理由は明確で
いや、それ以前に――どうして、知らなかったのだろう。法律上は可能であっても、学生の身分で誰にも頼らず一人で契約を成立させるなんて実質ほぼ不可能であることくらい、本来なら言われるまでもなく事前に容易く知り得たはずなのに――
……まあ、どうしても何も、今となれば理由は明確かな。一人暮らしを計画するにあたり、自分なりに色々と調べていた際、きっと上記のような情報も何処かで目にしていたことだろう。だけど、恐らくは――目に入っていても、脳が認識していなかった。人間は、自分の見たいものだけを認識するようにできている。だから、学生では実質一人で契約できないなんて都合の悪い情報は、きっと無意識の内に脳がシャットアウトしていたのだろう。
……さて、ここからどうしようかな。空には、既に夜の帳が下りている。もしも、今家に帰ったなら……それこそ、あの人の思惑通りだろう。一応は形ばかりの心配を示しながら、心中ではしてやったりとほくそ笑む母の姿がありありと目に浮かぶ。そして、今後はよりいっそう支配的に――うん、それは絶対に駄目だ。それに、そうでなくてもあの家に戻るつもりなんて微塵もない。
……まあ、今日のところはこれ以上どうしようもないか。明日のことは明日また考えるとして、ともかく今日のところは――
「――あの、すみません。少し、宜しいですか?」