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さらなる事情

すべての謎が解けたのは私が10才になった時だった。


その日、私は王妃教育の講義を受ける予定だった。

けれど普段はないことが起こった。

王妃様が私に、王妃教育の一環として慰問についてくるよう命じてきたのだ。


あまりに急な話でこちらはろくな準備もできないまま出発となった。

陛下はともかく、王妃様の思い付きで振り回されることなんて滅多になかったから非常に戸惑ったものである。


王都のはずれの孤児院に行く途中、王妃様と私は王室専用馬車の中に二人きりでいた。

私のおしゃべりを王妃様は好まない。王妃様も気さくに話すようなキャラではない。

長すぎる沈黙の時間がとても気まずかったのを覚えている。


基本、王妃様は私に関心がない人だ。娘であるイリーナ様たちにはふつうに愛情を向けているように見えるので、誰にでもそうという訳ではないらしい。

これも設定の影響なんだろうかと私は勝手に納得していた。


そんな居心地悪い道中で。

王妃様が突然口を開いた。


「エミリア。貴女もそろそろ色々なことを理解する年齢でしょうから話しておきます」


王妃様は私に向き合うように体をずらした。


「はっきり言いましょう。貴女は陛下に苛められています」


そのとき私はぽかんとした。

だってまるで意味がわからなかったから。


王宮では、大人たちが冗談交じりに「陛下はエミリア殿下を大事にしすぎだ」と話しているのを何度も見かけた。

王族の責任だって、体の弱い私は他の子の十分の一もやるべきことをこなしていないのじゃないかと思う。それも陛下がエミリアはそれでいいと許しているからだ。


大切にされているのだと思ってきた。

だから王妃様の言葉は「貴女は人間じゃなくて猫なのよ」とでも言われたような感覚だ。


私がまるで理解していないとわかったのだろう。

王妃様は手にした扇を強く握りしめると、かつて自分の身に起こったことを話し始めた。



トラビス陛下がまだ第二王子と呼ばれていた頃。侯爵家のお嬢様だった王妃様は婚約者としてトラビス様とおつきあいをしていたそうだ。


王妃様は初め、トラビス様をただのどん臭い人だと思ったと言う。


プレゼントしたカフスをうっかり汚水に落としてしまう。

二人でデザインから一緒に考えたドレスのお披露目の日に、その胸元に赤ワインを盛大にこぼす。

ダンスを踊れば下手くそで、王妃様はトラビス様とのダンスの後は足に生傷が絶えなかった。


「貴女と踊ると緊張してしまって自分が何をしてるのかわからなくなる」


そんなふうに言われてしまえば悪い気持ちにもならない。


ずっと前から楽しみにしていた観劇の日にトラビス様が体調を崩して約束が取り消される。

王妃様への贈り物を、王妃様と不仲の令嬢のアドバイスに従って選んでくる。

王妃様のご友人たちに王妃様と仲良くしてくれているお礼だと言って必要以上に高価な贈り物を何度も贈り付け、困惑したその方たちが王妃様から距離を置いてしまう。


それらは小さな小さな積み重ねだった。


ある日、大国の王族を招いての夜会の中で、大国の姫とそれはそれはみごとなダンスを披露するトラビス様の姿を見て王妃様は立ち尽くした。


目の前のすべての光景が凍り付いて、それがガラガラと崩れていくような気持ちになった、と王妃様は言う。


後日。二人きりになった時、王妃様はトラビス様に疑惑をぶつけてみた。


「わざとだったんですの? ……これまでの何もかも」


トラビス様は一瞬、少し驚いた顔をした。それからすぐつまらなそうに肩を竦めてみせたそうだ。


「なんだ。ばれたのか」


それからトラビス様は二度と王妃様に意地悪を仕掛けなかった。


被害者は他にもいるらしい。トラビス様の側近の人たちが大事にならないようにフォローしているということだ。



「本当にどうでもいいような、子供のようなくだらない意地悪なのです。ただ肝心なのはあの人にとって、自分の狙いが相手にばれずにいるという緊張感、そこに快感を得ているのです。本当に、くだらない、おぞましい癖の持ち主なのです陛下は」


そう言って王妃様は私の姿を一度上から下まで見た。


「……その喪服のようなドレス」


私はハッとなって自分の黒いドレスのスカートをつかんだ。


「これはわたくしの身を護るものなのだと聞いております。両親を失ったかわいそうな姫という肩書はあらゆる悪意からわたくしを遠ざけてくれると、陛下が、」


気づいた時には私の身に着けるものの色は黒かグレーと決まっていた。それは陛下の指示だった。


でも前世の私もモノトーンが好きだったし、色は地味でもデザインはそれなりに華やかだったので私自身としては何も不満はなかった。


またハッとする。


「わたくしへの贈り物はいつも新進気鋭の芸術家の作品でしたが、まさかそれも、」

「あの不気味な美術品たちね。イレーネたちは愛らしい人形をもらっていますよ」


単に贈り物のセンスが壊滅的にない人なのかと思っていた!


「以前陛下から今どきの令嬢が好むものは何かとさりげなく聞かれたことがあります。わたくしはとりあえず多くの女性が欲しがるもの、華やかなドレスや宝石や花やスイーツやかわいいものや美しいものを挙げました。そして陛下は貴女からそれらを取り上げることを楽しんでいるのです」


花とスイーツは幼い頃にそれを与えられた私が体調を崩したとかで、現在こちらに届くことはない。

……そんな理由だったのか。


体調、で思い出した。


「わたくしが……人に会う日に必ず具合が悪くなってしまうのは……」


王妃様は扇を額に当てた。


「王家の影に薬でも盛らせているのでしょうね。女子はおしゃべりが好きだと伝えましたから」


そんな時にはよく陛下が様子を見に来てくれていたけど、あれは成果を確認してたのか!


「! ではわたくしの侍女たちがあまりわたくしとお話をしてくれないのも?」

「貴女は尊い存在だから親しくしてはいけないと指示がいっているようです。イレーネたちにも聞きました」


そうだったのか。

従妹たちにはふつうに嫌われているのかと思ってた。


「よいですかエミリア。これは社交を阻まれている貴女の公務とお思いなさい。陛下が貴女を苛めることで日ごろの憂さを晴らすというなら周りは誰も止めません。そうすることで陛下のお心の健やかさが保たれるならそれは国の為なのです」

「国の……」


いや幼女を苛めて喜んでる時点で既に病んでいるのではないかと思うけど、黙っておく。


「そしてここからが重要です。貴女はこれからも、陛下の思惑に気付いたと陛下に知られてはなりません。陛下が貴女から取り上げるものを欲しがってみせ、それが得られないと失望して周りを羨んでみせるのです。それが陛下の望むものですから」


その代わり、と王妃様は私の手をつかんだ。初めて王妃様に触れられた。その手はひんやりと冷たかった。


「貴女がこれだけはどうしても譲れないというものを一つだけ教えなさい。それだけは例え何があろうともわたくしが死守してみせます。それがただ一つわたくしが貴女にしてあげられることです」


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