断鎧(だんがい)の剣①
「ここだ。俺たちから貝を盗んで行った奴らはこの洞窟に戻っていったんだ」
「……薄気味わりぃところだな」
イワンに連れられて来たところは、足回りが海水で満たされた洞窟であった。海に隣接するようにして出来た洞窟は薄暗い中、青い水面が不気味に光って妖艶な雰囲気を醸し出していた。
ヘイシガニは基本的に薄暗いところを好む。彼らにとってここは恰好の住処だろう。
夜行性の魔物なので、気づかれないように貝を奪取出来ないかとグランが聞いて来たが、突然の襲撃に備えて群れの中に見張りの個体が常にいるらしく、それは難しいということだった。
となれば、交戦は避けられないだろう。
「日が沈んだら今以上に暗くなりそうね。グラン、準備は出来てる?」
「あぁ問題ないぜ。デカいの、見張りは任せたぜ」
「……二人に肝心なところを任せちまって、本当に済まないと思っている」
「気にしないで。それはこっちから申し出たことなんだから」
イワンの結界は岩紋と地紋だ。どちらも水を用いた攻撃に弱く、前回のロックウルフ戦時の私のように窮屈な立ち回りを強いられるだろう。
私達と比べて、経験の浅い彼に無理をさせるのは非常に危険だ。グランも地紋持ちで水属性の攻撃がやや苦手なので、庇いながら戦うのは難しい。
なので、洞窟の前で待機してもらって、安全を確保できたら速やかに貝を回収する役割を任せた。また万が一、餌を取りに洞窟を離れていた魔物が帰って来るかもしれない。その時、私達は背後を取られる形となるので見張りも兼任してもらうことにした。
暗く静かな洞窟内に私とグランの足音だけが響く。
足音といっても、僅かに入り込んだ海水によるものだが。しばらく進み、洞窟の最奥でヘイシガニ達がより集まっている、巣のようなものを発見する。
数はざっと5匹くらいだろうか。
見張りの個体が一匹いるが、岩陰から覗くこちらにはまだ気づいていない。
「……あそこが寝床か」
「一匹だけ、起きてる子がいるわね」
「まぁ、どのみちやることは一つだがな」
グランが右腕を振り上げる。同時に私もスキルを使う為の準備を始める。彼に毒を打ち込むのだ。何も謀反を起こす訳ではない。
前回の戦闘の後、詳しく話を聞いたが彼は毒で本来受ける筈の苦痛を生命力に変換する《アビリティ》を持っているとのことだ。
アビリティというのはスキルや身体能力とは別に個々人が持つ特殊な能力のようなものだ。彼の能力に似たものさえ私は知らなかったので、かなり珍しい能力なのだろう。希少性だけでなく、一人では扱えないという欠点はあるが効果も非常に強力だ。
一方で私のアビリティは相手に威圧感を与えるというものだが、あまり効果を実感したことはない。
魔物に大技を撃たれる回数を減らしてくれているとエアリーが言っていたが、今の私は回復をしつつ、粘る戦法が取れないので、今まで以上に活かすのが難しくなってしまった。それに大技を何度も撃たれる様じゃ、高難度の依頼を攻略するのは難しい。
大技を連発される前に仕留めるのがセオリーだ。
「双毒!」
「地壊震撃!」
突然の激しい揺れが魔物達を襲う。寝ている者たちも何だ何だと慌てだす。巣の内部にあると思われる、貝を殺してしまうことがないように加減しての攻撃なので、ある程度ダメージを負わせることはできたが、戦闘不能になった個体は見受けられない。
それでも、貝に何かあっては困るので地壊震撃を使うのはやめた方がいいだろう。
群れは突然の襲撃に慌てふためいているが、見張りをしていた個体がこちらに気がつき、仲間達に指示を出すかのように鋏を振り上げる。その様はまるで私達冒険者のようだ。
それに奮起したのか、二匹のヘイケガニがこちらに向かって突撃してくる。ただ、かなり距離があるので、迎撃することが出来そうだ。グランを見やると彼は無言で頷く。
「空裂風刃!」
両手から練り上げた真空の刃を放ち、接近してくる魔物の一体を大きく怯ませる。すかさず、グランが距離を詰め、怯んで動けない個体に追撃を加える。
「燕翔断!」
先程のダメージもあり、至近距離での攻撃は骨で出来た殻を打ち砕いた。続け様に攻撃を受けた個体はフラフラと倒れる。おそらく戦闘不能だろう。
今回の私たちの目的はあくまで水宝貝の奪取だ。
彼らの命まで奪うつもりはない。グランもそのことが分かっているようで、トドメを刺すことはない。
「キキーッ!」
仲間が倒され、怒った一匹がグランに挑みかかる。
彼は両手で攻撃を防ぐ。魔物が殴りつけたところから、水飛沫が捲き上る。まずい。近づき過ぎだ。
彼は水属性が苦手なのだ。
「グラン!」
「中々痛ぇな……ただこの程度じゃあ怯まねぇぜ!倍返しだ!」
反撃は鋭く、魔物を捉えて、弾き飛ばされた魔物はそのまま動きを止めた。口から泡が漏れている辺りから、気絶したのだろう。
「さて、残りの3匹は……うおっ!」
残った魔物の一匹が、口から粘液を吹き付ける。
グランはすんでのところで直撃は避けるが、足元に粘液がまとわりつく。
彼らは拾った素材を背負い込む際、体内で分泌される粘液を用いて体に固定したり、素材同士を接着することもあるようだ。
まさか、それを妨害手段に活かしてくるとは。
「チッ……動きにくくなっちまったな…………」
「守護命令!」
グランに受ける外傷を抑えるスキルを展開。私も巣の方へと距離を詰める。ヘイケガニは水や土を用いた攻撃を得意としているが、岩の技は使わないと聞いている。
重い弱点を突かれないのであれば、私の耐久力もそれなりに活かせるはずだ。それを見越して今回は少しずつではあるが、自動的に体力を回復する宝珠を着けて来ている。
「ギィーッ!」
こちらに突撃して来なかった内の一匹が鋏の内部から水の塊を生成、そのままグランに放出する。
「ちょこざいな真似を……貫鋭岩槍!」
グランは大地に手を当て、鋭い岩の大槍を生成し、大きく振り被って、投げつける。水の弾丸を撃ち出して来た個体は距離がある上、相手はスピードが落ちていると油断していたのか、反撃に大きく姿勢が崩れ、よろけて隙を晒す。
彼が身につけている、ロックウルフの牙がその威力を引き上げている。
「今だ!突撃命令!」
その隙を逃さず、走り込みながら得意の精霊を使ったスキルを放つ。飛び交う精霊達が弱った魔物に襲いかかり、戦闘不能に追い込む。
「「キィィィィ!」」
仲間が何体もやられて憤慨したのか、一際大柄の個体が私に向けて口から泡を吹き付ける。体を捻ってそれをある程度避けるが、その内の一つが眼前で大きな音を立てて炸裂する。
咄嗟に目を瞑ったが、左目の瞼がひりつく。破裂した泡が付着したようだ。しばらく左目を開けることは危険だ。狭まった視界に苛立ちを覚える。
「ちっ……目眩しまでしてくるっていうの!?」
「だが、隙ができた!てめぇの図体じゃ避けられねぇよなぁ!?」
グランは粘液により速度を落とされたものの、それでも尚、素早い動きで大型の個体に一撃を加える。
直撃を受けるも、他の個体より体格があるからか、まだ戦えると言ったように鋏を振り上げ、威嚇してくる。それと同時に、もう一匹の個体が何かを抱えながら大型の個体に寄り添う。
「なら、これで!…………ってそれは!?」
二体の魔物を同時に攻撃できる技を構えるが、その構えをすぐに解く。
「お、おい!これって探してた貝じゃねぇか!」
「ま、まさか……」
水宝貝を重そうに抱えた個体は一度地面に貝を置き、勢いよく鋏を打ちつける。蓬色の煙が貝から噴き上がった。
投稿少し遅れて申し訳ございません!
次回は今週末までに出します!




