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愛はある

結局、色々と疲れた私はその日はそのまま最初のベッドで眠り込んでしまった。

眠って、目が覚めて、見知らぬ部屋を確認して夢じゃなかったと肩を落とす。

ベッドの脇にはやっぱりカイルが座っていた。


「……喉が乾きました。それと、顔を洗いたいですわ」

「ああ! ちょっと待っててね、そのままでね、今日は飛び出さないでね」


私にお願いされたのが嬉しかったらしい。カイルは明るい顔で部屋を出ると、すぐにグラスと洗面器と手拭いを持って帰ってきた。

はい、とその場で水魔法で水が満たされる。便利だ。


人心地ついて気持ちも落ち着いてきた。

私たちは改めてこの先のことを話し合うことにする。


「わたくしを解放してくれる気はないのですね」

「うん。外は危険でいっぱいだからね」


うーん。駄目か。


「わかりました。では、とりあえずヘレナ様たちだけにも無事であることを伝えさせて下さいませ」

「そこは大丈夫だよ。神殿の人たちには君は最初から旅に同行してないって思わせておいたから」


そんな魔法があるのか。でも。


「わたくし個人の護衛の方も一緒だった筈ですが……?」

「君に頼まれて神子の警備を手伝ってると思ってる」


……ということは、私が攫われたとルイス様たちが知るのは旅の帰宅予定の二か月後か……

がっくり力が抜けてしまう。


けどもうこうなったら仕方ない。

とりあえず、誰かが見つけてくれるか自力で脱出できるまで、この人を利用してなんとか生き延びていこうじゃないか。

幸い害意はないみたいだしね。


気持ちが前向きになったら自分の体調に気が付いた。そうだ。私は今とてもお腹が空いている。


「それで、朝食は下の部屋でとるのかしら? そういえば一体誰が支度をしてくれるのですか?」


カイルはきょとんとした顔をした。


「君は……食事がしたいのか」


何を言ってるんだこの男は。


「……そうですわね。昨日から何も食べていませんし」

「君はいつも嫌そうに食べているから、食事が嫌いなのかと思っていた」


城では私だけ健康メニューとか言って高価で薬効はあるけどまずい食事を与えられていたんだよ!

でも今はそんな話じゃない。


「好きでも嫌いでも人は食べないと死んでしまいますしね」

「ハハ、そんな大袈裟な」


カイルは軽く笑う。けど私の無言の視線にちょっと慌てた。


「……え、本当に?」

「逆にお聞きしますが貴方は食事はしないんですの?」

「つきあいで口にすることなら」


え、人外? 王家の影どうなってるの!


「と、ともかくそういうことですので何か用意して下さるかしら。贅沢は言いません。パンや果物の丸かじりでもいいですわ」

「困ったな。ここには何もないし、盗みは元上司の許可がないとできないし……」

「……何故盗むのです。ふつうに手に入れてくれればいいのですが」

「ハハ! そうか、君はお姫様だから知らないのか。いいかい、街ではね、物を手に入れるにはお金という対価が必要なんだよ。そしてそれを僕は持っていない」


明るく軽やかに言ってくれやがる相手に私は力が抜けた。


「お金が……ない。銅貨一枚も?」

「あれ、銅貨は知っているんだね。そうだよ、その一枚もない。この家を買う時にね、師匠の遺産と今まで働いて貯めた分と退職金を足しても少し足らなかったから、手持ちの小銭までその場で全部出してねばって頼んでそれでおおまけして貰ったんだよ」

「……」

「いい家だろう⁉ 前の持ち主が借金抱えて夜逃げしたんだって。たまたまいいタイミングで見つけたんだ。ものすごくお買い得だったんだよ。家具も丸々ついてたし。王女のエミリアが哀しい思いをしないようにと思って立派な屋敷を探したんだ。王都を出るのも不安だろうから王都内でね!」


浮かれた様子のカイルに私は冷めた目を向ける。


「退職金、と言いましたわね。それで、貴方、今お仕事は?」

「君を見守るのが僕の仕事さ!」

「これまではそれでお給金が出たでしょう。今はそうじゃありませんわ。……ということは収入のあてはない、と」

「住むところさえあれば平気さ!」

「使用人はどうするんですの? ただでは動いてくれませんわよ」

「君と僕の二人きりの暮らしに他の人はいらないんじゃないかな」


私は部屋の隅に目をやる。


「……蜘蛛の巣やほこりが目立つのですが。あれは、貴方がきれいにすると?」

「え? そういうの、僕は気にならないな」

「ではもちろん洗濯も……」

「服がぼろぼろになったらどこかで拾ってくるよ」


なんということ。

この人……甲斐性なしだーー!!

そして自分が食べないから本気で! この先! お金がなくても生きていけると思ってたっぽい!

ひどすぎる! 愛しかないなんて。


「だいたい! 王都にこんな立派な屋敷だなんてそれだけで固定資産税がいくらとられるのか知ってて購入なさいましたの⁉」

「こていしさんぜい? いや、よくわからないけど税金の話なら大丈夫だよ。この屋敷は外から認識されないようになってるし」


ダメだわ。例え現物が目に入らなかろうが売買の記録はあるし土地屋敷の登録もあるでしょう。優秀な徴税役人ならこの違和感に気付いて魔法を突破して……ってあら。


考えてみたら、それはここに外部から人が訪ねてくれるチャンスじゃないか。

そうか。ならこのことはうやむやにしておいたほうがいい。

私は一つ咳払いをする。


「わかりました。ではともかく当面の食糧問題を解決しましょう。……この屋敷にある物を売ります」

「家具は駄目だよ。持ち出せないし、ここに人も入れたくないし」


む。

ぱっと見回した限り、絵画や花瓶などの装飾品もない。

考えながらふと床を見る。

ベッドの下には外国産のラグが敷かれていた。

私はすぐにベッドを飛び降りる。


「これは物がいいわ。それなりの値がつくでしょう。すぐに売ってきて下さい」

「えーこれを持ち運ぶの? 重そうだなあ」

「オ願イ! ワタクシノ為ニ頑張ッテ!」


きらきらした上目遣いを見せればちょっと顔を赤くして「しょうがないなあ」とうなづいてくれる。


そうか。私はこれからこうやってこの人をおだてたりなだめたりすかしたりしてやっていかないといけないのか。……ああ面倒臭い!


とにかくそこから私は空腹の体を引きずってフル回転で動き始めた。

王女の私はひとまず封印。前世の庶民だった私を引っ張り出す。というかこれ、前世なしの生粋の王女だったら早々に飢え死にして終わりだったんじゃない⁉


まあそんなぞっとする想像は追いやってまずは屋敷中のチェックだ。


部屋の様子、どんな小物があるのか売れる物と使える物の仕分け、掃除の優先順位と洗い場の確認。

さすがに王都だけあってだだっ広い家ではない。

でもお金持ちの体裁に必要なものは最低限揃ってるという機能性重視の屋敷だった。古くて汚れてるけど手入れはされてるから、短期間だけ放置されてた、という感じだろうか。

前庭は植木と花壇が並ぶ。そっちは畑にしてみよう。やったことはないけど埋めたら何か採れるかもしれない。


着替え問題。現金は食料や燃料に回したいから使いたくない。シーツやテーブルクロスが残ってたし裁縫箱もあったからなんちゃって下着とかパジャマとかを作ってみるかー。


それにしてもやっぱり収入が欲しいなあ、でも働きには出れないしなあ、と考えた時に思いついたのは城で教わっていた外国語教師の顔だった。本業の翻訳の仕事がいつも人手が足りないと嘆いていた。そして私は三か国語までなら読み書きできる。


よし、王女エミリアからの紹介状をつけて下請けの仕事を回してもらおう。日付はごましかしておく。設定は……没落貴族のお嬢さんとかでいいか。お使いのカイルは従者だな。


これからは前世の記憶も今生のスペックも全部含めて利用出来るもんは活用してやっていくぞ!


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