相談しよう
「それでエミリア様は何を望まれましたの?」
好奇心むき出しで尋ねてきたロザリンデ様を、おい、とルイス様は止めるけれどそれほど本気ではないっぽい。この人も興味があるのだろう。
私は二人に向かってにっこり笑ってみせた。
「これからも神殿に通い続けられるよう願いました」
「まあ! エミリア様が幼い頃から信心深かったというお話は本当だったのですね……!」
何故だか感動されてしまった。
訂正する必要もないから流しておこう。
普段こんなにしゃべったことはないので少し喉が嗄れてしまった。
気づいたロザリンデ様がテーブルの上にあったお酒を全員に配ってくれる。
グラスが足りなかったのでご本人は紅茶カップで飲んでる。けっこうぐびぐびと。
飲みたくなる気持ちはわかります。もう、訳がわかりませんしね。
私自身は酒精はあんまり得意じゃないのでとりあえず一口だけにしておく。
はあ、と息をついて話を戻した。
「わたくしの想像では、陛下はかわいい王太子様に自分が使い倒した古いおもちゃであり王妃候補としも不出来なわたくしをあてがうのが嫌になってしまったのではないでしょうか。でもお払い箱にした後でわたくしが幸せになっても癪に障る。だからそうはならないだろうルイス様の下へ嫁がせたのではないかと……」
「確かに私は君が自分から離縁を申し出るよう追い込むつもりでいたが……」
いたのか。話し合ってよかった。
「しかしこんな嘘はすぐにばれるだろう?」
「わたくしが言い訳できないと思われたのかもしれませんし……嘘がばれてもばれなくても、わたくしたちが今後不自然な暮らしを強いられることも変わりありませんしね」
「エミリア様がエミリア様ただお一人を最も愛する伴侶を得られない、という事実も動きませんわ」
ロザリンデ様が痛ましげな目をこちらに向けてくれる。
そこはそんなに重要視してくれなくてもいいのだけど。
「……しかしまさか伯父上がそのような人間だったとは」
ぐいっとグラスを空けたあと、ルイス様は眉間に寄りっぱなしだった皺を指でほぐした。
「こうして我が身に被害が及ばなければ到底信じられなかっただろう。凡庸だが害のない人物というのが当代の王の評価だ。母も伯父上を少し間の悪い人間だが悪人ではないと言っていたしな」
「ですが言われてみれば……陛下と王妃様はけして不仲ではないけれど、ご夫婦らしいところをあまりお見掛けした覚えがありませんわね?」
夫婦仲の基準がご自分たちだとしたら世間の夫婦のほとんどは不仲になってしまうと思うけれど、まあ、それは置いておいて。
「陛下の裏のお顔はごく一部の人しか知らないようです」
「公爵家はその一部に含まれていなかったんだな」
ルイス様はとても不満そうだ。
たぶんだけど、知っている人は自力で気づいた人たちで、私のように教えられたって人はほとんどいないんじゃないかと思う。
「そもそもだ。本当にエミリアを苛める為だけにこんなことまでするのか?」
そこでロザリンデ様がそっと手を挙げる。
「もしも私たちがエミリア様を手ひどく扱っていましたら、ルイス様の評判は地に落ちていたかもしれませんわね。それならそれは陛下の利益になるのではないでしょうか」
なるほど。そういう狙いもあるのか。
うちの国では国民に人気がない人が王位につくと色々統治がやりにくくなるという特性がある。
血筋の順位とは別の人気投票のような王位継承ランキングがどこかの機関で密かに作られているという噂もある。噂だけど。
真偽はともかく、ルイス様が不人気になれば次期王の対抗馬になることはないだろう。
「それに。お話を聞いた以上、私は同じ被害者であるエミリア様を無下にはできません。つまりエミリア様がこの家の妻となります。その状況をこの人がストレスなく受け入れるとは思えませんし……そのストレスのはけ口がエミリア様に向けられてしまうことは容易に想像できますわ。そしてどちらにせよルイス様の評判が落ちるのでしょう」
「ロザリンデ! 私は君以外の伴侶など!」
ルイス様が椅子から腰を浮かせる。
私も負けじと立ち上がった。
「わかりましたわ! わたくしが出戻ればよろしいのではないかしら? 話が違うじゃないかとわたくしが陛下に詰め寄りましょう!」
「いけません、王女ともあろう方が間違いで結婚し離婚したなどエミリア様の経歴に傷がついてしまいます!」
「構いませんわ、もともと大した評価もされていない人間なのです」
「いや駄目だエミリア。伯父上の真意が不明な以上、うかつに状況を変えようとするのは控えた方がいい。……その先にどんな罠があるかわからんしな」
「そんな……」
私は再び座り直す。
ということはだ。
陛下の命令には逆らわない。でもルイス様夫婦はこれまで通りに暮らしたい。そのせいでルイス様たちの評判を落とすのも私が避けたい。
これらを叶える方法を探さなければ。
しばらく私たちは考え続け……ふと、私はひらめいた。
「だったらわたくしが妻の務めを果たせなければよいのではないかしら」
エミリアの体が弱い説、を利用すればいいじゃないか。
それはつまりこうだ。
エミリアの体はもう限界だった。余命いくばくもないエミリアは最後の願いとして初恋の人であるルイス様の妻になりたいと陛下に懇願したのだ。
そんなエミリアを哀れに思ったルイス様たちはこの話を受け入れて離縁。エミリアを正式な妻にした。
けれど死にかけのエミリアは結婚式という最後の晴れ舞台をどうにかやり終えた後、そのまま寝込んでしまう。仕方がないので妻としてのあれこれはこれまで通りロザリンデ様が受け持っていく。
……という感じに世間には広めておけばいい。
「そして頃合いを見てわたくしは寿命が尽き、その後こっそりただの人となって神殿内部にかくまってもらいますわ」
「本気でおっしゃっていますの? ……いえ、お顔を見れば嘘ではないとわかるのですが、何と申しますかあまりにも……」
私が「エミリア」という人間をあっさり捨てようとしていることに、ルイス様もロザリンデ様もものすごく驚いている。
いいんです。どうせ王族の務めは引退したようなものだし。
姫としての私を慕ってくれた方々には申し訳ない思いもあるけれど、陛下の意地悪がここで終わるとは言い切れないし、それならここできっぱり悪縁は断ち切ってしまいたい。
そう告げるとお二人も微妙な顔をしながらもなんとか理解してくれたらしい。
ああ、よかった。これですっきりできた。
「それでは短い期間になりますが、そのような感じで仮の家族としてこれからよろしくお願い致しますわ」
前世の気分で握手の手を伸ばしてしまう。それを受け取ったのはロザリンデ様だった。ソファに座った体勢のまま、ロザリンデ様は私の手の甲を自分の額に当てる。
「……ずっと、思っておりました。私とルイス様の婚姻で、もっとも不安になられたのはエミリア様ではないかと」
「ジークがいるだろう」
ジーク様とはルイス様の弟だ。
ロザリンデ様と結婚するまではルイス様が私の夫候補に一番近くて、結婚されてからはジーク様がそれに代わって、王太子様が誕生されてからはやや王太子様が有利、でも充分こちらもありうる夫候補二番手、だった方だ。
ちなみにまだ成人しておらず、私とお会いしたことは無い。
「このようなご縁となってしまいましたが。エミリア様のお幸せの為に、私共は最大限の努力を約束させて頂きます」
そうして私たち三人は陛下の被害者同士、新たな生活を始めることを決めたのだった。