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美学生 水咲華奈子Ⅰ -たった一人の目撃者-  作者: 茶山圭祐
第1話 たった一人の目撃者
4/5

解決編

        3


 今日はなんだかモテる日だ。初めて会った女といきなりこんなシチュエーションになれるなんて。誰もいない教室に男と女が2人だけ。もしかして、告白? いや、それは早いだろ。ちょっと先走り過ぎだ。出逢った初日から女が男に告白するなんてことはまず有り得ない。そんなのドラマにだってない。映画にだってない。だけど、もしかしたら……。という考えは捨て切れなかった。

 水咲は組んでいた腕を解くと、両手を合わせて謝った。

「ごめんなさい、無理矢理こんな所で話なんて。誰かが入ってきたら誤解されちゃうね。入るとき、誰も見てなかったよね?」

 水咲は廊下の方を見つめた。

「大丈夫だと思うよ。別に俺は誰に見られても構わないけどね。相手がカナちゃんならどんな場所でもどんなことでもオッケー」

 そう言った瞬間、少し突っ込みすぎた発言だったな、と土生田は後悔した。今日出逢ったばかりでいきなりこれは言い過ぎか。ひくかもしれない。

 しかし、土生田の心配は全くの無用だった。

「えー! どんなことでも? じゃあ、服脱いじゃう?」

 土生田はきょとんとした。ひくどころか、彼女の方がダイレクトに表現した。

 驚きと嬉しさで何から行動をとってよいのか分からない土生田をよそに、水咲は笑顔で土生田の肩を引っ叩いた。

「なーんちゃって。なに驚いてんの!」

「なにぃ? そういうボケ?」

 まさかそんな返しが来るとは思わなかった。随分とノリがいい。こんな人が自分の彼女だったらさぞ楽しいだろうに。

 彼女とドライブへ行くとしたらどこがいいかを考えようとしたとき、水咲は椅子を引いて脚を組んで座った。立っているだけでも太ももがかなり露出しているのに、座って脚を組んだ日には……。きっとこの光景は脚フェチにはたまらないに違いない。土生田のドライブの想像は違う方へと向かっていった。

 何はともあれ、今はこの美人と2人っきりで小さい教室にいるのだ。こんなに幸せなことはない。話が告白話なら、なおのこと幸せなのだが。

「んで、話って、何の話なのかな?」

 土生田は唾を飲み込んで括目して待った。

「さっきのパンクの話」

 それを聞いて肩の関節が外れそうになった。今日何回目のガックリのことだろう。そんな自分が情けなかった。

「犯人わかったの。結構自信あるよ」

 何を根拠に言っているのだろうか。彼女と出逢ってからまだ2時間しか経っていないというのに。しかも、実際に言葉を交わしたのは30分程度である。まさか今日そんなことを言ってくるとは思わなかった。

 土生田の飛躍した先ほどの想像はすぐにかき消された。

「犯人がわかった? じゃあ、さっき言ってた証拠ってのは?」

「証拠はあるよ。証拠は犯人が持っているんだけどね」

 胸騒ぎがした。彼女の言うとおり、確かに証拠は自分が持っている。

「タイヤの裂け具合から見て、凶器はナイフよね」

 やはりそうだ。誰が見たって最後はそこに行きつくことになる。

 土生田が背負っているカバンには勿論ナイフが入っていた。処分などするはずがない。そもそも能勢が泣き寝入りして、それで終わるはずだったのだから。

「土生田さん、能勢さんとはあんまり仲が良くないって自分でも言ってたけど、さっきサークルのメンバーに話を聞いたときも、みーんな言ってたよ、土生田さんと能勢さんは仲が悪いって。結構公然のことみたいね。ただ、なんで仲が悪いのかまではみんな知らなかったようだけどね」

 標的を捉えた水咲に彼は抵抗した。

「ちょっと待ってよ、カナちゃん。もしかして俺を疑ってんの?」

水咲は笑顔でうなずいた。

「ひどいなぁ。なんでそうなるの? 他にもやりそうな奴なんてたくさんいるって」

 だが、水咲は強気だった。

「ううん、土生田さんしかいないと思うの」

「根拠は? なんでそう思うの?」

「根拠を言うより、土生田さんのカバンの中を見たほうが早いと思うよ。見せてもらえない?」

 いよいよ核心に迫ってきた。

 土生田は少し腹が立ってきた。カバンの中を見せろなんて、ちょっと横柄ではなかろうか。いくら美人だからといって、許せることと許せないことがある。

「いくらなんでも、それはできないよ。俺を疑ってるなんて聞いたらなおさら」

 すると、水咲は髪をかき上げながら攻撃を仕掛けた。

「どうしてできないの? 見られたらまずい物でも?」

「カナちゃん。あんまりよくないよ、人のカバンの中見せろ、だなんて」

 それを捨て台詞にして教室から出て行こうとした。このまま話に付き合っていたら不利になることを直感したからだ。

「あんまりよくないよ、男のくせに逃げるのは」

 水咲は脚を組み替えた。足首のアンクレットがキラリと光る。

 彼女のこの言葉に、おめおめと帰るわけにはいかなくなった。土生田は再び向き合う。

「ああ、わかったよ。見せてやるよ。俺はナイフなんて持ってない!」

土生田は声を荒げて叫んだ。一見開き直ったよう見えるが、そうしたのには考えがあった。

 カバンを荒々しく下ろすと、中身を机の上に撒き散らした。バラバラと教科書やノートが落ちてくる。その中に銀色に光る折り畳みナイフも一緒に落ちてきた。

 水咲は笑みを浮かべながらそれを拾い上げた。

「これは?」

 彼女は立ち上がると、折り畳まれた刃を引っ張り出した。

「ナイフだよね?」

 水咲はナイフの刃先を鼻に当てる。

「薄っすらとゴムの臭いがするね」

 しかし、土生田はそんな言葉を浴びせられても全く動揺しなかった。逆に驚いた表情をして言ってのけた。

「なんだこりゃ? 誰が入れたんだ、こんな物。俺のじゃないぞ、これは。誰かが俺のカバンに入れやがったんだ! 俺に罪を着せるために」

 土生田は目一杯の芝居をしてみせた。水咲は眉間にしわを寄せていた。困っているようだ。

 例え、カバンにナイフがあったとしても、それが土生田の物であるとは言えないのだ。勿論、ナイフに土生田の指紋はベタベタ付いている。だが、ここには鑑識もいないし警察もいない。証明することは不可能だ。

土生田は水咲の様子をうかがった。彼女は真顔だった。とどめにもう一度力強く断言した。

「これは俺のじゃない」

「これは土生田さんのナイフよ」

 土生田の断言をさらに上回る堂々とした水咲の発言に土生田はのけぞった。

「実はわたし、学食で土生田さんと話をしているときに、土生田さん怪しいなって思ったの」

「ウソだよ」

 水咲は机に身体をもたれると、ナイフを畳みながら説明した。

「わたしが、能勢さんの車が誰かにパンクさせられたって説明したら、土生田さんこう言ったよね? 『パンクさせられてた? ほんとなの?』って」

 確かに言った。だが、どこもおかしなところはない。

「わたし、土生田さんのこの返事を聞いて不思議に思ったの。だって能勢さん、自動車通学していること誰にも話してないんだって。自分だけ特別扱いされているのがイヤだから、ずーっと秘密にしてたんだって」

 水咲から説明を受けても、それがどんな意味をなしているのか分からなかった。

「だから、みんな驚いたの、能勢さんが自動車通学していることに。けど、あなただけは驚かなかった。それは、知ってたからよね。ということは、どういうことか分かるでしょ?」

「…………」

「能勢さんが自動車通学していることを知っているのは、あなたしかいないの。あなたしかいないのに、このナイフで誰が罪を着せる?」

 土生田は、永森が水咲に尋問を受けていたときのことを思い出した。なるほど、水咲は永森にした質問を全員にしたということか。彼は水咲の質問すべてにシラを切っていた。まさに永森は1つも尻尾を出さずに水咲の尋問を切り抜けていたのだ。さすが親友。やってくれる。

 土生田は何も反論することができなかった。しばらく静寂が教室を支配する。

「あと考えられるのは……」

 その静寂の中、水咲が口走った。

「……まだ話を聞いていないメンバーがいるよね。今日学校に来てないメンバー。その誰かが、犯行後にサークルの部屋にやってきて土生田さんのカバンにナイフを忍び込ませて帰った、っていう可能性。でも、そんな人はいなかったって、みんな言ってたから、まずないかな。まぁ、明日以降に一応話を聞いてみてもいいけど」

 土生田はそれ以上抵抗する気はなかった。話をしたところで答えは見えている。彼女もそれを見越して言っているのだろう。

「あのときから疑われてたのか。だから、オレだけにアリバイを聞いてきたのか。今日授業出たのかって」

「ああ、あれはアリバイが聞きたかったんじゃないよ。土生田さんのそのカバンはずっとサークル部屋にあったのかを知りたかったの。もし、土生田さんのカバンがサークル部屋以外で放置されていた時間があったなら、容疑者の範囲が限りなく広がっちゃうでしょ」

「映画鑑賞サークル以外の誰かが、オレのカバンにナイフを忍ばせるって可能性がでてきちゃうからか」

「そういうこと」

 土生田は愕然とした。彼女はあの時点でその可能性をつぶしていたのだ。しかし、次の水咲の言葉にも驚かされた。

「多分、犯行の動機は、彼の自動車通学が気に食わなかった、ってことでしょう?」

「そうだよ。そのとおりだよ。ほんときたねぇよ、何様なんだよ、あいつは」

 土生田は散らばったノート類を拾い集めてカバンに戻す。すると、水咲もそれを手伝いながらこんなことを口にした。

「能勢さん、どうして自動車通学しているのか知ってる?」

「それを教えてくれないんだよ、あいつは。だから余計腹が立った」

すると、水咲は少し悲しそうな表情になった。

「彼ね、肺を患ってるらしいの。いわゆる、ぜん息だって。満員電車に乗ると特に咳がひどいんだって。だから自動車通学」

 土生田はカバンに詰める手を止める。

「そういう理由があったってことはわかってあげてよ」

 水咲が拾ったノートを奪い取るようにしてカバンに詰めると、土生田は少し声を荒げて呟いた。

「バカヤロウ。あいつもちゃんと言えよなぁ。なんで黙ってんだよ」

「自分は病弱だってこと、人に知られたくないからね」

 土生田は背中を丸めたまま立ち上がった。

「バカは俺の方か。かっこわる」

「能勢さん、今ならサークル部屋にいるよ」

 水咲からナイフを受け取った土生田は大きな溜め息をつくと、彼女に背中を押されながら、帽子をいつもよりも深く被って教室をあとにした。



 第1話 たった一人の目撃者【完】

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