マルコ4世
マルコは運転の仕方を一度も習ったことがなかったが、今や暗い高速道路を何の心配もなく疾走していた。ただ一つの考えが、彼の未熟さを押しのけ、アクセルペダルに足を踏み入れさせた。
もう二度と彼から逃げられない！
黒衣の男はマルコを二度発見しており、その二度ともマルコは死の淵に立たされていた。次の遭遇が決定的なものとなり、黒衣の男が死ぬか、マルコが死ぬかのどちらかになるだろうと彼は知っていた。
マルコはクレイトンを助手席に、ダラスを後部座席に乗せたことはほとんど覚えていなかった。ぐったりとした体重に耐えながら筋肉を緊張させたかすかな印象だけが彼の心に残っていた。
マルコはようやく正気を取り戻し、狂乱のあまり前へ前へと突き進むアドレナリンが薄れてきた。突然、自分の運転能力のなさを思い出し、死にかけた時の恐怖が脳裏に蘇り、車を停めざるを得なかった。
胃の中で渦巻く感情の煮込みが口から中央分離帯へと噴き出した。マルコは激しく震えていたが、それはまばらな車が彼の横をすり抜けていくことで作り出される、人工的な涼しい夜風とは無関係だった。
彼は膝から崩れ落ち、中央分離帯にしがみつき、泣き叫んだ。人生最悪の日だっただけでなく、あまりにも奇妙で信じられない出来事だった。痛みから身を守ろうと、ここまで意識を拒んでいたのに、それは避けられない事態を遅らせ、今まさに彼を襲う、強烈な衝撃を増幅させただけだった。まるで浜辺で幼児が見えない波に襲われ、足を蹴り飛ばされたかのように。
彼女は死んだ！
通り過ぎる大型トラックの音にかき消された途切れ途切れの泣き声が、静かな夜を乱した。
しばらくして、泣き叫ぶ声が声帯を裂くほどだった。ためらいがちに肩に触れた瞬間、マルコの意識は現実の岸辺へと引き戻された。振り返ると、帽子をかぶったクレイトンのシルエットが目の前に立っていた。
「僕は運転できますよ」少年は言った。
マルコはよろめきながら助手席まで行き、シートベルトを締めた。クレイトンがハンドルを握り、へこんだSUVを再び始動させた。マルコは、みすぼらしい子供をちらりと見た。長袖のボタンダウンシャツは埃と汚れで汚れ、顔は黒服の男との遭遇で汚れていた。マルコは、クレイトンがマルコと同じくらい、いや、それ以上に疲れていることに気づいた。
「ありがとう。」マルコは唇の間に無理やりその言葉をこぼした。
「何のために？」クレイはぼんやりとした視線を彼らの前に広がる果てしない道に釘付けにしたまま言った。
「君は僕を救ってくれた。どうやって救ってくれたのかは分からないけど、本当に救ってくれたんだ。彼は僕を殺そうとしていたんだ」とマルコは説明した。
クレイはわずかにうなずいた。
「言わないでくれ。俺もどうやってやったかよく覚えてない。覚えているのは、酔っ払って、それから体が真っ赤になったことだけだ」とクレイは答えた。
「顔 が赤くなったよ」とマルコは強調した。
クレイはしばらくマルコを見つめてこう言った。
「言った通り、そのことについては言わないでくれ」
沈黙の中、州間高速道路は果てしなく続くように思えた。真っ直ぐに続く、永遠へと続く黒い道。単調な景色を破るのは、様々な店の看板が消えていくことだけだった。次の出口には「シェリルズ・ダイナー」の看板があった。
「お腹空いた？」とクレイは尋ねた。
「僕は食べてもいいよ。でもお金がないんだ。君はどうする？」とマルコは尋ねた。
「いや、でも彼はそうするよ」クレイは後部座席を指さした。
マルコは肩をすくめ、クレイは次の出口に向かった。
シェリルズ・ダイナーは、赤と青のネオンサインに店名が書かれた、趣のある箱のような建物だった。彼らは建物の前に車を停めたが、駐車場には他に3台しか車が停まっていない。クレイトンは後部座席に手を伸ばし、眠っている男のポケットからダラスの財布を取り出した。
マルコがドアをバタンと閉めると、近くの隠れ場所から野良猫の群れが店の奥へ逃げていった。クレイは首を伸ばして猫たちを追おうとしたが、すぐにマルコの後を追って店の中へ入った。
見た目は清潔だが、簡素な店内からは揚げ油とメープルシロップの濃厚で甘ったるい匂いが消えなかった。
「どうぞお好きな席にお座りください。すぐに伺います。」カウンターの後ろから、年配だが元気な女性が声をかけてきた。
二人の少年は入り口近くのブースで向かい合って座った。しわくちゃのウェイトレスがやって来て、ラミネート加工されたメニューを二枚と淹れたてのコーヒーをテーブルに置いた。
「あなたたち、本当に 疲れてるみたいね！ コーヒーはサービスよ。ビスケットとグレービーソースも特別に用意してあるの。たったの5時99分よ」女性は午前3時にしては珍しく元気そうに言った。
「うーん、ありがとう」とマルコは答えた。
「それで、どこへ行くの？」ウェイトレスが尋ねた。マルコとクレイトンは顔を見合わせた。マルコは何て答えればいいのか分からなかったが、クレイトンは分かった。
「僕たちは、えーと、北のケンタッキーに行くんだ」クレイは簡単に嘘をついた。
ウェイトレスは微笑んだ。
「ああ！えーっと、家族に会いに行くんだ。」マルコは手伝おうとしたが、クレイは一瞬、しかしとてもイライラした表情を彼に向け、マルコに何か悪いことをしたという印象を与えた。
「あら、あなたたちは家族なの？まさか思いもしませんでしたよ」女性は微笑んだ。
「ああ、そうだね、彼は養子なんだ」とクレイトンはマルコを指差しながら言った。
マルコは気分を害しながらクレイを振り返ったが、すぐにそのまま受け入れることにした。
「そうだよ、僕は養子なんだ」マルコは同意した。
「メキシコからだよ」クレイは続けた。
「それは素敵ね！私はローラよ。」彼女は名札を指差しながら言った。
マルコは挨拶のために手を差し出し、彼女は握手をしようとしたが、その時マルコはそれがサイバネティック義肢であることに気づいた。
「初めまして、ローラ。私は、えーと、ホルヘです。」と彼は言った。
クレイトンもローラと握手したが、機械の針が気になっているようだった。
「私はマイルズです」と彼は言った。
「さて、マイルズ、ホルヘ、君たちにメニュー作りを任せるから、私はすぐに戻って注文を取るよ。」ローラはそう言うと、キッチンに戻っていった。
「僕は 養子なの？」マルコは尋ねた。
クレイは彼をまるでバカ者のように見た。
「ああ、そうだな。お前は白人じゃないし、俺はメキシコ人じゃない。でも、お前のバカは俺たちは家族だと言って、何かやり遂げなきゃならなかったんだな」クレイは囁いた。「今度からは、ちゃんと意味が通るようにしろよ！」
「失礼ですが、これは私にとって初めての経験です。偽りのバックストーリーを毎日思いつくわけではありません！」マルコは小声で言った。
クレイはブースに寄りかかって微笑んだ。
「これってすごいことじゃないか？俺たち二人の仲良し男が、ジェームズ・ボンドみたいなナンセンスなことをしているだけなのに、どうしてこうなった？」と彼は冗談を言った。
マルコは笑わずにはいられなかった。
ローラはコーヒーを持って戻ってきて、すぐにそれを少年たちの前に置き、別の客の呼び出しに応じるために急いで立ち去った。
「君たちは私を誘拐し、人種差別主義者のトークショー司会者に売り渡したんだ」とマルコさんは言い、その不条理さにも怒りがこみ上げてきた。
クレイの笑みが一瞬曇り、彼は安らぎから身を起こした。マルコはコーヒーに集中した。
「ほら、彼は人種差別主義者じゃない。黒人やウェットバックに対して何も恨んでないよ」とクレイは説明した。
マルコはコーヒーから顔を上げなかった。
「聞こえますか？『ウェットバック』なんて、人種差別ですよ！」マルコは非難したが、クレイは大きくため息をついた。
「そんなわけないだろ。俺はウェットバックを『ウェットバック』って呼んでるんじゃない。大嫌いだから。奴らがウェットバックだからそう呼んでるんだ。お前らはリオグランデ川を渡ってずぶ濡れになって出てきたんだ。俺は物事をありのままに言う。」クレイは勝利した。
「君もきっと人をスペードと呼ぶんだろうな…」マルコはメニューを見ながら言った。
「ああ、お前、今じゃすっかり機転が利くな。スーツの奴らにボコボコにされていた時のあの速さはどこへ行ってしまったんだ？」クレイはからかった。
「僕はビスケットとグレービーソースを頼もうかな。ダラスにも何か買ってあげようかな？結局彼が払うんだから」とマルコは冗談を言った。
ローラが戻ってきて注文を取り、マルコは確かにビスケットとグレービーを、クレイはウエボス・ランチェロスを注文し、ダラスのパンケーキプレートは持ち帰り注文になった。
「メキシコ人が嫌いなのに、どうしてメキシコ料理を食べるんだ？」マルコは一口食べながら尋ねた。
「何度言おうか。私は誰かを憎んでるわけじゃない。ただ、特定の人たちの行動が気に入らないだけなんだ」とクレイは口いっぱいに卵を詰めながら言った。
「それはどういう意味ですか？」とマルコは尋ねた。
クレイは食器を置き、頭の上のカウボーイハットを調整した。
「こういうことさ、お前らウェトバ…」彼は言葉を止めた。「メキシコ人 が何千人も ティア や ティーオ と30人の子供を連れてこっちにやってきて、税金も払わず、その後民主党に投票して生活保護を受け始める。本当に迷惑な話だ！」クレイは説明した。
「君のお母さんは税金を払っているの？」とマルコは尋ねた。
クレイは困惑した様子だった。
「いや、彼女はどこかのバーで裏で働いてるんだ。給料を払えないとか何とか言われてるんだが、なぜ？」とクレイは尋ねた。
「君たちはフードスタンプをもらってるの？」マルコは尋ねた。
「ああ、そうだね。彼女はバーで十分な収入を得ていなかったし、父さんが亡くなった後は収入が途絶えてしまったから…」
「では、なぜあなた方はそんなことができて、メキシコ人はできないのですか？」とマルコは尋ねた。
クレイは慌てて困惑した様子だった。
「あ、まあ…違うんです。私はここで生まれたんです。」
「私はどうなるの？もし私がそんなことをしたらどうなるの？」
「まあ、私が言ったように、あなたはここで生まれたのではない、だからそれは正しくない。」
「私はここで生まれました。両親も、そしてその両親も。テキサスにはメキシコ人がたくさん生まれています。なぜだろうと思ったことはありませんか？」
「ああ、まあ、どうして私がそれを知っているはずだったの？」
「分からないが、決めつけるのではなく、聞いてみればよかったのに」マルコは優しい態度を捨て、鋭い口調でクレイを厳しく叱責した。
ちくしょう、プレストンはこんなくだらないことをみんなの頭に植え付けたことを恥じるべきだよ。
マルコは続けた。
「いいか、俺たちがどれくらい一緒にいられるかは分からないが、そうする限りはもう人種差別はしない。いいか？ 俺たちは数の力で一緒に行動する。それだけだ。お前らが俺を憎んでいようが構わないが、もうお前らに許すつもりはない。俺や他の人種の悪口を言ったら、ぶっ殺してやる、 サベス？」 マルコは要求した。
クレイは席で体を動かし、今にも泣き出しそうな表情を浮かべた。頭を下げてテーブルの上を見つめていたが、顔は父親の帽子のつばに隠れていた。
「……わかった」クレイは答えたが、いつもの勇ましさと自信に満ちた声は消えていた。マルコの怒りの根底が崩れ落ちた。
彼はまだ子供だ。バカで、うっとうしく、人種差別的な子供だけど、それでもまだ子供なんだ。
「なあ、いいか。もう、あれこれ言うのはやめておけよ。俺たちはもうチームなんだから、協力し合うしかないだろ」マルコが訂正した。
クレイは少し顔を上げた。
「チーム？」と彼は尋ねた。
「ああ、チームだよ。えーと、ブッチ・キャシディとサンダンス・キッドみたいな感じで」マルコが説明した。
クレイはさらに元気になった。
「でも、僕たちは死なない。そうだろう、サンダンス？」クレイは微笑んだ。
「ブッチ、確実に撃てるよ。確実に撃てるよ。」マルコも笑顔で応えた。
二人は食事を素早く終え、次の行動について話し合った。ダラスの計画に従い、ニューヨークを目指して北上を続けることにした。マルコはトイレで体を洗い、ローラにたっぷりチップを残し、ダラスの発泡スチロール容器に入った食べ物を掴んでドアへと向かった。
ローラは彼らが外に出る途中で止めた。
「自分のことに集中するべきだって分かってる。でも、あれはあなたたちの車じゃないし、あなたたちは絶対に親戚じゃないってことは分かってる。ただ、あなたたちが何をしたとしても、神様はあなたたちを許してくれるし、私はあなたたちのために祈るって言いたかったの」と彼女はささやいた。
クレイはこう語った。
「心配しないでください、お嬢さん、私たちは善人です。」彼は宣言しました。
車に戻ると、ダラスは安らかに眠っていた。マルコは嫉妬の念がこみ上げてきた。この悪夢を見ながら眠り続けられたらどんなに素晴らしいだろう、と。金属音が鳴り響き、マルコの思考は中断された。彼は音の出どころに目を向けると、クレイがピックアップトラックの前にひざまずいているのが見えた。片手にマルチツール、もう片手にトラックのナンバープレートを持っていた。
「おい！お前は正気か！？」マルコは、恥ずかしがるどころか困惑した表情の少年に駆け寄り、ナンバープレートを拾い上げたクレイの手をつかみながら、小声で言った。
「何だって？」クレイは笑いながら、驚くほどの力でマルコの手を振り払った。「ナンバープレートをそのままにしておくなんて、とんでもないバカだ。あのスーツ姿の奴は、見た瞬間に覚えてるだろう。それにローラはいくらでも味方だって言ってるだろうが、バッジが出た途端、カナリアみたいに騒ぎ立てるだろう。」
「誰かに見られたらどうしよう！」
「誰にも何も見えねえし、俺らの周りには窓なんてないんだ。もし俺を解放してくれたら、バックプレートを外して、俺たち二人で交換するだけだ」クレイはまるでマルコを嘲るような困惑した表情で犯行を説明した。
年上の少年は辺りを見回し、クレイのずる賢さに気づいた。この小さな無法者は、レストランの窓から見えない唯一の車を選んだのだ。トラックはレンガ造りの建物の脇に停まっていた。
彼は正しい、あの車は誰の目にも明らかだ...そうしなければならないのだろう。
「わかった、じゃあ急げ」マルコは折れた。
クレイの笑顔は広がり、田舎者は1分以内に4枚のプレートを交換しました。
「よし、もうここから出て行ってもいいか？」マルコは小声で言った。
「ああ、そうだ、もう一つ」クレイはそう言うと、仕事を中断して立ち上がり、食堂の奥にあるゴミ箱へと向かった。少年は持ち帰り用の容器を開け、アスファルトの上にひっくり返した。「さあ、猫ちゃんたち、さあ出ておいで。温かいうちに取っておいで。シーッ、シーッ、シーッ、シーッ」クレイが手招きすると、猫たちはゆっくりと、ためらいがちに近づいてきた。片目がないオレンジ色の猫、まだら模様の毛の黒い猫、そして大きくてのっそりとした茶色の猫が、クレイの食事の残りをむさぼり食っていた。少年は順番に猫たちの耳の後ろを掻いてあげた。
車に戻り、再び道路に出ると、少年たちはしばらく黙って車を走らせていたが、マルコの好奇心が勝ってしまった。
「ナンバープレートをすり替えるなんて考えてもいないのに。どうしてそんなことが分かったの？」
「簡単だ。車を盗んで捕まりたくないなら、ナンバープレートを交換して、見つかりにくくすればいい。」クレイはダッシュボードに足を乗せ、自信満々に説明した。
「それでは、あなたはたくさんの車を盗んだのですね？」
「少しだけ。Wi-Fiが切れたときか、単に私が怒っていたときだけです。」
「捕まったことある？」マルコは、子供が自動車窃盗に手を染めることに恐怖を感じながらも、退屈しのぎの犯罪だと気軽に認めるなんて考えもせずに、くすくす笑った。
「一度だけだよ」クレイの目は思い出の喜びで輝いた。「10歳の時、チェリーレッドのファイアーバードを盗まれたんだ。高速道路で時速10マイルくらいで衝突した時に、奴らが襲い掛かってきた。奴らは僕を車内に閉じ込めて減速させ、車から引きずり出した。それが奴らの最初のミスだった」
「どういう意味だ？」マルコは少年を見るために一瞬道路から目を離したが、胃がひっくり返った。運転中であることを思い出し、すぐに道路を振り返り、自分の車線に戻った。
「つまり、あいつら全員を蹴り、殴り、蹴りまくったんだ。俺を車に乗せるのに6人かかった。片腕と両足を一人ずつ、そしてドアを開けようとした奴と、手錠をかけようとした奴だ。奴らが俺を後部座席に乗せて警察署まで連れて行こうとした時も、俺は前部座席と後部座席の間の柵を蹴り破ったんだ。」
「冗談じゃないよ！？」マルコは大声で笑った。
「いや、完全に蹴り飛ばしたよ。警察署に着いたとき、奴らはものすごく怒っていた。臆病者が手錠をかけられた後、交代で俺を殴り始めたんだ、もちろん。」
「何だって？！」マルコは驚いて叫んだ。
「わかってる、わかってる。僕にとっては幸運だったけど、彼らにとっては不運だった。ママは忙しくて、ダラスは町を離れていたから、保護者なしでは話せなかったんだ…だからパパが警察署まで来させたんだ。」クレイの声には、ショーマンシップと誇りが溢れていた。
マルコはその物語に夢中になった。
「彼は何をしたんだ？」マルコは尋ねた。
「彼はテキサス一の弁護士、アール・ヒッケンルーパーと一緒に来たんだ。でも、親父はアールなんか必要ない。奴らが俺の顔に何をしたのか見て、全員を徹底的に追い詰めた。警察署長を呼ばせて、親父が奴を捕まえた後は、四つん這いで許しを乞うてた。ヒッケンルーパーは法廷で奴らから金を巻き上げて、全ての告訴を取り下げさせたんだ。」クレイは得意げにそう言った。
マルコは呆然として沈黙し、目の前にはただ広く開けた道だけが残されていた。
