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断罪

次に気づいた時には私は先ほどと全く同じ体勢でその場に立っていた。

意識を失っていたのはほんの一瞬だったらしい。


でも、その一瞬で。

観客席にいた王都の人々が、全員、ぐったりと椅子にもたれて気を失っていた。


私の横では息を切らしたクロード様がカイルの頭をはたいている。


「手伝え、阿呆が」

「え、今何かしなきゃいけなかった?」


恐ろしい……爆発しかけた王都の人を、クロード様が全力で眠らせてくれたようだ。


会場全部を見回せば、貴族席側の人たちはほとんど起きている。そっちまでは魔法が追い付かなかったのか、暴れそうな気配はないので必要ないと判断されたのかはわからない。


「ここはひとまず解散だろう。王族貴族は先に帰して、その後市民を目覚めさせる」

「そ、そうですわね。順番に退場して頂きましょう……まずは陛下たちから……」


その時。


私たちの目が自分に集まるのを確かめてから、陛下がすっと王冠に手を当てた。

それをひょいっと足元へと放り投げる。

ガランゴロンと音を立てて、王冠は貴族席の下の方まで転がってきた。

ざわめいていた貴族たちがまた静まり返る。


次に立ち上がった陛下は客席から舞台へ繋がる階段をゆっくりと降りてきた。

私たちは動けない。


やがて陛下は舞台へ降り立ち、私の前にやって来る。


「イレーナの誕生日の夜を覚えているか?」


唐突に陛下は言った。

訳がわからないまま私は記憶を手繰る。


ああ、そうだ。私の為には行われない王女の誕生会。あの日も私はたぶんカイルの手によって体を壊していたのだけれど、それでもどうしても一瞬だけでいいから顔を出せと陛下に命じられたのだった。

めちゃくちゃお腹が痛かったのにきちんと身なりを整えて引っ張り出されてしんどかったんだよなー。


「あの日、そなたは。余がそなたの身を気遣い触れようとした手を、避けたのだ」


そうだっけ? 覚えてない。でもそうだとするなら無意識にやっていたんだろう。


「そこで余は気が付いた。余のそなたへの仕打ちをそなたはとっくに知っていて、これまで知らないふりを続けていたのだと」

「!」


私の顔から血の気が引いた。


「余の興は冷めた。もうそなたに価値はないと思った。なので余は代わりを用意しなければならなかった。それは余の申し出を断れる立場の者でなくてはならない。なんでもこちらの思うままにできる存在では全く胸が高まらないのでな。高貴で、余が愛を注いで疑われぬような人物で、できれば長く遊びたいので適度に鈍い人柄だとよいな」


そんな人物……

思い当たった私は目を見開いた。


「まさか、スザナ叔母様……?」


陛下の唇の端がニイッと上がる。


「あれが余に大きな負い目を感じ、公爵家に貸しが出来れば後はどうとでもできる。あれを王家に取り戻す為に、要らぬそなたを最後に役立てることにした」

「まさか……そんなことで……」

「私と私の家の者は! そんなことの為に犠牲にされかけたのか‼」


ルイス様が叫ぶ。


「おぬしらは、つまらん」


どこかで悲鳴が上がった。

見れば、王族席で叔母様が倒れ掛かっていた。周りの人たちが支え、退場させようとするのを叔母様は首を振って断っている。意地でも最後まで見届けるおつもりなのだろう。


同じくそちらを見ていた陛下もすぐに私に向き直った。


「エミリア。そなたはいつから気づいていた? そんなに前ではなかろう? 余に愛されていると信じ込み、余を父のように慕っていた頃もあった筈だ」


なんなんだろう。この人は。


「そなたは賢い子供ではなかったな。物覚えも悪かったし、不器用だった。そんなそなたが血の滲むような思いで王妃教育に励み、身につけ、ようやくそれが報われる目途がついた所でその成果を無にされた。その時、そなたはどう思った? 決して表には出さなかったが、密かに一人で嘆き悲しんだのだろうな?」

「……心底ホッとしましたわ。自分が王妃に向いていないのは誰よりもわかっていましたもの。これで肩の荷が下りた、ありがとう、という気持ちでございました」

「……」


陛下は私の表情から、そこに嘘やごまかしがないか必死に読み取っているようだった。

やがて私の言葉が本心らしいと嫌々ながら飲み込んで、フン、と息を吐いて侮蔑の目を寄越す。


「王位に何の価値も感じていないところは余に似ているのだな、そなたは」

「王位に価値を感じていない……? ではわたくしの両親を殺したのは何故? 王位簒奪の為ではないのですか」

「お前はそう思うか? 皆もそう思っているのだろう。ならばそれでいいではないか。そういうことにしておこう」

「陛下! わたくしは正直にお答えしましたわ」


陛下は黙る。ぐるりと会場内に目を向け……王妃様たちとスザナ様の上を素通りして、また戻ってくる。それから口を開いた。


「余はな。そなたを育てたかったのだ」

「……はい?」


意味がわからなかった。

理解できない私たちを置いて陛下は続ける。どこか遠い所に思いを馳せるような目で上空を眺めて。


「余が初めてそなたを見た時のことだ。余が招かれた部屋の中には兄上と義姉上と義姉上の腕に抱かれるそなたがいた。温かい春の日だった。部屋中に光が満ち、薄いカーテンが風に揺れ、花のような、他の何かのようなよい香りが漂っていた。部屋中が柔らかで愛らしい物たちで飾り立てられ、兄上も義姉上も聞いたことがないような優し気な声でそなたに語り掛けていた。そなたは何がおかしいのかきゃっきゃと声を上げて笑っていたな」


それは。私の知らない、知りようもない、私がこの世界に生まれて一番幸せだった瞬間なのだろう。


「……あの時思ったのだ。世界中で最も恵まれたこの子供から両親を取り上げ、仇である余がこの子の親代わりとなり、感謝と尊敬を受けながら育てていくことができたらどんなに素晴らしいだろうか、と」


陛下は何かを思い出すようにうっとりと目をつぶる。


「その望みは叶えられた。これまで、素晴らしくぞくぞくする日々だった。王位などこの素晴らしさの付属物に過ぎん。ただただ退屈な責務だった。……もはや余に何も悔いはないぞ」


走り出そうとしたルイス様はいつの間にか側に寄り添っていたロザリンデ様によって止められている。


「我が伯父が……我が国の国王がこれほどの狂人だったとは……!」


「陛下」


声がした。

振り返れば、いつのまにか私たちの近くに王冠を両手に持った一人の側妃様が立っていた。

リリア様。王太子リカルド様の産みの母親である方だ。

家系が多産で男子が多く、すぐにでもお子を産めるお年頃という理由で儀式の相手として白羽の矢が立ったらしい。

生まれた時からの婚約者がいたのだけど、もちろんすぐさま解消された。それが本人の望むことだったかそうでないのかまでは伝わっていない。


そんなリリア様が陛下の前に立つ。

そして。

片手に持ち直した王冠を大きく振りかぶって、陛下の顔面を思い切り殴りつけた。


「悪事をするなら完璧に隠し通して下さいませ‼」


床に倒れる陛下にそのまま王冠を投げつける。

それをきっかけにしたかのように王妃様の声が響いた。


「衛兵。陛下を捕らえよ。……わたくし達も始末をつけてから参ります」


王妃様の声に弾かれるように動き出した兵士が陛下を起こして連れていく。


舞台を去る直前に。陛下がこちらを振り返った。


「まだばれていないことはいくつもあるぞ!」

「興味ございません」


陛下は心底わからないという表情を浮かべる。そして兵士に促されてこの場を去って行く。


私たちはその後姿をただ眺めていた。


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