突撃
決行日、朝。
ヘレナ様たちがエミリア人形を抱いて馬車に乗り込み、王家の影が釣れたらしいことを確認してから私とカイルは転移魔法で屋敷を出た。
さすがに城の中には魔法では入れないので、そこからは王家の影が使うルートで侵入だ。
「これを使っていますのね……」
「慣れれば便利だよ?」
私たちが到着したのは貴族街の中にある小さな食堂の地下のワイン蔵だった。
それほどたくさんではない酒瓶が並んだ倉庫の中に、壁の装飾に偽装された扉がある。
それはいざという時の王家の脱出ルートだった。
建国以来使われたことはないと聞いているけれど。
城の地下には秘密の通路があって、代々王家だけがこれを覚えさせられていたのだけど、影の人ももちろん知ってるのね。そりゃそうか。
「ちょっと距離があるからね。エミリアは僕が抱っこするけどいい?」
「……仕方ありませんわ」
カイルに確認されて渋々承諾する。
今日の私は本人証明の為にばりばりのお姫様使用に着飾っている。これは動き辛いし汚すのもよくないだろう。
カイルは嬉々として、でもものすごくそーっと、壊れ物を扱うような動作で私をその名の通りお姫様抱っこした。
「じゃあ行くよ」
「お願いします」
念の為、カイルの首にぎゅっと手を回す。
結論から言って私の判断は大正解だった。
魔法は使っていないというのにありえないくらいの高速でカイルは薄暗い通路の中を進んでいく。
ところどころにある魔石ランプは影の人が交換してくれているのだろう。
どれくらいか進んだところでカイルがようやく足を止めた。
「ここらかなあ。僕はこっちってあんまり来たことないからな」
少々頼りないことを言いながら地上へ出るコースを取る。
階段を昇りきったところで私は下ろされて、カイルが目の前の扉を開けた。
紙の匂いが漂ってくる。
「当たりだ。えーと、司法省の資料室だねここは」
振り返れば本棚の一部が扉となっていた。それを静かに閉めて廊下に出る。
城壁に囲まれたうちの城の内部は、いくつかの建物や塔で成り立っている。
庭を越えて前面にどーんとあるのがいわゆるお城の中心で、貴族たちが入れる公共の区域と、そこから回廊で繋がる王族の居住区域に分かれてる。
騎士団は少し離れた場所に平屋の大きな建物があって、魔法省はひと際高い不思議な形の塔だ。
そして裁判の間がある司法省は敷地内の一番奥まった所にあるクラシカルな建物だった。
私たちは人目を掻い潜りながら目的の部屋に向かう。
ようやくそこに辿り着いた時、私は奇妙なことに気付いた。
「衛兵がいませんわ」
裁判の間。
その扉の前は無人だった。裁判中に警備がないなんてことはありえない。
押し寄せた嫌な予感のまま、私は裁判の間の扉を勢いよく開け……ようとして鍵がかかっていたのでカイルに開錠してもらってから開けた。
ばーん、と開いて、静けさが返ってくる。
裁判の間は全面的に灰青色の石造りで出来ている。
正面に王家と神官と裁判官が座る椅子、両側に貴族たちの席がある。被告は中央の床に書かれた真実を表す古代文字の上に立たされて申し開きする形式だ。
その薄暗く冷たい部屋の中には今は誰もいなかった。
「どういうこと……?」
「変だね? 時間も場所も合ってる筈だけど……」
私とカイルが顔を見合わせていると。
「ルイス・スター一家の裁判は終わった」
どこからか声がした。
見回しても人はいない。
カイルがさっと私の肩を抱いて囁いてくる。
「元上司だ。……なんであんたがここにいるの」
「⁉」
少し沈黙。また声。
「今日はエミリア・スターの見送り日に当たる。この日はどうしても丸一日神殿に籠り殿下の為に祈りたいと大神官から強い訴えがあった。よって、急遽裁判は最低限の顔ぶれだけ揃えて昨日に前倒しになった」
大神官様!
「判決は死罪。スター一家は闘技場で公開処刑となった。今朝から王都中に周知して、民が集まり次第執行されると聞いている」
「公開処刑⁉」
そんな残酷な制度は我が国には、ない!
何を考えているのあの変態オヤジは!
「カイル、行くよ!」
「うん!」
方向転換したところで、後ろから声が追いかけてくる。
「我々は貴女に大きな借りがある。……先代国王夫妻をお守りすることができなかった」
私はハッとなって足を止めた。
そうか。この人たちは私の両親の護衛をしていたんだ。
そして任務を遂行できなかった。そのことを今でも悔やんでいるのかもしれない。
「……だからカイルにわたくしを預けたんですの?」
返事はない。
「急ごうエミリア」
カイルに促され、仕方なく私も走り出す。
それにしても預ける先がこの人だったっていうのは他に選択肢はなかったのかなー。
なかったんでしょうねー。
王城内は転移が出来ないので、来た道を戻って、それからすぐ私たちは闘技場へ飛んだ。
「⁉」
視界が戻った時にはものすごい場所にいた。
前世でだって居合わせたことのない状況に私は愕然とする。
私たちが立つのはふだん武術の試合に使われる闘技場の舞台のど真ん中だった。
舞台と言ってもただの土の地面。それを上から見下ろせるような形でぐるりと観客席が作られている。
目の前には巨大な斧を持った処刑人と兵士が二人いた。
そして両手を縛られたルイス様。
少し離れた場所には同じく拘束されたロザリンデ様はじめ公爵家別邸の人々が見える。あ、私の護衛騎士の人もいる。王都の騒ぎを聞いてヘレナ様たちとは別行動になったと聞いていたけど、公爵家に戻って捕まってしまったのか。
貴賓席には王家と貴族が並んでいた。
! 信じられない。王族の末席に叔母様たちがいる。顔色は真っ青で今にも倒れてしまいそうなスザナ叔母様の体を、公爵様が隣で支えている。
その他の全面には王都の人たちがぎゅうぎゅうに詰まっていた。
集まった王都の人たちは皆恐ろしい顔をしていた。
口々にルイス様たちを罵倒し、中には物を投げつけようとしてる人もいる。届いてないけど。
その人たちが、突如この場に現れた私たちに次々に気付いて静かになっていく。
あまりの注目のされ方にびびりかけた私の背に、カイルの手が添えられる。
ハッとして、遠くなりかけていた意識を取り戻す。
大丈夫だ。気をしっかり持て。ルイス様たちを助けるんだ。
私はうなづいて、音量を上げる魔法をつけてもらってから大きく息を吸った。
「王都の皆さま! わたくしは! 先代王ウィリスのひとり娘であり、公爵家子息ルイス・スター様に嫁いだエミリア・スターです!」
重たいドレスやちゃらちゃら動く宝飾類がこんなに頼りになると思ったことはない。これで少なくともみすぼらしさで疑われることは無い。わざわざスター家に潜り込んで取ってきてもらったんだからね!
「わたくしは! 悪しき企みで命を狙われ、心ある者に助けられこれまで身を隠しておりました! よってここにいるルイス様に問われている罪は冤罪です!」
「エミリア……生きていたのか……!」
うなだれていたルイス様の目が大きく見開かれた。ぼーっとしてたその目に光が戻っていく。
よかった。弱々しいのはルイス様に似合わない。
私はロザリンデ様にも目を向けた。
涙を流すロザリンデ様がうんうんとうなづいてくれている。
だけど、だ。こちらを見る王都の皆さんの顔はぽかんとしている。
まあ、わかる。
私はほとんど公の場に出てないし。王家の肖像画は出回ってるだろうけど写真ほど正確じゃない。しかも私の肖像画は陛下の意地悪によって微妙に不細工にされてるし。美化ならわかるけど不細工ってひどいよね!
私は貴賓席に神殿関係者を探した。大神官様はいなくてもだれか顔見知りが……
いない! そうだね! 見なくていいなら見ないよね、こんなもの。
ざわざわと囁きあう人たちの後ろから声がした。
「偽物だ! エミリア王女は死んだ! そいつは公爵家の仕込んだ騙りだ!」
「あいつは影だね。見覚えあるよ」
横でカイルがぼそっと呟く。
元上司! 助けたいならこういうのは退けておいて!
どうしたらいいの。
王都の人たちは偽物説に傾いているように見える。
陛下はまだ何も言わない。王妃様も貴族たちも陛下の様子を見ている。
どうしよう。私が私だって証明する方法を何か!
すると。
カイルが突然、指から光の筋を出して貴賓席の一か所を照らし出した。
そこには歴代王家の肖像画が飾られてある。
カイルが示したのは先代の、私の両親の絵。
この場にいる人たちの目がそちらに集まっていく。
「あの娘の髪と目の色……ウィリス王と同じだな」
「お顔立ちが先代王妃殿下にそっくり……」
天国のお父様お母様ありがとう!
王都の皆さんの私を見る目が、エミリアを見る目になっていく。
中には感極まって泣き出してしまっている人もいる。
エミリア殿下、という呼びかけが会場中に広がっていく。
その時空間が歪んでヘレナ様とクロード様が共にこの場に現れた。
「申し訳ありませんエミリア様、まさかこのような事態になっているとは……」
「大神官様は祈祷室に籠って連絡のとりようがない」
「神殿まで行って下さったのですね、ありがとう。ではわたくしが本物だという証明は明日大神官様にしていただくということで、ルイス様の罪も再審議に……」
私は同意を求めて会場を見渡した。
その時。