その後
その後。
ルイス様とロザリンデ様他、スター公爵家の方々はすぐにその場で解放された。
それどころか、ルイス様は急ぎ王位を継ぐ準備に入られた。
仮の王の地位のままのルイス様とトラビス叔父様は立場を逆転して裁判が開始される。
私とルイス様への加害の件、私の両親の殺害の件は一度に扱われるという。
カイルの竜石実験の資料、当時の魔法省への出入り記録などが用意されたけれど、それらの証拠が揃うまでもなく叔父様はすべての罪を認めて受け入れた。
死刑は確実だった。
裁判の夜、王妃様はお子たちと側妃様たちの助命嘆願を残して毒杯を呷られた。
側妃様たちとリカルド様、イレーナ様たちは罪を犯した王族が入る塔に幽閉されることになるらしい。
そう遠くない内に何かしらの恩赦があるよう私も嘆願書を出しておいた。
この事件について世の中的には。
叔父様の悪事に気付いた私がルイス様と手を組んで、共に偽王を打倒し正義が王座を取り戻したのだ、みたいな物語が流されている。もちろん、ルイス様が捕らわれたのも計画に気づいた叔父様が先手を打とうとあがいた結果ということになっている。
その方が民にルイス様が歓迎されやすいからだそうだ。
さて。今後のことである。
ルイス様が王位を継がれるのは確定となった。
ルイス様はすぐさま王家の影に私の暗殺取り消しを命じてくれたそうだ。ホッとした。
そして私の身の振り方である。王は側室も持てるので、ロザリンデ様を側室に、私は形式だけの王妃になればどうかと話が挙がった。
うん。貴族や国民を納得させるにはこれが一番いいのだろうけど一つ問題が残る。
「わたくしが王妃になったら貴方はどうされますの?」
「だったら僕はまた影に戻って君を見守るか、君さえよければ表の護衛としてついてまわるよ」
カイルである。
「あのですわね。何も言わずに信じてほしいのですけど、わたくしがお金持ちになるとわたくしを愛する人たちは命を落としてしまうんですの。わたくしの両親のようにね。ですからわたくしが王妃になるなら貴方には離れていただかないと……」
「そうなの? でも、君と離れて生きるより君の傍で死ねるなら僕には何も問題はないよ」
問題です!
ああ。まずい。ここは何としてでも説き伏せなくては。
「これまで貴方の世界の中心はわたくしでした。でもこれからは、もっと広い世界を知ってほしいのです。その世界にはわたくしなどよりもっと素敵な、貴方にぴったりの相手がいるかもしれませんわ。良い機会ですから、ちょっと視野を広げてみようと思いませんか?」
「どうして目の前に最高があるのにわざわざ他を探しに行かなきゃならないんだ?」
心から不思議そうな目で見ないで欲しい。
困り切った私はヘレナ様の下へ駆け込んだ。
ふわっとした事情を説明して助言を求める。
「何故王宮に行くとあの者が死ぬことになるのかは存じませんが……」
ヘレナ様は困惑した目をよこしてから。
「記憶を改ざんする魔法というのがあるじゃないですか。あの者の記憶からエミリア様を消してしまってはどうです? 必要でしたら夫に頼みますよ?」
その手があったか!
カイルには私のことを全部忘れてもらって一から新しい人生を始めてもらえばいいんだね。
私は当初の予定通り王妃になって、カイルはこの世界のどこかで新しい人たちと出会ってかわいい誰かを見つければいい。
そうすれば皆幸せになれる……
考えながら。
自分がなんだかモヤっとしていることに気付いた。
……カイルは傷つくだろうな。
記憶を消してしまえば何もかもなくなるかもしれないけど。記憶の底の今までの彼はいつまでも泣き続ける、ような気がする。
そしてそんなカイルを想像すると、私の胸はぎゅーっと絞られたように痛むのだ。
「……でも、あの者には手綱を握る人物が必要ですわ」
思わず口にしていた。
「姫様」
なんですか。
ヘレナ様が苦笑いを見せてくる。
「そこで『でも』と理由をお探しになる時点でお心はあの者に傾いておいでですよ」
そんな!
ここに来て私は、これまで保留にしてきた自分の胸の内を見つめることにした。
私は一体どうしたいんだ。何を大事に思ってるんだ。
ヘレナ様はそんな私を根気よく待ってくれている。
長い時間考えて私は私の中にようやく一つの感情を見つける。
「わたくし、あさましいんですの」
部屋の床に視線を落とす。
「わたくしにとってイーラー教活動はこの世界で生きていく為の心の支えでした。前……実の家族への思慕を断ち切って、息苦しい王女生活を続けていくのにこの愛がなくてはやっていけませんでした。それは色恋では代わりにならないものなのです」
ですが、と顔を上げた。
「わたくし、わたくしの為に計算もなく後先考えず躊躇すらしないで自分の心臓を取り出してくれる人間からの愛情を、心から欲しいと思ってしまったんです!」
両手で顔を覆った。
ああ。これが自分の本音か。
そうだ私はカイルに愛されたいと思ってる。私がカイルに好意を持っている、とは別の話でだ。
今生で初めて目の当たりにした巨大な愛情のインパクトは、愛されることでは空っぽだった私の心を打ち貫くのに充分過ぎた。
「姫様。誰かに愛されたいと思う気持ちははあさましいものではありませんよ?」
「ですがわたくしには王家の務めが、」
「王妃様ならロザリンデ様がいらっしゃいますし……あの者をあの者の師匠とは違う道に導く、というのはこの国の為にとても有意義な務めだと思います。そしてそれは姫様にしか出来ない仕事です」
そうは言われても。
どうしたらいいかほんとにわからない。
だって貧乏暮らしではイーラー教活動はできない、きっとしている余裕はない。
どっちもほんとに欲しいのだ。どっちかなんて選べない。
その時だ。
頭の中で声が響いた。
『こっちから与えるのはどっちかだけど、自力で獲得する分には何も邪魔はしないわよ?』
それは久しぶりに聞くこの世界の管理人の声だった。
しばらくぼーっとしてから、言葉の意味がわかってくる。
邪魔はしない……?
ああ……そうか。なるほどそういうことなのか!
不思議そうなヘレナ様の前で私は。一つの解答を手にしていた。