初陣②
エーンという単語が今回から多く出ますが、この世界の通貨です。1エーン≒1円だと思って頂ければ大丈夫です。
私たちは依頼の詳細な説明を受けた後、軽く食事を済ませて、ギルドから馬車を借りた。勿論、専属の御者付きでだ。4000エーンぽっきりで送り迎えをしてくれるというのだから安いように思う。
この依頼を達成すれば、グランと山分けしたとして、低く見積もっても4万エーンは入ってくるだろう。以前は三人での活動が中心だったので、取り分がいつもより多く感じる。
尤も、以前受けていた、ゴールドクラス相当の依頼は報酬金も相応に多いので実はもっと稼げていたのだが。
「おっ、風景が変わってきたな。俺様は都会のゴチャゴチャした感じより、こういう何もないところの方が好きだぜ」
「私も同感。まあ、町にもいいところはあるけど」
馬車から眺める景色はいつしか、田園風景に変わっていた。
田畑を除いて、何もない。少し物悲しさはあるものの、都会の喧騒を忘れられる、いい場所だと思う。
もし冒険者を止めるのなら、この落ち着いた土地で、農業か養蜂でもやって暮らすのも悪くないだろう。
また、話は変わるが、他の同ランク帯の冒険者を誘ってみるかとグランに聞いてみたところ「足手まといになるだけ、金を持ってかれるだけ」と彼はのたまった。一昔前は名のある冒険者だった彼も、今は無名のビギナークラス。
「雑魚がイキリ散らすな!」とオラついた周りの冒険者達に絡まれそうになり、その場を嗜めるのに苦労した。金輪際、あのような態度は謹んで頂きたい。
依頼の場所まで結構掛かるようなので、馬車に揺られながら、仮眠を取ることにした。朝までずっと話していたから仕方ない。2時間くらいは眠れただろうか。
「着きましたぞ、お二方」
「ん、あぁ。夜には狩りを終わらせる。近辺の街で待機していてくれ」
「かしこまり」
グランが御者と話をつけると、馬車は素早く去っていった。この辺りにロックウルフが出るということであれば、ここに長居はしたくないだろう。牧場に辿り着いてすぐ、違和感に気づく。
「……ねぇ、何かアレ変じゃない?」
柵の中には小さな羊が2匹だけ。かなり広範囲を柵で囲んでいるのにたったの2匹とは何だか拍子抜けだ。それに牧羊犬もいない。閑散とした牧場の中、子羊達は身を寄せ合い、ぶるぶると震えていた。
「あぁ。いくら俺たちがいても全ての羊を守り切れるとは限らないからな。恐らく、既に退避させてあるんだろうな」
「えっ、じゃあ、あの子たちは……?」
「あのなぁ。ちぃと考えれば分かるこったろ。人間だけ突っ立ってても、ロックウルフが来るわけねぇだろ」
「そんなことは分かってる!」
私は思わず声を荒げる。それが想定外だったのか、グランは目を見開き、ため息をついて話し始めた。
「まぁ、言ってしまえば生贄だろうな。大人の個体は多少の自己防衛能力はあるから、比較的襲われにくい。子供を少数配置した方が、反撃の恐れが無い分、魔物は喜んで襲ってくるだろうさ」
「そんな……」
「言いたいことは分かってるつもりだ。ただ、大多数が幸せに生きる為に多少の犠牲は必要なんだよ。魔物だって増える。このまま継続的に襲われて行ったら、それこそ犠牲になるのは10や20じゃ済まなくなってくるぞ」
「…………」
「割り切れよ。でないと……死ぬぜ?」
彼の言っていることはもっともだ。牧場主だって、好きで子羊を犠牲にしている訳では無い。それくらいは事情を汲み取れるつもりだ。ただ、胸の中で、どうしてもモヤモヤした気持ちが晴れなかった。俯いていると、私の肩をグランがポンと叩く。
「だが、コイツらは運がいい、何たって、この俺様が来てやったんだからな。ぜっったいに、死なせてなんかやらねぇよ。おー、よしよし」
彼は怯える子羊達を撫でる。緊張と恐怖で強張った顔が少しだけ、緩んでいるようだった。
そうだ、弱気でいてどうする。私が……私たちが、この子らを守るんだ。決意を改め、今できる準備を行うことにした。