こんな事情
そうしてそのまま私たちはテーブルを囲んでソファに腰を下ろした。
困惑するお二人に私から説明する。
「まず、わたくしの経緯をお話し致します。わたくしが長いこと、いつか陛下に生まれてくる筈の男子の婚約者のような状況だったことはご存じですか?」
「……もちろんだ」
我が国は比較的のんびりした平和な国だ。
そのせいか国王という地位に絶対的な権力はない。
王族の主な役目としては、国民の推しとなって彼らの心をがっちり掴むというのが最も重要な仕事なのだそうだ。
そんな中でも先代王、私の父親は国民に絶大な人気があったという。その恩恵と、幼くして両親を亡くした子供という同情心から、私自身の身の上は国中にとても心配され続けているらしい。
棚ぼたで王位を継いだ人間が私と言う存在を一体どう扱うのか。無言のプレッャーに押された結果、私は将来陛下の子供と結婚して王妃になるという宣言が早々にされていた。(ちなみに我が国は男子しか王位は継げない)
でも。何年経っても陛下のところには女子しか生まれず。他の高位貴族がどんどん婚約や結婚をしていく中、私の身の振りは待たされて待たされて……
ついに王家は最終手段、王家の秘術である男子を誕生させる魔術を使用した。代償として陛下にはもう子供が望めなくなるという条件と引き換えに、次の国王となるお子さまが生まれてきたのである。
その時私は17才になっていた。
我が国の成人や結婚可能年齢は15才。
貴族女性としてはちょっと慌て始める年齢だ。
世間では私に別の縁談を進める派とこのまま王子と婚約する派で熱い議論が交わされていたらしい。
そんなある日、私は陛下から、従兄のルイス様に嫁ぐよう言い渡された。
ルイス様は私の亡き父の妹にあたるスザナ様の息子で、公爵家の嫡男だ。
さらさら銀髪アイスブルー眼のクール系イケメン。年齢は三つ上、何度かお会いした時にはお兄さんらしく親切にしてもらった、ように思う。
成人前から将来有望が噂されていたルイス様だったけど、社交界デビューと同時に伯爵家の超絶美少女ロザリンデ様と出会い、熱烈恋愛をして、あっという間に周囲を整えて早い年齢で結婚されてしまった。それはお芝居にもなったくらいにこの国では有名なロマンスである。
なのに。
今年になってそのロザリンデ様の浮気が発覚してしまった。
とんでもない醜聞すぎて情報規制が敷かれたと聞いた。
そしてこうなったからには嫡子ケント様の父親にも疑惑が残る。
という訳でルイス様は早々に後妻を迎え、新たに子供をもうけなければならない。
嫁ぎ先を探されていた私と嫁が欲しいルイス様。先代王女の嫁ぎ先として身分的にも何も問題ない。そんな感じで話はあっさりまとまったらしい。(後妻ってどうよと思ったけど私の年齢で相殺されてしまうそうだ)
私の幸せの為にはその方がいい、と陛下に説得されればもちろんお断りする理由もない。おそらくだけど、拒否権もないだろう。
話が決まってから一度もルイス様にお会いしていないのも、王族同士の結婚とはそういうものなのかなあとぼんやり思っていた。そうして流されるようにして当日を迎えたのだ。
「これが陛下から言い聞かされたわたくし側の事情ですわ」
こちらが説明を終えると、ルイス様は深い深いため息をついてうなだれた。
髪がさらりと顔にかかって愁いを帯びた様子がかなり絵になる。
「どこから話せばいいものか……始まりは、半年前だ。北の森で魔獣が大量発生したのは知っているか?」
「ええ、存じております。ルイス様が騎士団長としてご活躍されたとか」
「君は。その活躍の褒章だった」
「……はい?」
思わず首を傾げた。
「そうだな。その反応だ。私も初めは奇妙な冗談かと思った。だがその話のすぐあとに、妻との離縁を命じる公的な書類が届いた」
なんだそれ。
私が聞かされた話と全っ然違うじゃないか。
そもそも既婚者に嫁の世話ってなんだよ。
「すぐさま城に乗り込んだ私は伯父上を問い詰めた。伯父上は言ったのだ。エミリア。これは君の強い望みなのだと」
いやいやいや。全く心当たりありませんけど?
「君を長らく王家に縛り付けてしまったことを伯父上は悔やんでいた。ここからさらに待たせて王太子妃に据えるより、今、君が望む相手に嫁がせてやるのが君にとって一番幸せではないかと思い直したそうだ。君の人生への償いとして、君の望みを叶える為なら自らの手を汚すことも厭わないと伯父上は脅しをかけてきた。……だから私は、表向きはロザリンデと離縁したのだ」
ロザリンデ様が前に出た。
「申し訳ございませんエミリア様。私一人が身を引けばよいお話かと思ったのですが、」
「君がいなければ私には生きている甲斐がない!」
「とこのように夫が申すものですから、ならば共に立ち向かおうと決めたのです」
二人はしっかりと手を握り合い、揃ってこちらに顔を向けた。
まあ、美男美女。眼福。
じゃなくて。
「まずは申し上げておきます。わたくしは陛下にルイス様との結婚を望んだことはございません。お慕いしていたというのも違います。お名前を口に出したことも記憶にないので、周囲にそう誤解されたということもないと思います」
「そう、なのか……!」
ルイス様はホッとしたのだか気が抜けたのだかそんな顔になる。
モテ男は自分が横恋慕される状況には疑いを持たなかったようだ。
隣のロザリンデ様は不安げに少しだけ身を乗り出してきた。
「では、何故陛下はそのような嘘を……? エミリア様の望みでないとしたら、そもそもこの結婚は陛下にとって不利益しかもたらさないように思います」
うん。おっしゃる通り。
世間では私の夫こそが次の王だと見る人も多いし、ルイス様は王位継承権第2位な訳で。
我々二人が結ばれてしまっては、せっかく誕生した王太子様の将来に大きな心配が残ってしまうのだ。
「王位継承問題や、私たち二人とロザリンデの親族の恨みを買ってでも得たい何かがそこにあるというのか……」
私たちは必死に考えるけど何も思いつかない。
そもそも私の脳は政治に向いていない。いくら学んでもちっとも身につかないのである。それはもう本人の努力とは別次元の話だった。
たぶん目の前のお二人が懸命に脳内で検索しているだろう色んな利益不利益は私には半分もわからないんじゃないかと思う。
と、ここまで考えて。
あ、と思った。
「あのう。もしかしたら……政治的な何かではなく、別のことが目的なのかもしれませんわ。仲の良い夫妻を引き裂いて割り込ませて、わたくしがずっと針の筵で暮らしていくことが陛下にとっては重要なのかも」
ルイス様もロザリンデ様も、理解不能、という顔をする。
ここで私はずっと言えなかったことを口にした。
「実はわたくし、これまでずっと陛下に意地悪をされていたのです」