宝薬を求めて③
「「い、妹!?」」
「しっ!他の奴らに聞かれたくねぇんだってば!」
驚いた。人を見た目で判断するべきではないが、彼のような大男が妹の為に貝を採りたいというのは、ちょっと想像が出来なかった。
グランも概ね同じ感想であったらしく、無言でただ目をパチクリとさせていた。
「ご、ごめんなさい、つい驚いちゃって……妹さんは幾つくらいなの?」
「嬢ちゃん達とあんまり変わんねぇな。妹は昔から体が弱くってな……医者に言われたことは色々と試してみたんだが、イマイチ効果が出なかったんだ。そんな中でこの依頼を見つけてな。依頼主が欲しがってるのは貝殻の方だけだから、中身はどうだっていいんだとよ」
「そっか……それでこの貝に拘ってたのね」
「あぁ。でも失敗しちまってな。妹は家で暮らす分には問題ないんだが、しっかりと外の世界を見せてやりたいんだ」
彼が恥を忍んでまで、頼みたかったことは家族を助けたいという純粋な願いだった。
私は実家を離れてから久しいが、兄妹のことと言われると弱い。どうしても受けたかった依頼がある訳ではないので、断る理由もないだろう。
水宝貝の身は死後、すぐに腐って効能を無くしてしまうので店で購入することはほぼ不可能だ。よって直接採取しに行くのが望ましいが、気軽に行けるところには生息していないので、ギルドの馬車やそれに変わる移動手段が必要になってくる。
モタモタしていると他の誰かが依頼を受け、達成してしまうかもしれないので、あまり時間はない。
「グラン、やりましょう」
「ハァ…………お前は嫌って言っても聞かないだろうからな。いいぜ、俺様も力を貸してやろう」
「本当か!?すまねぇな二人とも……恩に切るぜ」
「ま、報酬は全額、こっちに渡してもらうがな」
「あんた、人の心はないの?」
「…………二割くらい、多く貰えるか?」
「あぁ、構わないぜ」
そうと来まれば、明日の準備が必要だ。海に潜る訳ではないが、海岸の岩場あたりに水宝貝は分布していると聞く。足場が悪いのでそれに対応できる靴などを用意しなければならない。
最悪、見つからなければヘイシガニの群れから強奪するという選択肢を取れなくはない。なるべく避けたいのは語るに及ばすだが。
「今日はもう遅いから、依頼は明日受けよう。またここで落ち合う感じでいいか?」
「構わないわ。でも、海の方何て長らく言ってなかったから、必要なものがあったら今のうちに教えてくれると助かるんだけど」
「そうだなぁ……岩場や浅瀬にも結構美味い生き物がいるから鉄製の小さなシャベルか何かがあると良いかもな」
「了解……って、そんなことしてる暇はあるの?」
重たい貝を運ぶのにはそれなりに時間がかかりそうに思うその中で食べ物を集めている余裕は果たして残っているだろうか。
「別に緊急で貝が必要って訳じゃ無いからな。オレも依頼主も。早いに越したことはないが、折角なら海産物の一つや二つ持っていってもバチは当たんないと思うぜ?」
「だそうだ。美味い食いもん一杯持って帰ろうぜ」
「ちょっとグラン!遊びに行く訳じゃあないのよ?そこんとこちゃんと理解してる!?」
「わかってるって。必要以上にモノを採らないってのは冒険者の流儀だからな」
「うむ。分かればよろしい」
「何様だよおめぇは…………まぁいいか」
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「見てみて二人とも、コメツブガニとその巣よ!とても小さな体なのにせっせと働いて、大きな砂の城を作り上げるの!この巣なんか私達の背丈よりもずっと高いでしょ?あ!向こうでタテガイが顔を出しているわ!殻は頑丈で色々使えるし、塩をかけて焼いたり、バターで炒めたり、酒蒸ししたらすっごい美味しいのよ!取りに行きましょ!!」
「結局お前が一番はしゃいでるじゃねぇか!」
遂に海……ギアス海岸にやって来た。陽光が水面に反射し、キラキラと輝く様が非常に魅力的だ。
泳ぐ用意はしていないが、今すぐに飛び込んでしまいたいくらいだ。それほどまでに美しい。
また、今回は海岸から重たい貝を運ぶ必要があるので、馬車よりもパワーのある四足歩行の大人しい竜をギルドから借りて、イワンが手綱を取ってここまでやってきた。
人懐っこい個体のようだが、パラサウドは魔物だ。怒ると耳をつん裂くような大きな音を出す上、麻痺毒を口から吐き出すというのでおっかない。
なので行きはひたすら息を殺すようにして、時間が過ぎるのを待っていた。少々、ビビりすぎだったのかもしれないが。
ただ、今はそんなことも忘れてはしゃぎたくなってしまっている自分がいる。それほどに大自然というものは魅力的だ。私が冒険者になった理由の一端はこうした、素晴らしい自然を味わいたいという考えあってのことでもある。
「だって、海よ海!青々してて綺麗!あの岩場には何がいると思う?探してみましょうよ!」
「わ、分かったから引っ張んなって!俺様は水場が好きじゃねぇんだよ!」
「ガハハハ、二人は仲がいいな!オレの仲間はゴツいやつばっかりだからお前らが眩しく見えるぜ!」
「「良くない!」」
しばらくは岩場で水宝貝を探しつつ、様々な食用の貝を集めたりしていた。丸く、光沢のある殻を持つタマガキやゴツゴツとした石と見分けのつかない、イシガキなどの海でしか取れない貴重な食材が多数見つかった。天然モノの牡蠣は食べても売っても非常に美味しい垂涎の品だ。
しかし、狙いの水宝貝は見つからない。岩場以外の場所も探してみた。どういう訳か波打ち際に漂着していることもあると聞いたので、探してみたがそれでも見つからず。
日も沈みかけて来た。依頼の期限は長いが、長期戦になれば体力や集中力を消耗していくので見つかるものも見つからなくなってしまうだろう。
「…………ダメね。全く見つかる気配がしない」
「なぁ、その貝は岩場で見つかるんだろ?岩と同化しちゃって見つけられてないだけじゃねぇのか?」
「水宝貝は鼈甲のような色だが、独特に輝いてるからある程度目立つんだよ。石そっくりの貝も見つかる程に注意深く見てるんだから、見落としはなさそうだとオレは思うぜ」
「このままじゃ埒があかねぇな。場所を変えるしかないのか?」
グランの提案に私は何も返せなかった。以前、ここで見つけているということなのに、移動してしまうのは効果的ではないのではないか。
ただ、このままここに留まっていても、見つからないような気がする…………それはこの場にいる全員が薄々感じ取っていることなのだ。
束の間の沈黙の後、イワンが重い口を開く。
「……いや、そこであんた達の出番だ。ヘイシガニの巣は前回の探索で目星が着いている」
「となると…………そこに乗り込むの?」
「…………そのつもりだ。危険な行動ということは否定しない。それでも協力してくれるか?」
「その為に来たんだからな。わざわざ遠くから」
グランが頷く。私も同意見だ。
「勿論。妹さんを早く元気にしてあげましょう」
「…………すまねぇな。それじゃ、荷物を一度荷車に積み込んでから出発だ!」
「おーーーーっ!」
イワンが握り拳を掲げる。私もそれに倣って手を振り上げた。グランは手を挙げたものの、恥ずかしくなったのか、小声でくだらんと言った。
ここからは油断出来ない魔物との戦いが始まる。
気を引き締めて、挑むとしよう。
お待たせしました!
次回は明後日の夜を予定しています!




