告発
「エミリア」
高い所から声がした。
振り返れば、陛下が口を開いていた。
「本物のエミリアなのだな。……さぞや恐ろしい思いをしたのであろう。余も同じだ。何もかも騙されていたようだ。今は何も聞くまい、城に戻ってゆっくりと休むがいい」
ふん。大神官様という言葉を聞いてごまかしきれないと踏んだのだろう。
陛下が私を私と認めた。
よしこれでルイス様たちの無実は勝ち取った!
何も感情を表さない顔で私を見下ろす陛下と対峙する。
ここにいる人たちの中で私が現れたことに一番驚いたのはこの人の筈だ。
本当なら怒り狂いたいところなんだろうけど、さすがにそれは見せてくれない。
改めて陛下という人を眺めてみた。
王家の髪色に珍しい琥珀色の目。顔立ちは肖像画の私のお父様には似ておらず、叔母様に似ているけれど中性的な感じはしない。
これまでとても巨大に感じていた身長は横の王妃様とさほど変わらなかった。
……こんな人だったんだな。
ただ子供っぽくて性格が悪いだけかと思ってた。
それでもちゃんと線引きはしてるのだと信じてた。でも違った。
私はこの国の王族として、この人を見逃すことは出来ない。
「いいえ。わたくしは戻りません。既にルイス様からお聞き及びのことかもしれませんが、わたくし自身の口からここにいる皆様にもお聞かせしなかればならない事実があります。わたくしが、これまでの人生ずっと、陛下にされていた仕打ちのことを」
そして私はルイス様に話したのと同じ自分の境遇を語った。
カイルに攫われてからのことも。
「つまり陛下はわたくしがお嫌いだったのです。お嫌いなわたくしが王太子様の隣に並ぶことが嫌で嫌でたまらなくて、王太子様の即位の不安材料であるルイス様と共に排除しようとしたのでしょう。わたくしの命を狙った悪しき企みの首謀者とは陛下なのです!」
言い切るのと同時だった。
ヘレナ様が動いて私を無理やり抱きかかえた。
「エミリア殿下は混乱されておられます! 一度安全な神殿で身柄をお引き受けし、充分に休まれてからまた後日皆様の前でお話しして頂きましょう!」
「ヘレナ様⁉」
驚く私にヘレナ様が小声で言ってくる。
「まだ証拠がありません。この状況では逆に姫様に何かの罪が着せられてしまう可能性もございます」
「ですが、」
「それだけじゃない。殿下、周りを見ろ」
クロード様に言われて私はヘレナ様の腕の隙間から観客席を見た。
王都の皆さんの顔が、怖い。
皆、初めにルイス様を責めていた時と同じ表情に戻っている。
今にも溢れ出しそうなその殺気はすべて陛下に向けられていた。
そうだ。
我が国の国民は誰かの熱烈なファンのような気質をしている。普段は温厚だけれども、自分の推しの為に何かのスイッチが入ると常軌を逸した行動に出てしまうことがあるのだ。やたら貢ぐとか。ひどく攻撃的になるとか。
「私たちが思ってる以上に姫様も騎士団長一家も慕われているのでしょう。国王人気がないとも言えますが」
どこかから、エミリア殿下おかわいそうに、と声が上がった。
それをきっかけにしてあちこちから人々が叫ぶ。
ルイス様信じてましたなんて悲痛な声がしたりもする。ルイス様ファンが最期を見届けに来てたのか。
中でも恐ろしいのは陛下を罵る人たちだった。
さっきまで、私の死で陛下に同情する声一色だったのに。
ルイス様に振り上げた手が行く先を失ってそのまま陛下に向けられている。
「ここにいる連中はもともと処刑を見に来てるんだ、興奮一歩手前だぞ。これだけの数、俺とこいつでも怪我人なしに抑えきれるかどうかわからん」
燃え上がる寸前の状況なのか。
私は焦ってまた声を上げる。
「これは! わたくしからの告発です! わたくしの訴えが正しいかどうかはきちんと調査と裁判をした上で判断されるでしょう! 今はまだ! 何の証拠もありませんから! 皆さまは! 後の結果をお待ちになって!」
「裁判なんて要らない!」
誰かの怒鳴り声がした。また別の場所からも。
「あたし達はエミリア殿下とルイス様の方を信じますよ!」
まずい。
彼彼女らは自分がすっきりしたいという感情に従って、自分の信じたいものを信じようとする。証拠なんて必要ないのだ。
今にも暴発しそうな人々を見て、震え始めた私の肩にカイルが手を置いてくれる。そのカイルの服をつかむ。
「カイル、なんとかして。ここにいる皆さんを鎮めて」
「? だって陛下が黒幕なのは本当だろう? 裁判しなくても皆がエミリアを信じてくれるって言うならそれでいいじゃないか」
「信じる信じないじゃない、今ここで制裁を加えようとしてるからやばいのよ! もしこの場で陛下に何かあったら、わたくしは確証もなしに国民を煽った王位の簒奪者になってしまいます!」
通じてるのか? カイルはうーんと悩む。
「つまりエミリアは、証拠もないのに国王が糾弾されてることを怖がってる?」
「そうです、このままじゃ私刑に……いえ暴動に発展しかねません!」
「じゃあ、あれが悪い奴だって証拠があればいいんだね」
そう言って。
声を拡声させたままカイルは陛下を振り返った。
「トラビス王! 僕は知っている! お前は! 家族を平気で手にかける男だ!」
突然の発言に会場が静まり返った。
少しの間の後、直接名前を呼ばれた陛下が口を開く。
「……何だ、おぬしは」
「僕はサーデーニールソンの弟子だ! 僕はお前を師匠のうちで見かけたことがある! その名も目の色も確かにお前だ! お前は僕の師匠に頼んだだろう! 自分の兄を殺してくれれば師匠が望む王冠の竜石をくれてやると!」
そして。
「これが証拠の竜石だ‼」
自分の胸に手を突っ込んだカイルはそこから金色に輝く巨大な竜石を手に持って掲げた。
次の瞬間、ぐらりと体が揺らぐ。
「馬鹿なの⁉」
私は慌てて竜石を押し込み、なんとかそれは体に吸収された。
ぽかんとしていたヘレナ様も慌てて続ける。
「この者の言葉が本当かはわかりません。ですが今王冠にある竜石は偽物です。大地の神ロロの神子である私が証言します」
「なるほど」
うなづいたクロード様が腕を一振りする。するとそれまでぴかぴかと輝きを放っていた王冠の石から光が消えた。王冠の中央にあるそれはただの宝石かガラス玉に見える。
竜籍の証明である輝きを失ったそれを見て、会場中から驚きの声が上がる。
私はカイルに肩を貸したまま立ち尽くしている。
……一体何の話なんだろう。
カイルの師匠に竜石をあげたのが陛下?
自分の兄って……私の父? 先代王?
それってつまり?
私はゆっくりと陛下に顔を向けた。
「貴方が……わたくしの両親を殺したの?」
一瞬、ぴくりと陛下の頬がひきつった。
そこから動かない。誰も。
場内に広がる痛いくらいの静寂。
長い長い間の後……陛下はどさりと椅子の背もたれに寄り掛かる。
そして何もかもから興味を失った顔で言った。
「なんだ。ばれたのか。……つまらんな」
私の目の前が真っ暗になった。