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小室眞子さんの一件は戦後最大のご皇室の危機へ!?  作者: 中将


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④ご皇室は代替えの効かない文化的・外交的資産である

8,ご皇室は“日本の歴史そのもの”である


質問者:日本のご皇室の日本の歴史的役割について解説お願いします。


筆者:僕は“ご皇室の歴史そのもの”が“日本の歴史そのもの”と言って良いと思います。まず、日本の起源につきまして簡単に振り返っていきたいと思います。

 一般的にどの国においても“建国記念日”という日があると思います。日本におきましてはご存知の通り2月11日なわけですが。これが建国した年月日とされる日があまりにも古すぎて“推測”という形になっているんです。


質問者:えっ……建国した日が推測ってどういうことなんですか?


筆者:佐藤栄作内閣が定めた建国記念の日となる日を定める政令(昭和41年政令第376号)によりますと、「建国記念の日は、2月11日」としています。

ちなみに、2月11日という日付は、1873年(明治6年)に定められ1948年(昭和23年)に廃止された紀元節と同じなのです。そして、紀元節の日付は、『日本書紀』にある『神武天皇がご即位したとされる日』(旧暦の1月1日)なのです。建国神話がそのまま国民の休日として「建国記念の日」になっているのです。


質問者:へぇ~、まさか建国神話がそのまま建国記念日になっているだなんて衝撃的です。


筆者:正直なところ、「日本書紀」より前の文献は海外頼みなので本当にそうなのかは分かりません。

また、“日本“という国号が海外に使われるようになったのを確認されたのが6世紀頃です。それより前につきましては証明することが出来ないわけです。

ですので、一般的には皇紀約2682年。もっと古く遡れば約5000年前から天皇陛下中心の統治体制だったという説もあるようです。

僕的にはそこまで昔まで遡ることは少し眉唾かなと思ってはいるのですが、どんなに遅く見積もっても国号として“日本“と名乗るようになる少し前である西暦400~500年ぐらいからは今の天皇陛下を中心とした国家として見て良いと思っています。


質問者:なるほど、そんなに前から天皇陛下が国を統治されていたのでしたら“ご皇室の歴史が日本の歴史”というのも納得が行きますね。


筆者:統一国家としてこれだけの歴史と文化そして社会を形成したというのは世界史を見ても日本は類稀な存在です。ご皇室はこれだけの長い歴史、日本の国体、ルーツに繋がる根幹を成しえています。神話が全て本当のこととは思いませんが、ご皇室を否定することはひいては日本そのものを否定することであり、国家観を揺るがすことに繋がりかねないのです。


質問者:確かに歴史の教科書で個人名が出るようになってからは全て天皇陛下中心の統治体制ですね……本当に凄いことです。


筆者:そうなんですね。ですから、数多の政治的困難を潜り抜けて今ここに存在しているご皇室が一時の国民感情によって地位が相対的に低下しているという事実は何とも耐え難い状況なのです。



9海外のご皇室の評価

質問者:それでは外交的なご皇室の意義ということについて解説をお願いします。


筆者:僕の口からのみ説明することがとても身に余る次第ですので、西川恵 著『皇室はなぜ世界で尊敬されるのか』という本を松浦晃一郎氏(元駐在仏大使、ユネスコ元事務局長)が書評した内容から引用させていただきます。


『皇室を外交資産たらしめているものは何か。筆者はそれを「長い歴史と伝統の蓄積」と「それに立脚した先の天皇皇后両陛下を中心とした皇族の人間力」としている。


世界の外交の常識で言えば、総理大臣よりも、大統領よりも、国王よりも、エンペラー(天皇、皇帝)が最も“格式”が高い。首相や大統領はその時代の国民に選ばれた代表であり、国王は王家を継いできた人ですが、エンペラーは国の文化や宗教などを含めたもの、つまり“文明の代表”という位置づけになる。


 たしかに20世紀まではドイツやオーストリア、エチオピアなどの国でエンペラーを名乗ることがあったが、長い歴史の中でずっとエンペラーであり続けたのは日本の天皇だけ。今の世界の主要国の中で、エンペラーはたった1人、日本にしかいないのです」

(中略)

 長年、サウジアラビアの駐米大使を務めたバンダル・ビン・スルタン王子は帰国後、国家安全保障会議の事務局長という重職についた。面会が極めて難しいことで知られたが、当時の中村滋しげる駐サウジ大使は2度私邸で会い、イランとの水面下の交渉などの重要情報を得た。その際、事務局長は「通常、外国の大使には会わないが日本は例外である。なぜなら日本の皇室を尊敬しているからだ」と述べたという。


 皇室は戦後日本の統合の象徴として日本国民から支持を得ていると国際社会でみなされている。その存在感の大きさは、実際に外交の場にいれば理解できる。そして、皇室の国際的活動は、個別の外交課題を一つずつ具体的に解決していくものではないが、そのための空気を醸成する役割を果たす。 (後略)』


つまりですね、天皇陛下やご皇室は日本と他国の外交の緩衝材としての役割を果たされているのです。このことはやはり、政治との中立性を保たれているご皇室ならではの役割であり、一般人による代替えは難しいわけです。


質問者:書評には天皇陛下のことを“文明の代表”とまでありますが、歴史を紐解いてみると確かにそれも納得という形ですね。


筆者:そういうわけです。ご皇室を失うということは文化の喪失だけでなく日本としての外交資産を失うことにもなります。これらを総合して勘案してみますと年間120億円前後の予算というのは決して高い金額とは僕は思えませんね。


質問者:やはり世界の方々も一つの国家が存続していることを高く評価しているのですね。


筆者:まぁ、国家を運営する際に政権交代があると国家元首も変わっているという国家が多いですからね。日本の場合は公家政権、武家政権、明治政府、戦後と歴史の節目で大きく政権が変わってもご皇室は尊重されていたという経緯があります。

 それがいかに難しいか為政者の側であればあるほどそれを痛感すると思いますね。

日本を弱体化させようと目論んでいたGHQすらも天皇制を無くししまえば国民からの反発を考えると廃止できないことに気づきましたからね。それだけ世界的にも一目を置かれた存在だと言えます。

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