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昔ばなし

そんなこんなでここで暮らし始めて四、五日ほど経った。


その間、家にあった物の売却や必要品の買い出しや翻訳業のお使いなどを頼まれ続けていたカイルがふと我に返る。


「大変だ! 僕、君を見る仕事が出来ていない!」

「あら、そうですわね。じゃあ今日は二人でずーっと一緒にいて家の掃除をしてしまいましょう」


にっこり笑えばカイルがなんか感動している。こういう所はちょろい。


そうして私たちは大掃除に取り掛かる。

カイルの水魔法で落とせる汚れは全部落として風魔法で水滴も埃も飛ばして、屋敷の中がだいぶすっきりした。

これでようやく生活してるって感じがする。今までは空き家に勝手に住みついてるような感触だったんだよねー。


あとは繊細な窓ガラスを二人で手作業で磨くことにした。

運んできたはしごを二つ窓辺に並べて魔法で固定してもらってから上る。

慣れない作業にびくびくしながらカイルは私の指示通りに汚れを落としていく。


「エミリアはお姫様なのにご飯も作れるし洗濯も裁縫もできるし掃除までできるんだね。すごいな。君がこういうのを習ってた時間はなかったけど、いつ覚えたの?」

「んーお姫様人生の中ではないですわ。わたくしね。生まれる前に別の人だった記憶がありますの」


別に隠すことでもないので話してしまう。信じられなくても別にいいし。

カイルは不思議そうな顔をしていた。


「エミリアが……エミリアじゃない?」

「ええ。平民で、(前世の基準で)成人前で、家族と共に暮らしていました。わたくしの家には借金があって幼い子がいて病人もいて家族全員で家事も育児もお金稼ぎも回していかなきゃならないようなそんな環境だったので。わたくしも子供の頃から一通りのことはできましたわ」


そんな私が抜けてしまって前世家族はどうなったのだろう。

事故はバイトに行く途中だったから労災が出たかもしれないし無料キャンペーンで入った保険がまだ適用内だった気もするから、もしかしたらあのあと私が何年も働いた分より経済的には潤ったかもしれない、と思うと複雑なような救いのような気分になる。我が家の場合お金があれば解決する問題もたくさんあったからね。


考えると落ち込んでしまう。

でもそれはもう私には手の届かない世界の話である。

思い出せば切なくなるだけの気持ちを無理やり切り替えた。


「それで? 貴方の方はどういう暮らしをしてきましたの? 貴族の出ではないのですよね?」


そう言えば、私はこの元王家の影についてまだ何も知らなかった。

生活以外のことを考える余裕もなかったからな。


「僕は捨て子だった。拾われてすぐに魔力検査を受けて魔力があるのがわかったから、魔力教習所の付属の施設で育てられたよ」


この世界で魔力のある人間は貴重だ。神子ほどではないけれどあまり生まれてこないので、魔力があるとわかれば様々な形で国が保護することになっている。


「そういえば思い出したんだけど。これまで僕の周りであまり食事をしなかった人は、みんな魔力の多い人間だったような気がするな」

「まあ、そうなのですね。知りませんでした。ということは大きな魔力持ちって才能があるだけじゃなく食費も浮きますのね」

「うん。でもいいことばかりじゃないんだ。生まれつき膨大な魔力が溢れている子供はその力に体がついていかないんだよ。だからそういう子供は途中で体がもたなくて死んでしまうか、どうにか大人の体になるまでごまかしごまかし生きていくか、なんかすごい裏技で魔力を体から失くしてしまうしかない。小さい頃の僕は寝付いていることが多かったよ」

「でもどうにかごまかしきって大人になれた?」


私が言うとカイルは首を振る。


「体が重くて苦しくてもうこのまま死んじゃうのかなってなってた頃にね。ある日僕と、僕と同じ症状の子供が何人も一つの部屋に集められたんだ。僕たちを呼んだのは顔も名前も知らない、がりがりに痩せて変な恰好をした年齢も不祥でかろうじて男の人ってわかる人間だった。僕たちはその場でその知らない人と養子縁組の契約をさせられて、施設を出ることになったんだ」


知らない人。

のちにカイルの師匠となるその人は当時魔法省の開発部の人間だったという。

一言で言って天才だけど、前世の私の世界の言葉で言うならマッドサイエンティスト。好奇心を満たす為ならやばいこともおぞましいことも平気でやってしまう人なので、要注意人物として扱われていたのだそうだ。


その時カイルの師匠が夢中になっていた研究は、魔力の多い子供を一人でも多く生き残らせるという実験だった。


そう、実験。


施された術は確実じゃなかった。様々な方法を試されて苦しんで死んだ子供もいたし魔力の消え去った子供もいた。失敗した子供らがその後どうなったのかはわからない。

カイルが試されたのは体に竜石を埋め込んでみる方法だった。


「竜石……って王冠の飾りに使ったりするあれのこと?」

「うん。世界で一番強力な魔石だ。それを僕の心臓のようにすることで、僕の体を強化したんだ。……そうやって僕はこの実験でただ一人の成功例になった。残念なのは竜石なんてそうそう手に入る物じゃないから、これで他の子も助けられるという話にはならなかったこと。でも僕の師匠は満足だった。自分の仮説が成功すればそれでいい、後のことは他の人に任せたってね」

「そういうものなの……?」


せっかく成功したならそれをどうにか確実にして役立てるとか、世間に発表して称えられたいとかあるだろうに。


「師匠は変わってるんだ。それにそのとき師匠の興味はよそに移っていたしね。膨大な魔力を持つ健康で魔法知識もほとんどまっさらな子供が一人手に入ったんだ。そこからあの人は自分の考える最高の教育と訓練で僕をこの世で一番の魔術師に作り上げることに夢中になった」


そうして出来上がったのがカイルという人間なのか。


なんと言うか。

人が物を食べることも知らない大人に成長するには、さぞや特殊な環境で生きてきたんだろうなと思う。

常識以外にもところどころ首を傾げたくなるのはそのせいなのだろうか。


ガラスについたちょっとしつこい汚れを頑張って落とそうとしているカイルの横顔を見て思う。


もしもカイルがそのまま施設で成長してたら、貴族の養子希望引く手あまただったんだろうな。イケメンだし。

誰かを見ているだけで満足するような欲のない男は王家の影よりもっと平穏な生き方ができたんじゃないかと思う。


色恋もだ。ちゃんと表の世界で生きていたらこんなおかしな犯罪で誰かを引き留めなくても相手が向こうからわさわさ寄ってきてた筈だ。

いや今からだって心を入れ替えたら充分やり直せると思うけどね、も一度言うけどイケメンだし、私が嫌だということは(一晩中私のベッドの隣の椅子にいるとか)ちゃんと止めてくれる人だし。


でもそもそもその師匠に引き取られてなかったら大人にもなれなかったかもしれないのか。

ままならないなー。


「それで今そのお師匠はどうしてますの?」

「随分前に死んでしまったよ。実験で、自分の作った最強の攻撃魔法陣と自分の最強の防護魔法をぶつけあって、攻撃魔法に負けてしまったんだ」


えー。


「僕はやめろって言ったんだけどね。あの頃の僕じゃあ止められなかった」


そこで振り向いたカイルはぱっときらきらの笑顔になった。


「そのあと僕は王家の影に引き抜かれて君に出会えたんだ。僕はずーっと師匠の実験部屋で暮らしていたから、初めて王宮ってものを見せられてそれはそれは驚いたんだよ。別世界に連れてこられたのかと思った。そうして君を初めて見た時、もっともっとびっくりした。この世界にこんなにきれいな生き物が存在していたのかってね」

「……そりゃーこの国で一番お手入れされた子供の1人だったし?」


なんか恥ずかしくなって顔をそらしてしまう。

あ、しまった。言葉遣いが素になってしまった。

幸いカイルは何も気にしてないっぽい。


「お手入れされてない今の君もとてもきれいだよ」

「!」


なんだそれ。


言われて一気に心臓がばくばくしてくる。

前世では全くそんなことがなかったし今世ではほぼ社交辞令に聞こえるから、本音っぽく人にきれいだとか言われるのってめちゃくちゃ慣れてないんだよ!

横でカイルはきらきらの笑顔を続けているし。


……うん、つまり私もものすごくちょろいってことか。


結局その日はなんだかふわふわした気分のまま掃除を終えたのだった。


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