止まない雨
今日は月曜、“月曜真っ黒シリーズ”です。
“派遣様”が退社されてきっかり30分後に、私は留守電に切り替えて退勤打刻をし、パソコンを閉じる。
ここからはサービス残業の時間。
私は首にタオルを掛けてジャンバーを羽織り、あらかじめ出力しておいた送り状や納品書の束を両手に抱えて倉庫棟へ向かう。
明日出荷しなければならない商品のカートンを引っ張り出しては台車に載せて運び、送り状と納品書を貼り付けて順々にパレットへ積んで行く。
時間外なので、ファンも何も止められてしまった倉庫の中は梅雨時とあって蒸し暑く、あっという間に汗が吹き出し、流れた汗が目にも滲みて来るのでタオルでゴシゴシやると、安物のファンデでベージュに染まっているタオルに更に上塗りを掛けてしまった。 この“社名入りのお年賀タオル”は3本持っているが、どれも呆れるくらいメイク汚れが落ちないので、もう家の雑巾と一緒に洗濯している。
と、ジーンズのバックポケットに差しているスマホが鳴った。
見ると野村君からだ。
『トラえもんのチョコビス、3ケース要るんだ!在庫ある?』
言っても詮無き事だけど、私のスマホに登録が入っている男は全員ウチの社員で、所構わず自分の用事を申し付けて来る。
「もうパソコン閉じてるから在庫見れないよ」
『エエー!もう閉めてんのかよ!』
「仕方ないでしょ!終業時間を守らないと総務からクレームが来るんだもん!『労基署がうるさい』って!!」
『こっちの仕事は終業時間ないんだけど!!』
「ちょっと待ってて、心当たり見てみるから!!」
スマホを手に持ったまま、心当たりのラックを何か所か覗き込んで行くと……ポツン!と1ケースだけ置かれているのを見つけた。
「1ケースだけ置いてあるけど……これ、どっかの返品だよ!角落ちしてカートン潰れてるし……」
『助かった!! 今から取りに戻るから!!』って電話は切れた。
まったくセールスの人達って!お客じゃ無くてお店の顔しか見てない!!
商品のパッケージを開けてビスケットがボロボロだった時のガッカリ感と言ったら!!例え様が無いのに……
でも、ウチは吹けば飛ぶような弱小メーカーだから“棚”を死守しなければならないんだろうなあ……
こんな事を考えているうちに屋根を叩く雨の音が激しさを増して来た。
こんな日はスーパーは早く売り切りたいから値引きのシールを早めに貼るんだよなあ……
向うのスーパーはもう間に合いそうにないから、電車乗る前に駅前のスーパーへ寄ろう。
荷物に送り状を貼り終えてひと息ついたところで野村君から電話があり、私は倉庫のシャッターを開けた。
営業車から降りて来た野村君が台車からチョコビスのカートンを持ち上げたので、私は後ろのハッチを開けてあげた。
「ありがとう!オレ、こいつ納品に行くんだけど、雨酷いし駅まで送ろうか?」
外は傘が役に立たない様な土砂降りの様だし送って貰う事にしたのだが……
「後ろに投げておいて!」と言われた助手席にはチラシや伝票の合間から見開いたままの“いかがわしい雑誌”の『西川口のおすすめフーゾク』と言う記事がチラ見えしてウンザリする。それは私が女としてまるっきり認識されていない証だ!
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駅の前までクルマで送って貰った手前、スーパーには寄れないまま電車に乗り込み、走る車窓に雨が叩き付けられているのを見ている。
会社は都心から随分離れているけどまだ都内で……家賃が高くて会社の近くにはとても住めない。
そんな私は更に郊外の他県のアパート住まいで……電車通勤をしている。
どんよりした外を見ていると気持ち迄、ドンドン沈んで行く。
今日また、“派遣様”からため息をつかれた……
入社してからずっと、お局様と二人で業務をこなして来た。
そのお局様が退職して独りでは業務を回し切れないから“派遣様”が来た。
“派遣様”は私が業務に対して説明を始めていくらも経たないうちに上司の方へ向き直り
「失礼ですが、こんな旧態依然としたやり方では極めて非効率です。これでは派遣社員を使うだけ無駄です」と言い放った。
“派遣様”は、結婚前は相当仕事をなさった方の様で、すぐに社長の許可を取り付けて派遣会社へ連絡を取り、システム構築の為の専門スタッフを呼び寄せ、僅か10日ほどで業務システムを創り上げた。
その間、私は殆ど蚊帳の外で電話取りに終始。
そしていざ、新システムの説明を受ける段になったら私の“無知”が露呈した。
つまり私は入社して以来仕事らしい仕事をまったくやっていなかったのだ!
業務は“私無し”でも以前より何倍も短時間で済む様になり、その分、私への風当たりは強くなった。
もはや、私に残されているのは……AIや“派遣様”は「できない、やらない」額に汗するサービス残業する事しかなくなった。
こんな筈では無かった! 就職した時はこんな“今”を予想だにしていなかった!
『女は賢く育てるな!』
これが私の郷里での一般常識!
そんな中、しぶしぶ私を短大まで出してくれた親だがら(その奨学金の返済が今の私に重くのしかかっているが)私が東京に出るのは勿論大反対だった。
でも私は……郷里のこんな風潮の犠牲にはなりたくなかった。
だから、「小さな会社だけど東京で働けるから」と、今の会社へ就職した。
東京でカレシを作って結婚して……願わくは、子供が例え女の子あっても中学受験させて……今の私より良い条件で生きていける様にしてあげたい。そんな希望を抱いていた。
でも現実は、この物価の高い東京で独り暮らしするのには余りにも給料が安い。
だからこそ、スーパーで半額のお弁当やお惣菜を買えるかどうかが私の死活問題だった。
幸い今日は駅を出てスーパーへ直行したら、お惣菜コーナーに“タルタルソースパック付きエビフライ”が一つだけ残っていて、同じく青果コーナーで売れ残っていた半額のベビーリーフのパックと合わせて籠に入れた。 これで明日のお弁当の“体裁”が保てる。
今日の晩御飯は業務スーパーでまとめ買いした安いレトルトカレーを冷ご飯と合わせてチン!しよう。
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3点ユニットバスでシャワーを浴びてようやく人間に戻れた気がする。
と同時に、この湿気の多い季節、「今度の日曜(土曜日は展示会応援でサービス出勤)には絶対掃除をしなければならない!!」と思い詰めるほどにユニットバスの黒カビが目に付いた。
レトルトカレーをレンチンしスプーンで口に運びながら、スマホをタップする。
そう言えば『花レモ』の発売日は今度の金曜日だった。でもエクセルも満足に扱えない私は、その参考書を買うのが先決だ!『花レモ』は、ふた月は諦めるしかない……
ため息ついて漫画アプリを立ち上げ、今日読める分の『待てば無料』のお話達を一つずつ読んで行く。
今は一日3回分くじが引けてポイントや時短アイテムが当たるから……続きや最後が気になる作品は貯めたものを使ってひと月に1、2作は読む事ができる。
それ以外は……自分で続きを夢想する。
次の日にそれが当たっていても外れていても楽しい。
これが私の至福の時間!!
この時間が1秒でも長く続く様に祈りながら用心深く時を過ごす。
でもちょっとした事……それは窓の外を走るクルマが鳴らしたクラクションだったりするが……がきっかけで私は現実へ引き戻される。
この間のお正月も故郷には帰らなかった。
薄っぺらなボーナスでは……兄弟や従姉妹たちにあげるお年玉どころか旅費の工面すら難しい。よしんば帰ったとしても、父母からは『都会で遊び回っているお前のせいで世間様に顔向けできない』と愚痴られるのがオチだ。
いったいどこの誰が遊び回っていると言うのだろう??
故郷にいる時に私が見聞きした『東京』は実際に存在するおとぎ話の世界で……現実にあるからこそ「私には絶対手に届かない!!」と言うのがあからさまになり『絶望』の二文字しかない。
だってそうでしょう?
私より遥かにスキルのある“派遣様”のご家庭だって……旦那様はウチの会社など比べ物にならないほどの大企業にお勤めなのに!!息子さんの中学受験に汲々としているのだから……
そう! ここでは“お相手選び”だって生半可では無い!!
一時の惚れた晴れたで流される事など無く、オトコもオンナも少しでも“より良い物件”を求めて東奔西走している。
そんな鵜の目鷹の目で探し回っている人達に取って私など端から相手にされない……
この歳になっても“誰の手も付いていない”この身は何の役にも立たないし、もし私に寄って来るオトコが居るとすれば……それは下卑た目的に他ならないだろう。
だからと言って“都落ち”して故郷に帰ったとしても周りの同級生はみんな結婚し、子供も居て……やっぱり馬鹿にされるだけだ。
だから一日先の事すら考えたくない!!
ひたすら思考を止めて、友情や恋や愛や……エチな事も……マンガと想像の世界で感じるだけでいい。
そんな私は
先月
26歳の誕生日を迎えた。
おしまい
もし……このお話のヒロインに同情を寄せて……『貰ってあげよう』とお考えの殿方が居たとしたら……
それはおやめなさい!
この子の性格はそう簡単には変わらない。
毎日、帰宅した後、そのどんよりとしたオーラに包まれる覚悟が
あなたにはございますか??
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