確認しよう
あまり大っぴらに話すような内容でもないので、私たちは一旦屋敷の中に戻って食堂に落ち着いた。人数分の椅子があるし、比較的きれいにしてある部屋なのだ。
一応誰にも拘束されていないカイルもそのままついて来る。
と、その前に。
私はヘレナ様に懇願されて一度別室に向かい、神殿直属で今回同行してくれたという初老男性のお医者さまに軽い診察を受けた。
長らく癒しの神子は欠員となっているのでふつうのお医者さま。と言っても医療系の魔術の使用者なのだけど。
その人から色々とチェックを受けて、むしろ前より筋肉がついたことを伝えると笑われてしまった。
オーケーが出てから私たちは皆のいる場所に戻る。
食堂ではカイルによってお茶が配られていた。気が利くじゃないか!
ただ、残念。余分な食器は売り払ってしまったので、カップとグラスとスープ皿とか深めのお皿に入った紅い液体が皆の前で湯気を立てている。
誰も手を付けてなくてカイルは少しがっかりしてるようだ。
「皆さまお待たせしました。わたくし、どこも問題ございませんわ」
体だけならこうなる前より至って健康!
をアピールするために両手を広げて見せる。
以前よりたくましくなった私の腕に気が付いたのか、ヘレナ様は胸をなでおろしている。そんなヘレナ様を横目で見ながらクロード様は苦笑いを浮かべていた。
「これが自分で確認しに行くって言い出した時には悲惨な予想しかできなかったが……殿下がぴんぴんされてて何よりだ」
「正直、絶対絶望的だと思っていました……荒れるヘレナ様をどうやってなだめようかと……」
兵士さんの一人が呟いているのだけど、荒れるヘレナ様って何だ。ヘレナ様が荒れる所なんて想像もつかないんだけど。
ヘレナ様は澄ましてスープ皿に口をつけている。あ、飲んでくれた。
とにかくそこから私は改めて本題に戻ることにした。
「では皆さま。わたくしの現在の状況をお話し致します」
最初の時にカイルから聞かされた事情を説明する。
陛下が私の命を奪おうとしたこと。
反対したカイルが私を救って匿ってくれていること。
私が無事でいられる条件は一生表に出ないこと。など。
「門外不出の話を知っている点などから、わたくしはこの者の言葉を真実だろうと受け取りましたわ」
一通り聞いてもヘレナ様たちはにわかには信じがたい様子である。
そりゃあ仕方がないけどね。
「一応確認致しますが……世間で言われている、陛下が姫様を溺愛しているという噂は事実ではないのですね?」
「ええ。むしろずっと嫌がらせを受けていました」
「まあ……! 全く気付いておりませんでした、姫様、申し訳ございません、一言言ってくだされば何かお力になれたかもしれませんのに……」
「いえいえそれは親族間の問題ですからよいのです」
そこは辞退しておこう。
悔し気なヘレナ様はすぐに表情を変える。
「ですが……いくらなんでもまさか陛下が姫様のお命をどうこうというお話までは……」
「いやあれでしょう? 子供に夜はお化けが出るから外に出ちゃだめだとか言い聞かせるのと一緒でしょう?」
兵士さんが軽く言ってくれる。他の人もそっちを支持する感じの様子だ。
嘘じゃないよ、と膨れているのはカイルだ。
クロード様はそんなカイルを遠慮なくじろじろと眺める。
「そもそもお前の上司に王命に背いてまで殿下を見逃す理由があるのか?」
「上司の許しがなかったら僕は勝手にエミリアを連れて逃げてた。王家の影を殲滅してね。それを簡単にやるって上司も知ってたからじゃないかな?」
能力的にも心情的にも、ということだろう。
何の躊躇もない感じに私はちょっと引く。カイルは優しい人だと思ってるけど、その感情は飽くまで私限定に向けられてるだけなのかなあ。
こんな人間を部下に持ってその上司さんとやらもさぞかし苦労してたんだろう。
そしてこれだけではまだ判断がつかないのだろうヘレナ様たちはただただ困惑し続ける。
確かにね。私が知っているのはカイルの口から出た言葉だけだ。
兵士さんの言葉もわかるけど気持ちは完全にカイルを信じている。
何か一つでもカイルから以外の情報があればいいのだけど……
あ。
「ねえカイル。王家の影はこの屋敷をずっと見張っているの?」
「うん。その筈だよ。認識疎外の魔法をかけてたからその辺どうしてるのか知らないけど……今はそれが壊されたし、もしかしたら異変を知って集まってきてるかも」
「そう」
よし! と心で勢いをつけて私は立ち上がった。
「これからちょっと表に出てみましょう」
「え⁉」
「クロード様、全員分の防御の魔法をお願い致しますわ」
「姫様⁉」
そして私は皆が止める間もなく屋敷の外へ出た。
正面玄関の車止めにはヘレナ様たちが乗ってきた馬車がそのままになっていた。
その先の、大きな鉄柵の門は開け放たれている。私はそちらに移動する。
……ここをくぐるのは初めてだな。
ついてきた皆さんにはここで一度止まってもらい。
すうっと息を吸ってから、私は一歩、敷地の外に出た。
途端。
キン! という音がして、どこからか何かが飛んで来て見えない何かに弾かれた。
私はすぐに屋敷内に駆け戻る。
「いましたわね!」
「いましたわ! すぐそこに!」
「物理の弓矢だったなあ。わりと堂々と戦闘態勢でいるのか?」
「王家の影って本当にいるのか……」
私たちはそれぞれに感想を述べながら食堂に戻ってくる。
そして私はなんだか晴れ晴れとした気持ちでテーブルに両手を置いた。
「情報通り、わたくしは攻撃されました。これでカイルの話が真実であると証明されましたわ」
「まさか姫様を苛めていたばかりかお命まで狙うとは……陛下には〇✕神の神罰が下るに違いません!」
「こらこら」
聞き取れなかった神様の名前は私も知らない禁忌の存在っぽい。クロード様にたしなめられて、ヘレナ様は慌てて取り消しのポーズをしている。
「そのような次第ですので、わたくしが狙われているとわかった以上、このまま公爵家に帰るというわけにはいきませんわね。まずはこの問題を解決しなければ……」
「! そうです姫様!」
そこで突如ヘレナ様が立ち上がった。
「姫様も大変ですがあちらも大ごとなのです! 公爵家の皆さまが全員捕縛されてしまいました!」