プロローグ③
神様への祈りが終わり、頭の中にどっと情報が流れ込んでくる。この感覚は何回やっても慣れず、頭が痛くて仕方ない。が、耐える他無い。
しばらくして、頭痛が収まり、私は新しく数多くのスキルを獲得したことが分かった。
攻撃用の技はかなり多かった。
シンプルなものでは毒を宿した爪で切り裂くものや大きな針を相手に射出するものなどを獲得。
少し変わったものでは、傷を追った相手や毒などを負ったものに大きなダメージを与える技、ピンチである程に強い力を発揮して反撃できる技など今まで以上に多くの技を得ることができた。
……が、正直に言うと実用性に関しては微妙なものばかり。私は筋力も強くなく、俊敏性も無いので真っ向勝負に向いた技が増えても正直持て余してしまう。
ピンチをチャンスに変える技にしても、相手を倒すことこそ出来ないが、筋力に依存しない強力なものを既に使える。最も、ヒーラーが窮地に陥るのは褒められたことでは無いので最終手段だが。
こうして見てみると、有用そうなものは、棘状の毒の罠を設置する技、仲間の身体に起きた異常を取り払う技に絞られる。正直、これらでさえ、使う手間に比べてリターンに乏しい気がする。
しかし、それで終わりではなかった。一度は収まった頭痛が再発する。今までにこんなことは一度も起きた試しはない。私はその場にうずくまった。
「うぅ……」
「ど、どうしたの?」
「あ、頭が……いつもより……」
「只事では無さそうだな、医者を呼ぶか?」
「だ、大丈夫……」
どうやら、二人は既に儀式が住んでいるらしく、私のことを心配そうに見ていた。あまり迷惑をかけたくないので私は必死に歯を食いしばった。しかし、堪え切れず、意識が遠のいていく。この時、耐えることができれば私の人生は変わっていたのだろうか?
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「クインシー!お願い!目を覚まして!」
……どれくらいの時間が経っただろうか。エアリーの声によって目を覚ますと、私は宿屋のベッドの上にいた。視界もはっきりしているし、体に異常はなさそうだ。何なら、倒れる前より体調が良いかもしれない。
「ごめんね、二人とも心配かけちゃって」
「気にするな……体の具合は良さそうか?」
「えぇ、もう大丈夫。エアリーありがとう、あなたが風の癒しを掛けてくれたのよね?」
「そうだけど……念のために自分でも回復しておきなさいね。また倒れられたら困っちゃうから」
「あはは、そうさせてもらうね」
正直言って体調は普段と比べても良い方なのだが、二人をこれ以上心配させる訳にもいかない。目を瞑り、精神を研ぎ澄ます。頭の中で精霊を呼び出し、私を回復するように指令を出すのだ。この技を使える人間は少なくとも、ギルドに登録されている者の中では私しかいない。尤も、似たような技は数多くあるのだが。
「回復命令!」
私の体を緑色の光が包み込み、瞬く間に傷を癒していく……筈だった。
「あ、あれ?ヒール!ヒール!」
必死に何回も唱えてみるが、やはり結果は変わらない。脳裏に嫌な予感がよぎる。
「ア、アンタもしかして……」
エアリーが動揺の声をあげる。こんなこと一度も無かったので無理もない。完全に私とは無縁だと思っていた調整という言葉が脳内を駆け巡る。
「……倒れた時にSPが尽きたのだろう。飲め」
SP……スキルポイントが無いと私たちはスキルの行使自体ができない。私はギラードから手渡された飲み薬を一気に飲み干す。スキルポイントを一気に回復する、飲み薬のような物だ。苦い味が口いっぱいに広がった。
「……回復命令」
それでも結果は変わらなかった。その後も体力が減ってないからだとか言われて、エアリーに叩かれながら唱えてもダメ。それにあろうことか、多くの人間が使える、もう一つの回復技である「風の癒し」も使えなくなってしまったことが判明した。私はヒーラーとして必須の技能を全て失った。
しかし、私の不遇はそれだけでは終わらなかった。
「えっ……じゃあ、生命転換も束縛蟲技や、神助の風翔も全部、使えなくなっちゃったっていうの?」
エアリーの提案で回復役は彼女が引き受け、私は補助に徹する役回りを担うことを薦められた。強力なタンクであるエアリーがヒーラーに転向してしまうと相手を惹きつけるのが難しくなりそうだが、私がサポーターになることで、安定性を高める寸法だ。
その提案を受け、レベルの低い魔物相手に色々と試してみたのだが、私は回復以外の技能も優秀な物を殆ど失っていることが判明しただけだった。
中でも、自身の体力と対象の体力を同一にする「生命転換」、スキルそのものの攻撃力は無いに等しいが、相手を縛りつけて継続的に手傷を負わせる技「束縛蟲技」、短時間ではあるが味方の俊敏性を劇的に向上させる「神助の風翔」、これらの損失は私がサポーターとしての転向すら許されないこと暗に示していた。
「……どうやら、そうみたい」
「そんな……どうしてあなたに限って……」
彼女がそう思うのも無理はない。私に起きたことは言うまでもなく《調整》によるスキルの剥奪なのだが、何故私なのか誰も説明出来る者はいなかった。パーティ内のみならず、冒険者全体でも屈指の実力を持つエアリーやギラードなら兎も角、個人の能力としては中堅冒険者にすら劣るであろう私が、何の間違いで極端に弱くされる羽目になったのだろう。
何なら、数こそ多くはないが、ギラードもエアリーも二人の能力に見合った相当優秀なスキルを多く獲得している。スキルは量より質がモノを言う。私も数こそ得たが、中身はイマイチだったので比較するまでもなく、二人の方が恵まれている。それに二人は殆ど有用なスキルを失うことはなかった。
神様の怒りにでも触れてしまったのだろうか?
私は特別信心深い訳ではないが、週に一度の礼拝をただの一度も欠かせたことはない。頂きますだって言い忘れたことは絶対にない。どれだけ考えて見ても、思い当たる節は無い。
私達の間に沈黙が続く。夕暮れの中、何分間も。
その静寂を破ったのは、ギラードの一言だった。
「クインシー。今日限りでお前には空の団を抜けてもらう」
導入部はここまで!次回からクインシーの冒険が始まりますのでお楽しみに!