡らせているのか知らないが、俺には通用しないだろうな…」
「いいか！人が死にそうだ。そして、俺たちはそれを阻止できる！罪のない人を守るのが警察官の義務だ。たとえバッジがもうなくてもね」フランソワの言葉は、レミーが自分のシルクのネクタイを掴み、それを使ってフランソワの頭を硬い机に力一杯引っ張ったことで遮られた。
そのとき、冷たいシリンダーがフランソワの頭の側面に押し込まれ、 安全装置が作動する紛れもない金属的なカチッという音が聞こえた。
「そんなこと言うなよ！あんたは私の人生を台無しにした。それ以来ずっとそれを修復しようとしてきたんだぞ、この舌足らず野郎！」レミーは唸り声を上げた。
「もちろん！もちろん！でも、聞いて、あ…痛い！」銃は彼の頭蓋骨にどんどん強く押し付けられていった。「あ、あ、取り戻したいと思っているのは分かってるよ。君の言う通りだ。君がクビになったのは僕のせいだ。あああ！」フランソワは叫び、レミーは銃口を彼の頭蓋骨にさらに押し付けた。「だからここに来たんだ！自分が壊したものは取り戻せる。『元刑事のレミー・ルフェーブルが超能力者の友人と共にアメリカ上院議員を救う』なんて想像してみてくれ。そうすれば、バッジを返さざるを得なくなるだろう！」フランソワは懇願した。
レミーが彼を放すと、フランソワはよろめきながら後ろに倒れ、地面に倒れ込んだ。レミーは信じられないというように首を振った。
「あなたは狂っている、出て行け」とレミーは命じた。
彼はそれが本当だとは考えにくい、つまりそれが 本当であってほしいと願っているの です。
「宝くじに当たったんだ！」フランソワは両手を上げて喜びを爆発させた。フランソワは振り返った。「テレビで当選番号が発表されるのを夢で見て、その番号の宝くじを買ったんだ！ 俺は億万長者だ！ 俺が何百万ドルも稼げるなら、お前にもバッジをあげられないわけがないだろう？」フランソワは尋ねた。
レミーはにやりと笑った。フランソワは、そのうっすらとしわのある顔が、かすかに思案している様子に変わっていくのを見た。
「ちっ。新聞にあなたのネズミの顔が載ってたような気がしたわ。本当に宝くじの番号を夢で見たの？その靴は本物のグッチなの？」レミーが尋ねた。フランソワは自分がまだ信じられない気持ちでいるけれど、水辺にいるのがわかった。フランソワは足を空中に持ち上げ、500ドルもする靴の側面を叩いた。
「100%だよ、 友よ！」フランソワは靴を履きながら実演した。レミーは笑った。
「いいかげんにしろ、お前が嘘をついているかどうかなんて関係ない、お前には金があるんだ。
全部、君が払うんだ。僕がいない間のバーの家賃も、部屋代も食費も、 五つ星ホテルで君とは別の部屋も用意する。ファーストクラスの航空券も、全部だ」とレミーはフランソワに言った。
「もちろんだよ。でも家賃なんてどうでもいい、君のために家を買うよ！友達には最高のものしか与えない！」フランソワは叫んだ。
歓喜に立ち上がり、両腕を広げて抱擁を求めた。レミーはフランソワの胸に手を置き、少し距離を置いた。
「ああ、ああ。私たちは友達じゃない。これは私の休暇なんだ。あなたは私にそれ以上のものをくれてもいい。でも、もちろん、あなたの夢に出てくる日に上院議員の家に行くわ。そして、誰も彼を殺そうとしなかったら、私はあなたをぶっ叩いて、ファーストクラスでフランスに帰るの。わかった？」とレミーは指示した。
「はい、キャプテン！」フランソワはそう言って、軽率な敬礼をした。「でも、もし上院議員の家に行って、あの変な男が 現れて 上院 議員を殺そうとし たら、君と僕が止めて、一面ニュースにして、娘と元妻に、これは全部僕の考えで、僕は英雄だと言って、また友達になれって言うんだ。それでいいじゃないか？」フランソワはかつての友人に手を差し出した。彼はいつも自分よりも強く、屈強だった。濃い白髪に残った黒髪は、今も軍服風にカットされ、服装は頑丈で実用的。フランソワのパリッとした、新しくて豪華な装いとはかけ離れていた。
さあ、握手しないと！彼を完全に虜にしたんだから！一人で行って英雄の栄光を独り占めしたいけど、私には戦う資格も探偵の資格も何もない。
レミはフランソワの手を長い間見つめていた。老バーテンダーが気が変わって、自分を放っておいてくれるのではないかと、芸術家は心の中で少し悪態をつき始めた。しかし結局、兵士の大きくタコだらけの手が、フランソワの滑らかでペンキの染み付いた握りにぶつかり、二人は契約を交わした。
フランソワはその夜、意気揚々と家に帰った。それは、彼の壮大な英雄的行為のためにボディーガードを確保したからだけではなく、レミーが彼にバーに残ってボトルサービスを買うように説得したからだった。
バーで彼の金銭に目を付けた二人の若い女性は、フランソワの自宅に招かれ、夜食に誘われた。その夜、三人は彼の四柱式ベッドで五分間の戯れを共にし、フランソワはすっかり満足し、二人の女性は自己嫌悪に陥った。
フランソワは二人の女性を抱きしめ、ガラスの引き戸から顔を背け、一機の白い無人機が上空を飛ぶ海を眺めていた。
その夜、彼は偉大な英雄的行為を夢で見たいと思いながら眠りについた。しかし、現実には恐ろしい夢を見た。
ホテルはどこも同じ匂いがする。消毒が徹底されているにもかかわらず、その下には人間の放蕩の匂いが漂ってくる。
「その通りだよ、愛しい人。でも、それらは必要なんだ。僕たちは進み続けなきゃいけないんだ。」背後から声が聞こえた。
振り返って見ると、そこに彼女がいた。手術後、初めて会った日のように美しかった。
「アンナ、君がいなかったら僕はどうなっていたか分からないよ」と彼は言った。彼女は完璧な笑い声を上げた。
「馬鹿ね、騎士が十字軍に行くのに王女は必要ないわよ」彼女は微笑んだ。
「いや、でも、その方がずっと楽になるんだ」彼は立ち上がり、彼女を抱きしめた。彼女は彼より小さく、それが気に入った。腕で彼女を包み込み、世界から守ってくれることが、彼は大好きだった。「君のためなら死んでもいい。分かってるだろ？」彼は少しだけ彼女から離れて、空のように青く、虹彩の周りがほんのり緑がかった、美しく輝く瞳を見つめながら尋ねた。腰から漆黒の髪へと手を滑らせた。彼女は短く乱れた髪をしていたが、彼は気にしなかった。
「分かってるわ。でも、あなたは生きなきゃいけないの。私たちにはまだまだやるべきことがたくさんあるの。シンギュラリティは進歩を要求するけれど、それを阻む者もいるのよ。」彼女の声はあまりにも柔らかく、低く、彼は心を溶かされた。
「カートライトのあの野郎みたいにな」彼女の前であのクソ野郎の話をするのは嫌だった。いつも気分が台無しになるからだ。彼女は頷き、彼は渋々彼女を解放した。
彼女は引き出しに行き、銃を取り出した。入隊時に支給されたM45A1は、それ以来ずっと彼の相棒となっている。
「何をすべきか分かっているでしょう」彼女は言った。ホテルの部屋の病的な黄色の光が彼女の青白い肌に反射し、黄金色のオーラを放っていた。彼女はあまりに美しく、彼は目に涙を浮かべるのを感じた。
「ああ、愛しい人よ、そう思うよ。」彼は彼女の手から古い友人を受け取り、その重さを感じた。
その可能性の重さ。シンギュラリティが彼に課した責任の重さ。ドアをノックする音が聞こえ、二人は衝撃を受けた。
二人は困惑と恐怖の表情を交わした。彼はベッドの上のノートパソコンを手に取り、ドアの上に設置したスパイカメラの映像を開いた。覗き穴から覗くなんて、馬鹿者しか考えられない。
玄関のランプに隠したカメラに接続したプログラムを開くと、廊下に立っている二人の男が映っていた。一人は肩幅が広く、がっしりとした体格の40代か50代の男で、顔の下半分には鋼鉄のような灰色の無精ひげが生えていた。灰色の麻布のジャケットとコンバットブーツを履いていた。
ダメだ。髪型、体格、服装からして、彼がオペレーターであることは明らかだ…
もう一人はひどく痩せており、ボサボサの黒い髪をしていた。デザイナーサンダルを履き、高価そうなシャツにペンキの染みがついたズボン、そしてデザイナーサングラスをかけていた。
なんてこった？
その時、彼は血も凍るような光景を目にした。ドアの両側には警官が二人立っていた。覗き穴から覗き込むような愚かな人間に見つからないようにするためだ。
「アンナ、走れ」と彼は命令した。
「何？もう行かないわ！」彼女は囁き返した。彼は立ち上がり、両手で彼女の頭を包んだ。キスをし、彼女もキスを返した。それは病院での最初のキスと同じくらい甘かった。
「行かなきゃ。事態が悪化したら、君を守れない。窓から出て、バンカーで会おう。いいかい？」彼は懇願した。彼女は泣き出しそうだった。彼女にそんな思いをさせたくはなかったが、そうしなければならないと分かっていた。
「愛しています。」彼女は震えた。
「僕も愛しているよ。」彼らは再びキスをし、彼は彼女を解放した。
彼女は後ろ向きに歩き、彼を見つめながら窓まで行き、窓を開けて外に出た。彼が最後に見たのは、風になびくスカートだった。
ノックの音が再び聞こえた。今度はより力強い。フランソワはサイバネティックハンドで銃を構え、クローゼットへと向かった。中には地雷が一つあった。彼は少し立ち止まり、爆弾を手の中でひっくり返し、自分の仕事ぶりに感嘆した。
彼は地雷を仕掛け、ドアの鍵を開けた。安全な距離まで後退し、強力なサイバネティック義手を使ってクイーンサイズのベッドを静かに、そして軽々と持ち上げ、横向きにした。マットレスはドアに面し、彼はベッドの後ろに隠れ、マットレスと金属フレームの間に挟まれたケブラー繊維のシートを見つめていた。
「入って！」と彼が叫ぶと、ドアが開いた。警官たちが部屋に押し寄せ、地雷を爆発させ、4人全員を空高く吹き飛ばした。
フランソワは急に起き上がった。全身汗だくで、口の中は砂のように乾いていた。二人の女性はまだ隣にいた。アリスとマドレーヌ、それともアメリーとベルナデットだろうか？
大丈夫、彼らは私のことなんて気にしない。レミーに爆弾のことを話さなきゃ。彼は信じてくれないだろうけど、ちゃんと警告するのは当然だ。
フランソワは携帯電話を取り出し、レミーに教えられた番号にダイヤルした。電話は最後まで鳴り、留守番電話に繋がった。フランソワがもう一度電話をかけたが、結果は同じだった。3度目にレミーが電話に出た。
「まだ午前3時だよ、何の用だ？」レミーの朦朧とした声が叫んだ。
「僕たちは死ぬんだ」フランソワはすすり泣いた。
「何？」レミーは尋ねた。
「アメリカでは、上院議員を撃った男は、アメリカ警察と一緒にホテルに追い詰められ、爆破されるんです。部屋のドアに爆弾を仕掛けるんです」とフランソワは説明した。
「じゃあ、彼のクソホテルには行かないで！落ち着け、寝ろ！」そう言うと、レミーは電話を切った。
フランソワはもう一度電話をかけようかと考えたが、すでに乗り気でないパートナーの言いなりになるかもしれないと思った。フランソワは財布を取り上げる。中には古くてしわくちゃの写真が入っていた。彼はそれを取り出し、ほぼ毎日のように中身を調べた。
そこにいたのは、彼とフランソワーズ、そしてクリスマスに会ったエリザベートだった。彼が唯一会えたクリスマスのエリザベートだ。フランソワーズはまだ3歳、エリザベートは19歳になったばかり、そして彼は21歳だった。エリザベートは彼と肩を並べて座り、目をぐるりと回しながら、ほんの少しだけ微笑んでいた。フランソワーズは満面の笑みで、まるで馬鹿みたいだった。赤ん坊のフランソワーズは父親の腕の中でうきうきしていた。
もっと頑張ると約束したのに、新聞社でくだらない漫画を描いていたなんて。エリザベスは私を叩くどころかからかって笑ってくれたし、お父さんも私を許してくれた。最高の一日だった。もっと頑張ろう！私はヒーローになって、フランソワーズとエリザベスに私が負け犬じゃないってわかってもらう！
フランソワは写真を財布に戻し、再び横になった。シルクのシーツを顎まで引き上げると、ありがたいことに夢も見ずに深い眠りに落ちた。
