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ヤキームグローデンス帝国譚

皇国の末路

思い付いたワンシーンのためだけに書いたので、めちゃくちゃですが、良かったらお読みください。

ジャンルあってるかは謎(-_-;)



 グローデンス皇国皇歴288年

9代目となる皇王アレクトール・ミルバ・グローデンスは王宮の広間に集う貴族たちと今まさに始まらんとする祈祷に期待を込めて頭を垂れていた。


 アレクトールの治世は安定しており、賢王と呼び称されるほどだったのだが、5年ほど前に長らく皇家に仕えていた老宰相ルルド・オル・ヤキームが病床に臥せるようになり、急遽、後見としてアスモ・オル・ディートン侯爵が宰相となった。

 元々は大公であるヤキームの家に三男として産まれたルルドは子供はおろか結婚もしていなかった。

 「家族のために目を曇らせることのないよう、幸いにして家督は兄が継ぎ、私には継ぐべき爵位も無いですからな」

 そのように語る宰相は粉骨砕身、国のために動いていたのだが、後継指名していた手塩にかけた弟子たちは外され、マルネティス公爵家の派閥からディートン侯爵家で部屋住みしていたアスモが選ばれた。

内心でルルドを疎んじていたアレクトールに身体を病み補佐を行う副官や要職についた弟子たちに色々と委譲を始めたことに、マルネティス公爵が讒言したのだ。

 「今こそルルドの影を払うべきであります。陛下の威光をあまねく世に示す良い機会でございますぞ」

 そうして、完全に病に伏して皇都郊外の屋敷に寝たきりとなり、引退したルルドに対して、碌な見舞いも無いままに派閥の入れ替えは急速に進められた。

 内地の様々な陳情に弟子を使い派閥の貴族とともに東奔西走していたことが仇となり、王宮での根回しに気が回っていなかったことで、引退に際して派閥ごと外される格好となってしまったわけだ。

 

 長らく宰相として国に貢献したルルドの退場を、しかしてアレクトールは喜んでいた。祖父の代から三代に仕える老宰相は優秀で影響力も強かった。国土の広い皇国のあちこちからもたらされる陳情をその地の領主や代官とともに解決し、国政に関する諸々の手続きも滞りなく済ませていた。

 だが、それだけに目障りだったのだ。

 賢王などと尊称されても影ではルルドのお陰と、皇王は三代に渡りお守りされてると言われているのを知っていたアレクトールは、ルルド無しでも十分以上に国を回せる、なんなら年老いたルルドに出来ること以上のことを成し遂げられると思っていたのだ。


 実際にして、アレクトールはルルドがいなくなった後も順調だと思っていた。新宰相のアスモは若かりし頃に兄との間で後継を巡る騒動を起こして敗れ、不能薬を服まされ、部屋住みで若隠居を余儀なくされた男だ。中年に差し掛かり、すでに野心も消え失せて、派閥の意向に従ってアレクトールを持ち上げるだけの太鼓持ちであったし、要職についた者たちは皆、それぞれに事情はあれど、アレクトールに逆らわず、耳に心地よい甘言ばかり弄する愚者ばかりであった。


 マルネティス公爵はこの世の春を謳歌していた。

 たった数年で目障りだった男の影を払い、厳しく禁止されていた賄賂で私腹を肥やし、領民の陳情など無視をしては中央の貴族を派閥の者に差し替えるか、買っていった。

 愚かなくせに自尊心だけは肥大したアレクトールは公爵にとっては最高の傀儡だった。助言をするふりをしては都合の良い情報だけを与えるように側仕えの者たちに指示を出しておく。あとは足りない頭でおもいついた方策を素晴らしいと褒め称えて喜ばせておけば、こちらでどう運用しようが気になどしない。

 この前の施策も順調でございます。一片の曇りなく全て上手くいってございますのはアレクトール陛下の御威光の為せる御技かと、最近では神と見紛(みまご)う者もいるとか、斯く言う私も陛下に後光が射して見えてございます。

 この前は謁見に際してそんな戯言をほざいてやったがと独りごちる公爵はアレクトールを愚かと嘲笑っては酒をあおった。

 

 ルルドが意識を取り戻し、回復に向かっている。

 報告を受けたマルネティス公爵は苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。

 民草(たみくさ)どもの人気はすさまじく、下手にとどめなど刺そうとすれば、暴動の一つも起きるのは必定だ。なればこそ、病死に見えるように注意を払って毒を盛り続けたのだ。耐毒訓練も受けた皇王家に連なるルルドを以っても死に至らしめる遅効性で体内に蓄積する毒を時間をかけて少しづつ、事が露見せぬよう、あの慎重で用心深く、深慮遠望の老人に気取られぬようにと、幸いにして、如何に優秀な御仁も年老いたことで鈍くなる。成長した弟子たちの様子に満足していたことで脇も甘くなったのであろう。

 「家族を持てば、目を曇らすやもしれんと言っておったが、まさしく自分を良く知っておった訳だ。優秀なことこの上ない。惜しむらくは家族同然に育て上げた弟子に目を曇らせたことか」

 暗い笑みを浮かべる公爵は金と地位に目を眩ませて師を裏切った男のことを思い出して反吐が出る思いにかられる。ルルドは目の上のこぶであったし、裏切らせたのは自分だが、清廉潔白を地でいくルルドに目をかけられ、大切に育てて貰っておきながら、端金と形だけの地位で親同然の師を売った男への侮蔑の気持ちがあったのだ。


 マルネティス公爵はアレクトールにそれとなく奏上する。国に貢献し、誰よりも功績あるルルド前宰相が回復される兆しがあるようだ。これまで、表立ってルルド前宰相に見舞うこともしていないが、意識が戻ったというなら、ここで一度、代理の使者をたてて見舞うべきだと。

 「すでに陛下の施策で我が国はルルド前宰相無くしても問題のうございます。聞けば郊外のあばら屋にて療養をしていたようで、あれこれと国の変遷に(かか)ずらっておった故に後回しとなりましたが、大公家に関わり深いアルドールの地へと療養のため向かうよう手筈なさいませ」

 表向きは長閑な高原の地で心身を休めるようにと言うことで体よく僻地へと追いやってしまえと進言するマルネティス公爵の言葉をほくそ笑んでアレクトールは了承した。


 ヤキーム大公家はルルドが倒れた直後、アレクトールの勅命で家督相続が決定した。

 その当時の当主はルルドの兄の息子であったが、アレクトールは強引にそろそろ隠居して家督を譲る頃合いだと言い放ち、後継指名にも口を出した。

 本来なら家督は長男であり継子であるバルネスが継ぐ予定であったが、庶子であり継子から外れていた次男ラデウスに家督を継がせるようにと迫ったのだ。

 勿論、大公家の家督相続に皇家とて口出して良いものではない、大公は抗議をしたが、継子バルネスの悪行に関する抗議を受けているとアレクトールから返される。冤罪であるとこちらも抗議したものの、複数の貴族家からの証言があっては勝ち目もなく、ディートン侯爵家の令嬢との縁談とともに次男ラデウスの当主就任が決まった。

 マルネティス公爵の寄り子であるディートン侯爵家は臣籍へと降った皇家の血筋であるマルネティス公爵家と姻戚関係にあり、令嬢の母は現皇王の王妹だ。愚鈍な父のかわりに手塩にかけて可愛がってくれたルルドを裏切った男は、自らの野心のために家すらも裏切ったのだ。


 皇国は荒れた。僅か数年のうちに各地の領主は意味の解らぬ税を増やしては民から財を取りあげ、河川の整備や害獸の駆除など必要な公共事業は放置され、贅沢三昧な貴族たちの浪費は生活物価まで押し上げ、食料など生活必需品の著しい不足を招き、餓死者や浮浪者を出しながらも、まるで対策など打たない有り様であった。


 中央各地で領民による小規模な武力蜂起がおき始めたころ、皇都ミルバネの上空を孛星(はいせい)が通ったのだ。

 尾の短い箒星の通過に皇族貴族は凶事の前触れと騒ぎ始めた。折しも民の武力蜂起は数を増やしており、各地で鎮圧が困難になってきており、皇家直属の国軍の投入も視野に入って来ていたことも、貴族たちの不安を増大させていた。


 王宮広間に集められた貴族たちと皇家の者たちが見守るなか、マルネティス公爵家の縁者だという祈祷師が祝詞をあげる。

 護摩壇の火を背後に振り返った若い祈祷師の男性が語り始める。

 「孛星は膨らみ爆ぜる前の実のようなもの、故に民の蜂起はこの凶星のためでしょう。されど、箒星は世の穢れを払いし箒の星。徳高いアレクトール陛下の治世に一片の穢れも無きは必定なれば、民の蜂起はこの凶星によって惑わされ、過ぎ去った箒星とともに取り除かれたと」

 孛星は凶事の星だと言いながら、同じ口で箒星は凶事を取り除く星だと真逆のことを宣う祈祷師の言葉に、されどその場にいたものは口々に歓喜と安堵を溢した。

 「大義であったな、後で褒美をつかわそう」

 そうアレクトールが祈祷師に声をかけるのと、広間にいた者に使用人や従者、警備のものが襲いかかったのはほぼ同時であった。

 マルネティス公爵も護衛にと雇い入れた男に組伏せられ、アレクトールの喉元には短剣が突き付けられていた。

 あっという間の制圧劇、短剣に視線を集中させて言葉も出せずにいるアレクトールにたいして、マルネティス公爵は組伏せられながらも激昂して声をあらげた。アレクトールに短剣を突き付ける首謀者と思われる男へと。

 「師を裏切り、家を裏切り、遂に国まで裏切るかラデウス」

 広間の出入口は固められ、逃げることも出来ず、抵抗したところであっという間に切り伏せられ、沈黙した姿を見せつけられた貴族たちはすでに抵抗する気力もなく、ラデウスを見ていた。野次のひとつ、抗議のひとつ、とばすくらいの気概も無いのか、まだマルネティス公爵はその点は胆力がある。単に状況を呑めていないだけかも知らんがと、ラデウスは内心で思いながらマルネティス公爵にぶっきらぼうに答えた。

 「愚鈍な父と兄は切り捨てたが師を裏切ったことはない」

 そう答えたラデウスにマルネティス公爵はさらに怒りを燃やし、口についてはならぬ叫びをあげる。

 「裏切っておらんだと、ならば毒を盛って意識を奪い寝たきりにさせたのは何だというかっ」

 この放言にラデウスは思わずと呵呵大笑する。一頻り笑うと、侮蔑の表情で語りかける。

 「閣下、ご自分を優秀だと思うのはよした方がいい、私は毒なんぞ盛っておらんよ。あなたに渡されたものは全て保管している。師の体調不良はただの演技だ」

 何を言っておるのだとマルネティス公爵は言葉につまるなか、アレクトールはルルドの引退に何か裏があったのだとようやっと思い至りラデウスに尋ねようとするが、それを引き裂くが如き大音声(だいおんじょう)が王宮広間前の大回廊から蹄の音とともに響き渡る。戦時の急使であると気付いた者はよもやどこぞの領地が民の蜂起で落ちたのかと震えるも内容は更に深刻であった。


 「東方守護伯殿が蜂起、中央へと攻め入ってございます」

 皇家、貴族ともに青醒めるが更に凶報はもたらされる。蹄の音が大回廊に木霊して、幾人かの喉も裂けんばかりの銅鑼声が吠えたけて響くのだ。

 「西方守護伯殿蜂起」

 「南方守護伯殿が蜂起してございます」

 「北方より守護伯殿が反乱を起こされております」


 アレクトールは混乱の極みにあった、何がどうしてそのようなことになるのだと。


 ラデウスは顔色を変化させては百面相を繰り返し、泡を吹かんばかりに慌てるも、喉元の短剣に怯えて動けん小心者に心底嫌気がさしながら、事の顛末を語ることにした。


 「全てはそこの獅子身中の虫が私に毒なんぞ渡して来たことで始まった」

 

 ラデウスは師であり、親のようにも思っているルルドとの間で意見を対立させていた。

 辺境を護る四方守護伯は皆、勤勉で領地の運営にも隙が無かったが、中央に近付くにつれて長い平和に世襲を繰り返した貴族家は大小はあれど腐敗していた。

 三代に渡り宰相を勤めた師が引き締めや処罰を執り行い、民の陳情に領主が取り合わなければ、代官を派遣してまで対応していたが中央貴族の師への不満は高まるばかり、大々的な粛清で乱れを糺すべきだと主張するラデウスに、民を巻き込み、無駄に血を流すことになると反対されていたのだ。

 それでも、お前が宰相となったのなら、陛下に進言し、なるたけ穏当に事を成して見よと言われて、国民(くにたみ)に心を砕く師のためにも、一層の努力あるのみと励んでいたのだが、ここ最近の師とやり合う姿に、私と師が反目していると思い違いをしたのだろう。

 マルネティス公爵の手の者からの打診があり、師の失脚を狙って派閥の取り込みかと思い、内情調査にと応じる振りであって見れば、まさかの毒殺指示とは恐れ入る思いだったのだ。


 そこからは元々、体調を崩しかけており、そろそろ引退も考えていた師に事を伝えて、王宮にとどまっては死の危険があると、大袈裟に体調不良を喧伝して家に籠るようお願いをしたのだ。


 「佞臣の徒が良からぬことを考えているならば、国と民のためにこの命一つなど安いもの、命に替えてマルネティス公爵を追い落とすくらい老骨にもできる」

 そんな事を言われたが涙ながらに父の命を犠牲するなら、私は国を滅ぼすことを選ぶと、必ずや中央の腐敗を払って見せると啖呵を切った私に根負けして、師は引いてくれたのだ。


 それからはマルネティス公爵の目を欺いて師に毒を盛っている振りを続け、中央貴族でも師の派閥にいたものに、マルネティス公爵の贈賄に応じて傘下に下る振りを頼み、四方守護伯にマルネティス公爵が師を毒殺しようと画策したと憤れば、義に仁に厚い四方守護伯の御一党は皆、力を貸すと密書にしたためてくださった。


 計算外だったのは、マルネティス公爵と中央貴族が想像を超えて愚かであったことだ。

 確かに継続して取り組み中の領内整備や毎年の害獸駆除、豊作不作を平らにして、物価を安定させ、農民に貨幣を回し、経済を活性化させるためにも、各地の収穫に応じて皇家の国庫への備蓄の買付、各貴族家への割当ての備蓄量の算出と、不足する地域への配給など、師が行っていた施策を碌に引き継ぎもせずに人員を入れ換えたのだから、混乱は起こると思ってはいたが、まさか、総取っ替えしたあとで、全て放置し、更に負担ばかり増やして贅沢三昧とは呆れるを通り超して絶望した。

 師の懸念は正しく、私は見通しが甘かったと、確かにこれでは民にどれだけの犠牲を強いるのか。

 私は涙しながらも必ずや大義を成し遂げると機会を待った。


 これ以上放置しては国が崩壊する。幸いにして辺境の守護は強固だが、それも中央ががらんどうでは仕方ない。ラデウスは一計を案じる、いよいよ本当に病が進行して臥せるようになった師を療養するために、マルネティス公爵に虚偽の噂を流して信じこませた。

 長らく意識を無くしていた前宰相が意識を取り戻したようだと、民は新たな宰相たちに不満ばかりでルルドの復帰を願っていると、ルルド自身は病んだ身体に弱気となり、皇都から離れて療養したいと思っているようだと。

  虚実を織り交ぜ、そして中にマルネティス公爵が望む選択肢を挟む。これで間違いなく、マルネティス公爵は師を僻地へと追いやるだろう。

 自分の失敗に師を巻き込む訳にはいかない。

 辺境についに中央を落とすと密書を送り、予め協力を頼んだ、元ルルド派閥の中央貴族に渡りをつける。ことが漏れれば、全てが水の泡と慎重に動いていると、師が僻地へと追いやられたと、不満をためた民衆がついに蜂起を始める。

 目先が自分たちに向かなくなったとはいえ、更に民の被害が拡大することに、いよいよ自分は師とは顔を合わせる資格をなくしたと心をいためる。


 孛星が通った時、時が来たと感じた。

 中央貴族が祈祷の準備を始める中で、各家に忍ばせた者、協力を取り付けた者、調整を急ぐ、多少身元が怪しくとも、腕がたち、調子の良い言葉で耳に心地よい者は簡単に登用される程度にはどこも切羽詰まっていたのだ。

 ことは早期に収めねばならぬ、長引かせれば、他国の介入を許すことになる。


 孛星が祓う穢れは自分一人で十分だと、ラデウスは心に決めていた。


 「初めから、師を匿い、その上で国の穢れを一掃するつもりだったのだ」

 そう宣ったラデウスに、組み敷かれたままマルネティス公爵は笑い上げた。

 「はん、若いだけの理想で国が回るか」

 「私腹を肥やしては国を崩壊させた佞臣がよく言うわっ」

 ラデウスはアレクトールへと向き直ると真剣に語りかける。

 「辺境守護の四方伯はこの皇都を囲みまする。民衆に与して支援するもの、我らを支援する中央の貴族もおります。何より、この短剣でつけば終わりだ。投降を」

 しかしアレクトールはここに来て、いきり立つ。

 「ふざけるな、このようなことが許されるか、余は天子であるぞ」

 この言葉にラデウスは表情を消した。

 「孛星が何故来たのか、それは私を祓うためだ。国を混乱させた私をな。だが、民の怨嗟の声は幾千幾万と膨れ上がり、いずれ雨のように孛星を降らせるだろう。そこの祈祷師は口は上手いがひとつだけだ。紡がれる幾億万もの怨嗟の言霊を祓うなど、出来よう筈もない。ましてやお上におもねり、ただ上っ滑りの言葉を吐くだけではな。この私を排して玉座に戻ったとして、そこは血塗られ呪詛にまみれた場所になりましょうぞ」

 アレクトールは膝をつき、投降の意志を示した。

 ラデウスは脇に控えた従者にアレクトールの捕縛を命じてから。祈祷師を殴り護摩壇へと焼べるとそこにたって短剣を掲げて宣言する。


 「箒星により、我等が国の穢れは祓われた。新たな皇王には、まだ年若いがエクレトール殿下もおられる。我が師の董陶を受けた諸君らが支えれば、すぐにでも立て直しは出来るであろう」

 そう言ったあと、ラデウスは刃を己に向けて涙を流し声をはった。

 「我が師、我が父よ。その教えを無為にし、多くの民を無益に殺した、この愚かな弟子はその責をとりまする。孛星は私を祓うために来たのだ。ただ、最期に一度、お会いしたかった」

 そう述べて短剣で喉を付こうとするラデウスを止めるものがいた。

 「兄上、何故お止めになるのです、家を裏切った私を」

 その手で短剣を持つラデウスの手を抑えたのは兄バルネスであった。穏やかな表情にやや焦りをみせるバルネスはゆっくりと諭し始めた。

 「私と父を陥れ、辺境へ飛ばしたのは家のためだろう。最期はそうして責任をとって死に。予め遠ざけておいた兄を戻せば家も安泰というところか」

 「違う、ただ疎んじていただけだっ」

 「全ての負債を背負って死ぬ気か、いいから剣を放せ、私はお前ほど力も無いのだよ」

 苦笑いを見せる兄に毒を抜かれたように手から短剣が滑り落ちる。危ないなと大袈裟に避けてみせた兄の向こう、広間の入り口に今、最も逢いたくもあり、そして最も来ては欲しくなかった人物が立っていた。

 「師匠」

 溢れた言葉を拾うように、両脇を支えられ、立っているのもやっとに見える老人はさりげなく手で放してくれと伝えると杖をつき前へと歩みだす。

 「師匠、何故このような場所に危険ですから、お帰りください」

 「何が危険じゃ、これだけ制圧してみせておいて、赤子だって無事に徘徊出来るわい」

 「お身体に障ります」

 「もう、十分に生きたわ、問題ない」

 「私は言い付けをやぶりました」

 悲壮な顔で涙を堪えるラデウスに、この弱りきった老人のどこから出るのか、という大音声が轟く。

 「甘ったれるな。言い付けなどと稚児でもあるまいに、お前はお前の考えで事を為した。ならば、その責を取ると言うなら、生きて導いてみせよ。肩にのった重石に潰れても立ってみせよ。お前だけの責ではあるまい、儂とて、こうなるやも知れんと解っておって、おのが才覚に任せて、何とかしてきてしもうた。それ故の弊害じゃて」

 「違います。師ならばそれが出来た、そして作りあげたものに乗れば、被害を出さずにすんだのです」

 「違わんさ、結局は歪みを作ってはそれを無理に矯正して根治させることを拒んだのは儂じゃ」

 「それは民を思えばこそ」

 「堂々巡りじゃ、善いか、もはや皇国の皇家に信用などない、ここまで引っ張ったお主が立つのだ、幸いにお主の妻は王の血筋が色濃い、立つのだ。我が子よ」

 ラデウスは哭いた。



 広間にはマルネティス公爵派閥の当主が揃っていたこと、祈祷にさいして、王都の貴族屋敷には主要な親族が呼ばれて揃っていたことで、革命を起こしたラデウス派は敵性勢力を一網打尽した。

 ルルドはこれを「箒星の意志によるもの」と高らかに喧伝させた。アレクトールとマルネティス公爵両名はラデウス派の満場一致で処刑が決まり、汚職や贈収賄、意味のない増税や新設税を課したもの、公益性の高い業務を放棄したものと、その立場と罪状に照らして捕らえられた者たちの処遇が決められた。決裁はラデウスがおこない、処刑となるもの、降爵となり僻地へとおくられるもの、爵位を剥奪され、野へと下り追放されるものと様々であったが、処刑は公開され、送られる地もまた公表された。処刑を免れた者も、そう長らえることなく、与えられた地は直轄地として数年と置かず新たな王家へと戻った。

 まだ、数えで12となったばかりのエクレトール・ミルバ・グローデンス殿下はラデウスとの面会で自らミルバの名を返上、グローデンス家は臣下に降りヤムを名乗ると宣言、エクレトール・ヤム・グローデンス公爵家の初代当主となり、エクレトールはグローデンス公爵家は今後、王位継承権を持たず、選定に関わらないと合わせて宣言した。

 



 皇国歴288年 翌年を迎えることなく、呆気なく皇国はその歴史を閉じた。


 新たに勃興した帝国の年若い皇帝の側には穏やかな顔の兄と、困り顔の父、彼が大好きな妃と。


 厳めしい顔の彼のもう一人の父が見守っていた。



感想お待ちしてますm(_ _)m

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[良い点] 荘厳な歴史物語に感嘆しました。 変革の一幕が鮮やかで、そしてまた国と民、師、家を想う男の生き様がカッコいい! さすがの構成と、また重厚な文章に酔いしれました。
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