表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

田口くんが爆発した。

作者: ようひ
掲載日:2022/09/03

 田口くんが爆発した。

 わたしの前の席で突然、弾け飛んだのだ。


「せ、せんせい……! た、たっ、たた田口さんがッ!!」


 誰かの声で、はっと眠気が吹き飛んだ。

 気付けばわたしの机は、赤い血でぐちゃぐちゃになっていた。

 教科書とノート、お気に入りの筆箱その中身も、全部。


 クラスは騒然としていた。

 ひぃぃ、と生徒が飛び出していく。

 教室には、田口くんだった物が散らばっている。

 異様な光景の中、悲鳴がけたたましく響いていた。


「きゅ、救急車……!? お、おい! 田口ィ!」


 わたしは顔に付いた血を拭った。

 手のひらはべっとりと赤くなっていた。

 それを眺めながら、ぼんやりと思う。


 わたしにかかったこれは、この飛び散った物たちは。


「田口くん……なんだね」


 田口くん。

 あまり喋ったことはない。

 クラスの陽キャにいつもいじめられていたのは知っている。


 でも、それだけだ。

 わたしは彼について、何も知らない。


 そんな田口くんが今日、爆発した。






「あんた、大丈夫だった!?」

「へぇーきでーす」

「目の前で人が爆発するなんて……なんでまた」

「そんなの知らないよ」

「とにかく、汚れ落としなさい。あぁそんなの、クリーニングに出せるかしら……」

「じゃ、部屋いくね」

「ちょっと! 制服脱ぎ——」


 心配する母をよそに、そそくさと自室に駆ける。

 扉を閉めて、ようやく落ち着いて息を吸った。

 わたしは興奮のまま、血まみれの制服を脱ぐのも忘れ、スクールバックを学習机の上に置く。

 一呼吸置いてから、ゆっくりとチャックを開ける。


 バッグ中には、わたしの机の上に落ちた、あの赤黒い物体。


「持って帰っちゃった……田口くんの内臓……」


 爆発の後、わたしはどさくさに紛れて内臓をバッグに流し入れた。

 あの騒動の中だ。誰もわたしを見る人などいない。

 血の匂いはかなりするけど、この制服だって同じだ。


 中からそっと内臓を取り出す。

 田口くんのそれは、ぐにゃりとしていた。

 理科で人間の臓器は習ったけど、ぐちゃぐちゃすぎてどの臓器かわからない。

 少なくとも、脳や心臓ではなかった。


「どこだろ……この色、このツヤ……腎臓?」


 もっと真面目に生物の授業を受けていればよかった。

 わたしは内臓を机に置く。べちゃっと生々しい音がした。

 そして、じっくりと眺める。


 これが田口くんの中に入っていたと思うと、不思議だ。

 これがわたしの中にも入っていると思うと、奇妙だ。


「もしもし、田口くん……わたしです。聞こえますか?」


 内臓に話しかけてみる。

 言葉は返ってこなかった。

 触ってみても、ピクリともしない。

 死んでしまった田口くんの内臓は、何も喋らない。






 わたしには『超能力』がある。

 それがこれ。


「そのお肉、悪くなってるから食べないほうが良いよ」

「あら、ありがと。いつも思うけど、なんで分かるのよ?」

「ん、なんとなく。そう言ってる気がした」

「変な子」


 わたしは肉と話すことができる。

 死んだ肉が放つ言葉を拾うことができるのだ。

 まぁ、彼らの言葉はたいていこんな感じ。


【おい!オレを食うならあっちからのほうが焼きたてだぜ!】

【あたしを食ったら腹痛くなるわよ?】

【へん!人間ごときに食われてたまるかってんだ】

【いやだよぉ〜食べられたくないよぉ〜】


 肉は実に自由だ。

 焼き肉の食べ放題なんかに行けば、100個近くの肉と会話する。

 寿司屋なんかも大変だ。海は広いので、言葉が通じなかったりする。

 肉はグローバルなんだと『超能力』で知った。


 実際、わたしはこの能力が嫌だったりする。

 肉と話が弾んでも、結局は食べて終わりの一期一会だ。


「しっかし、クラスメイトが死ぬなんて……悲しいなぁ」


 父親がビールを飲みながら言う。

 すでに酔っているのか、軽く泣いていた。


「その、田口くん? って子は、なにか病気でもあったの?」

「なんも知らない」

「俺だったら、ショックで2日は寝込むな」

「あたしは1週間ね」


 わたしはあまりショックを受けなかった。

 だって、田口くんと接点もなかったのだから。

 ニュースでどこかの誰かがが死んだって報道してても、何も思わない。

 食べようとする肉が「死にたくなかった」と泣き出しても、何も思わない。


 わたしにとって、死はただ、それだけ。


「そのお肉、とってもおいしいよ」


 でもどうして、死んだ田口くんの肉とは会話ができないのだろう?






 翌日登校すると、学校中が騒然としていた。


「誰か死んだらしいぜ」「なんか爆発したとか」「田口?誰だそれ」「いじめられてたらしいよ」「爆発するいじめ?」「やば」「ま、死んでも誰も悲しまねーよ」「それよりソシャゲのイベント手伝ってよ」「金ねぇ〜」「小テストだっる」


 生徒が死んでも、学校は「田口くんへの黙祷」だけしか行わなかった。

 それだけで、田口くんの爆発の話題は終わった。

 いつものホームルームが終わり、授業がどんどん終わっていく。


「おい、豚」


 昼に弁当を食べようとしたとき、声を掛けられた。

 顔を上げると、クラスの陽キャたちがわたしを囲っていた。

 田口くんをいじめていた奴らだ。


「これ、食ってみろよ」


 母親の作ってくれた弁当の上に、ゴキブリが落ちてきた。

 まだ生きているのか、足がぴくぴくと動いている。

 陽キャたちのニヤニヤとした笑い方はゴキブリよりも気持ち悪い。


「イヤだ」

「そう言うと思ったぜ、豚がよ」


 男子に髪を掴まれ、ずいっと顔が近づいてくる。

 ろくに歯も磨いていないのか、息は臭い。


「田口が死んじまったんでな。オレたち遊び相手が居ないんだよ」

「あたしたちのために、いじめられてくれない?」


 彼らははっきりと「いじめ」と言った。

 わたしは陽キャたちを睨む。

 だけどそれをしたところで、彼らは喜ぶだけだった。

 ぱん、と平手打ちが飛んでくる。


「バァーカ、勝てると思うなよ陰キャ」

「ゴキブリ、食べろって!」

「そぉれっ、食ーえ! 食ーえ!」


 陽キャが騒ぎ立てる中、助けは来なかった。

 周囲の誰もが、黙々と昼ごはんを食べている。

 関わったら次は自分の番だ——そう読み取るのは簡単だった。


「イヤって言ってるでしょ」


 わたしは陽キャを軽蔑している。

 いじめをするのが最低というより、自分の暇を自分で解決できない浅はかさ。

 自分で自分の機嫌も取れない、愚かさ。

 他人をいじめる奴らなんて、しょせんそんなもの。


「いいから食えっつってんだろゴミ!」


 手から奪われた弁当を、顔に押し付けられた。

 ぐちゃぐちゃとした中に、硬い感触がした。


 あーあ。

 うちの母親のご飯、けっこう美味しくて好きなのに。






 異変が起きたのは、田口くんの内臓が「肝臓」だとわかった時だった。


「でね、奴らがわたしにゴキブリを押し付けたの。もー気持ち悪かった」


 わたしはあいかわらず、田口くんの内臓に話しかけていた。

 この『超能力』をもってしても、内臓は一言も喋らなかった。

 だから、一方的に話をした。

 たいていは言う価値のない愚痴ばかりだったけど。


「田口くんがいなくなったのに、なんで学習しないんだろ。バカだよね」


 わたしがそうこぼしたときだった。

 ひゅ、と内臓から音がした。

 ものすごく小さな、本当にかすかな音だった。

 その音が『超能力』で拾ったことは、すぐにわかった。


 田口くんの内臓が、喋っている!


「田口くん……田口くん!?」

「………ね。………んね」

「ね? なに、聞こえない! もっと大きな声で話して!」


 内臓に説教をする。

 反省したのか、少しずつ声が大きくなっていった。

 そして、彼が発した途切れ途切れの言葉を拾って、わたしは口にした。


「ご、め、ん、ね……?」


 内臓が沈黙する。

 わたしに伝わったことを理解したのだろう。

 言っている意味がわかったところで、田口くんの意図はわからない。


「なんで謝るの。田口くんは悪いことしてないでしょ」

「だ、け、ど、い、じ、め、が」

「どうでもいいってそんなの。わたしはなんにも気にしてないから」


 どうやら田口くんはわたしに「申し訳ない」と思っているらしい。

 自分が死んだというのに、他人の心配をしている。

 なんて優しい人なのだろう。

 それと同時に、その優しさがいじめられた原因であるのが、悲しかった。


「田口くん……ふふ」


 わたしは田口くんの内臓に触れた。

 やっぱりぬるぬるしていて、ぐちゃぐちゃだ。


「やっと田口くんと話ができた」

「う、ん」

「なんで今まで話せなかったんだろう」

「か、ん、ぞ、う」

「肝臓?」


 臓器をまじまじと見る。

 赤黒くて、つやつやしていて、よく見ると三角形をしている。

 たしかに理科の授業で習った肝臓は、こんな形だった。


「なるほど。『沈黙の臓器』ね」

「い、ま、も、が、ん、ば」

「頑張って話してくれてるんだね。ありがとう」


 わたしは改めて、田口くんの肝臓に触れた。

 肝臓はもう働いてはいないけど、田口くんであることは確かだ。


「わたしたち、あんなに席が近かったのに、何も話さなかったね」

「ご、め、ん」

「謝んないでよ、もう」


 わたしは口元が釣り上がるのを感じた。

 内臓が肝臓だとわかったこと。

 初めて田口くんと話せたこと。

 それが、たまらなく嬉しかった。






「田口が死んだ理由、教えてやろうか?」


 体育の授業の後、わたしは校舎裏に連れて行かれた。

 陽キャたちが笑いながらわたしを蹴り飛ばした。

 顔や腕、足は狙わず、見えないところだけを蹴る。

 いかにもいじめらしい暴力だった。


「あいつ、なんで爆発したと思う?」

「……しらない」

「勝手に喋ってんじゃねーぞ、豚がよ!」


 男子に思い切り蹴られる。

 みぞおちとかに入ると、とても痛い。

 痛いけど——田口くんはこの何百倍も、痛かった。

 死ぬほど、痛かったのだ。


「俺たち、田口をおもちゃにするのも飽きてたんだよ」

「言うこと聞くだけじゃあ面白くねぇなって」

「したらさー、こいつがマジヤバいやつネットで買ったの!なんだっけ?」

「小型爆弾だよ。遠隔操作で起爆できるやつ」

「まじやべぇよな! 持ってきたときビビったもん」

「爆弾がネットで買えるとか、日本終わってるわ〜」


 自分たちだけで盛り上がる陽キャ。

 聞かされるわたしの身にもなってほしい。


「で、オレたちはこいつを田口に飲ませることにした」

「あんときの田口に笑っちまったよな。『いいよ!』って」

「めっちゃ笑顔で草生えたわ〜」

「ユーチューブだったら『この数分後、死にます』ってテロップ入ってたぜ」


 ゲラゲラと下品な笑い声。

 話ついでにわたしのことを蹴る。


「どうせならつまんねぇ授業のときに爆発させようってなってさ」

「スイッチ押す時、マジ震えたわ。ほんと貧乏くじ引いたって思った」

「それはお前が賭け麻雀に負けたからだろ、自業自得!」

「でも、お前は押した!」

「そう、俺は押した!」

「そしたら?」

「そしたらぁ!?」

「爆発したのは、田口くんでした!」


 ヒャーハッハッハッ……。

 声を揃えて笑い声が上がる。

 どうやら笑えるところなのだろう。

 つくづく、こういう奴らの頭は理解できない。


「つー感じで、田口は爆発したってワケ」

「誰にも言うなよ? もし誰かにチクったりしたら、殺すからな」

「捕まるぐらいなら、お前殺してからムショに入るわ」

「だったらこいつにも爆弾飲ませて脅そーぜ!」

「あの爆弾、クソ高かったんだからな? お前らも金払うならいいぞ」

「じゃー無理だな。俺アップルウォッチ買っちまったし」

「やべっ、次の授業始めるべ」

「ちゃんと出席するとか、優等生になっちゃう〜」


 満足したのか、去っていく陽キャたち。


 ひとりになって、わたしは口の中に溜まった血を吐き出した。

 べちゃりとした、赤い血。

 田口くんのそれとは比べ物にならないほど、鮮やかな色をしている。


「田口くん……こんなクソ野郎たちの相手、してたんだね」


 この自分の痛みなんかよりも。

 田口くんが生きていた頃のことを思うと、胸が死ぬほど痛かった。






 いじめはその後も続いていた。

 体育着が破られた。弁当を捨てられた。筆箱に精液を入れられた。トイレで水を掛けられた。髪を切られた。殴られた。蹴られた。


 でも、ぜんぶ、どうでもよかった。

 わたしには憩いの場がある。

 わたしと話してくれる、唯一の友達がいる。


「ねぇ、田口くん。してほしいことってある?」

「してほしいこと、かぁ……」


 田口くんの肝臓は、ようやくスラスラと喋られるようになっていた。

 わたしがそう特訓したからもあるかもしれない。発声練習とかさせた。

 肝臓を特訓したのは、きっと世界でわたしだけだろう。


「こうしてきみと、はなせるだけでも」

「でも、田口くんは動けないし……何もできないでしょ」

「そうだけど……そうだなぁ……」


 うーんと唸る肝臓。

 たしかに彼の立場で考えてみれば、当然かもしれない。

 わたしが肝臓だけになったら、いったい何を望むだろうか?

 また生きたい? それともちゃんと死にたい? このままでいたい?


「あのさ。ふたつもあるんだけど……」

「えー? どっちかにしてほしいな」

「じゃあ……うん、きめた」


 はっきりと田口くんは「願い」を言った。


「ふくしゅう」


 わたしは何回かまばたきをした。


「復習?」

「ちょっとちがうね。えいごでいったら『リベンジ』だ」


 リベンジというのは、つまりは『復讐』。

 田口くんが望んでいるのは、復讐。


「ぼくのかわりに、ふくしゅうしてほしい」

「ちょ、ちょっとまって! 復讐って、誰に」

「決まってるよ。クラスメイト全員に」


 なるほどたしかに、理にかなっている。

 ずっといじめてきた奴らに、自分を殺した奴らに、自分を無視した奴らに、死んでも復讐したいというのは。

 でも復讐って、なにをするの?


「わたしが、みんなに復讐すればいいの?」

「そう。たいへんなおねがいだとはわかってる」

「……どうしてもしてほしい?」

「しぬほどしてほしい」


 死んでるじゃん、というツッコミは黙っておく。

 あの優しい田口くんがそう言ってしまうのだから、いじめとは悪だ。


 とにかく、わたしの答えとしては。


「いいよ。田口くんのために、復讐する」


 ありがとう、と肝臓が笑ったような気がした。





 わたしは復讐の準備を進めていった。

 自分で稼いだお金を使いながら、田口くんから知識をもらいながら。

 ふたりで「あーだこーだ」準備する時間は楽しかった。

 学園祭の楽しさってこういうことなんだ、とわかった。


 いじめは続いていた。

 どんどんエスカレートしていって、ついには病院にも行った。

 でも「転びました」と嘘を付いた。


 何をされても、何があっても、わたしには田口くんの復讐がある。

 田口くんの復讐は、わたしの復讐で。

 ズキズキと痛むこの傷たちは、わたしの喜びだ。






 田口くんが死んだ夏が終わった。

 すぐに秋がやってきて、すぐ冬になった。


 そして今日、その時は来た。


「いよいよだね、田口くん」


 教室の前で、わたしはスクールバッグを握りしめた。

 この中には、田口くんが入っている。


「こころのじゅんびはだいじょうぶかい?」

「もちろん。この日のために、お金も時間も使ったんだから」


 心臓がドクドクと脈を打つ。

 今にも爆発しそうな勢いだ。


「じゃあ……よろしくね」


 田口くんのかすかな声に押され、わたしは扉を開けた。

 クラスメイト全員が一斉にこちらを見た。

 担任がチョークを持ちながら、睨むようにしてわたしを見た。


「おい、遅刻だぞ。なにしてたんだ」


 そんな言葉をきっかけに、奴らが騒ぎ出す。


「おいおい、不良かよあいつ!」

「遅れたくせに謝れないの?」

「さすが豚! ゴキブリ女!」

「てかマジ早く消えろよ。目障りだし」

「なんか顔色わりーし、病気じゃね?」

「もう1回病院行って来いって!」


 最後まで口を開けば暴言ばかりだ。

 けど、そんなものは本当にどうでもいい。


「…………」


 わたしは教卓の前に行き、スクールバッグを開ける。

 中からひとつの箱と、田口くんの肝臓を取り出した。


「おいおい、なにあれ?」

「キモッ! 生肉!?」

「くっせぇんだけど! 早くしまえブス!」


 箱と肝臓を教卓に優しく置く。

 わたしは前を向いて、じっくりと息を吸った。


「うるせぇぞクソ人間ども!!!」


 バン、と最全席の机を蹴る。

 傍観者だった男子生徒は、怯えた目をわたしに向けた。


「誰かを除け者にしねぇと生きていけねぇゴミカスが!!」

「あぁ? 何ナメたこと言って——ふがッ!?」


 近づいてきた陽キャに椅子を投げつける。

 教室は再び騒然とした。

 誰もがわたしを「異物」とみなしていた。


「いい加減黙れよ、クソガキが……」


 黒板の前で担任が面倒くさそうに言う。

 そのふるまいに、死ぬほど腹がたった。

 わたしは担任のネクタイを引っ張り上げた。


「テメェも同罪だぞ、クソ教師」

「うぐッ——」

「田口くんの死を流しやがって。授業だけやってれば教育者なのかよ? えぇ!?」


 引っ張り上げた担任を、最全席の『優等生』に投げつける。

 ヒッと悲鳴を上げる女子生徒たち。


「それから、傍観者のカスども!! テメェらも同罪だからな。助けないで見捨てたザコのくせに、わたしを異質な目で見てんじゃねぇぞ!!」


 再び机を蹴る。

 生徒が机を引いていき、わたしの周りには誰もいなくなった。

 陽キャたちはニヤニヤしながらスマホを向けている。心底どうでもいい。


 とにかくこれで、準備は整った。


「……田口くん、もういい?」


 わたしがそう言うと、クラスがどよめいた。

 もう死んで居なくなった人の名前だ。

 そんな奴を呼ぶなんて、頭がおかしくなったのだ、と。


「ありがとう。ちょっとスッキリしたよ」


 田口くんはそう言った。

 しかし彼の復讐はまだ終わっていなかった。

 復讐は、これから始まるのだ。


「もうじきだ。きみにはおせわになった」

「ううん。田口くんとまた会えて、嬉しかった」


 クラスメイトが「あいつ、アレと話してるぞ」「あれが田口?」「おい、あれって……」「内臓、だよな……?」と囁いている。


「さ。はやくにげて」

「いやだ。わたしもここにいる」

「だめ。いって」

「いやだ! 田口くんと一緒にいる!」

「なんで」


 田口くんは焦ったように声を発した。

 時間がない中、わたしは静かに思いを告げた。


「だって、田口くんのことが、好きだから」


 あんなに興味なかったくせに。

 生きているときに一度も話してなかったくせに。

 死ぬ前に一度も話さなかったくせに。


 彼が死んでから、彼のことを好きになった。


「ねぇ」

「なに、田口くん?」

「ぼくさ。『ふたつ』おねがいがあるって、いったよね」

「そうだったね」

「いま、つかっていい?」


 時間がないはずなのに、この空間はまるで永遠だった。

 この教室は時間が止まっていて。

 この教室には誰もいなくて。

 わたしと田口くんだけが、ここにいる。


「いいよ」


 そう思ってしまうほどに、わたしは今、たまらなく幸せだった。


「きみに」


 彼の言葉を捉えたその瞬間、わたしは目を疑った。

 田口くんの肝臓に、彼の顔が見えたのだ。

 いじめをやり返さないような、優しくて穏やかな表情がそこにあった。


 あまり覚えていなかった生前の田口くんが、ゆっくりと口を開いた。


「僕の分も、生きてほしい」


 そう言って悲しく微笑んだ田口くんに、わたしはキスをした。

 口にキスをしたつもりだったけど、生臭くて、生肉のような感触で。

 最初で最後の、田口くんとのキスだった。


「ありがとう」


 わたしは教室を飛び出して扉を閉めた——その直後だった。

 ボンッ、と爆発が起こった。

 嘘のように派手な音がした。

 窓ガラスが割れ、扉が吹き飛んだ。

 爆風がやってきて、わたしは廊下の壁に叩きつけられた。

 息が詰まる。

 頭を揺さぶる激痛に、気を失いそうになる。


「う、うぅ……」


 朦朧とする意識の中で、わたしは顔を上げた。

 教室は、机と椅子と赤黒いものでぐちゃぐちゃになっていた。

 爆発で何もかもが吹き飛んでいた。


 そして、教卓の上に居た田口くんは——もう、そこにはいなかった。


「田口くん……よかったね」


 彼の復讐は成功した。

『クラスメイトを爆弾で吹き飛ばしたい』という願いを叶えた。


 わたしはふらふらと立ち上がり、教室に入った。

 生臭さと煙臭さが混ざり合った、古い家庭科室の臭いがした。


「田口くん……もう、死んじゃった?」


 どこにもいない田口くんへ語りかける。

 彼の声は、返ってこない。

 彼は本当に死んでしまったのだ。


 血みどろの床に座る。

 ふと溢れ出した涙を、手の甲でこする。


「わたし……好きになったあなたの分も、生きるから」


 教室でひとり、わたしは泣きながらくしゃみをした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ