宝薬を求めて②
「と、とりあえず頭上げてよ!話は聞くからさ」
「ほ、本当か!?す、すまねぇな嬢ちゃん……!」
人が見ている。それもかなりの数が集まっている。
決闘として腕相撲が行われる際に多くのギャラリーが集まるのはギルドでは一種の風物詩であり、取り立て珍しいことではない。
ただし、今話題の巨大なロックウルフを狩った期待の冒険者…………つまり私たちが大男に腕相撲で勝ったとなれば人が集まってくるのは想像に難くない。
私も似たような状況下にあったら、他の冒険者に釣られて見に行ってしまうだろう。それに負けた大男がさっきまで頭を地に擦り付けていたというのだ。
噂好きの冒険者達がこの機を見逃す筈もない。
「な、なぁ、どうやって勝ったんだ!?こっそり、スキルでも使ったのか!?」
「おれにも腕相撲の勝ち方教えてくれよ!」
「だぁーっ!うっせぇなぁ!野次馬どもはとっとと散りやがれ!!」
グランは煩わしそうに怒鳴ると一瞬、辺りが静かになる。が、すぐにざわめき出す民衆。今は夜なので皆、酒が入っているのも理由だろう。
今日は依頼だけ受注して、明日の朝に出発しようと思っていたが、色んな意味でそれどころでは無くなってしまった。
「うわぁ……すげぇことになっちまったな……」
人の集まりを見てポカンとした顔を浮かべながら、ぽりぽりと顔を掻く大男。他人事みたいな反応だ。
「ここで、これ以上話すのは無理そうね……」
「とにかくここじゃ埒があかねぇな。ちと遠くの酒場まで避難するぞ、ついてこい」
「あっ、うん」「お、おう」
人の群れを潜り抜け、何とか脱出し、私たちは街の中央にある噴水広場に集まっていた。
流石に外まで追ってくる人がいなかったのは、寒空のお陰だろうか?それとも、酒を手放してまで見に行く価値がないと判断したのだろうか?
「すまねぇなぁ、二人とも。気を遣わせちまって。それにさっきは無礼を働いて悪かったよ。オレの名はイワンってんだ。よろしくな」
「ちょっとびっくりしたけど、これくらい慣れっ子だから気にしてないわよ。私はクインシー、こちらこそよろしくね」
「別に構わねぇよ。何か訳ありみたいだしな」
「あぁ、そのことなんだが……どうしても手伝ってもらいたい依頼があるんだ」
「…………依頼?」
手伝ってもらう、ということは彼が依頼主ではないようだ。冒険者の身であっても、ギルドに手続きに掛かる費用と報酬金を用意できれば依頼主になることだって可能だ。実際、冒険者が用意した依頼を受ける可能性も決して低くはない。
「あぁ。嬢ちゃんは水宝貝っていう生き物を知ってるか?」
「ええと……強い薬効成分を持つ、大きな二枚貝だって聞いたことがあるわ。見たことはないけど」
「その通りだ。水宝貝は薬効成分だけじゃなくて、虹のようで綺麗な貝殻も宝飾品として人気があるんだよ。それを集めてくれっていう依頼なんだ」
「なんだ。そのレベルなら俺様達を頼らずとも、お前一人でクリア出来るんじゃないのか?採集するだけの依頼なら、時間をかければ余裕だろう」
グランのいうことはもっともだ。採集の依頼は目的となる生き物や鉱石等が採れる場所さえわかっていれば、難しいものは殆どない。
「それが……先日二人メンバーを募って依頼を受けたんだが、失敗しちまってな」
「…………ほう。詳しく聞かせてくれ」
採集の依頼で失敗……ありえないという訳ではないが彼はブロンズランクの冒険者だというので、そう簡単にポカをするだろうか。他の二人が初心者で、何か問題を起こしたのなら合点がいくが。
それでも、ドラゴンの卵を奪取するような危険極まりない依頼も時たま見かけるが、貝を集めることに危険があるようには到底思えない。
「俺たちのパーティも何とか、貝を見つけることは出来たんだ。ただ、その貝はすげぇデカイんだ」
「となると、重くて運べなかったってことか?」
「いや、両腕で抱え込めば何とかなる重さではあるんだ。ただ、あの貝は定期的に独特な煙を噴出してくるんだよ」
「いや、それくらい我慢しろよ」
「グラン、ちょっとうるさい」
「別に臭いから運べないと言ってる訳じゃねぇぞ。その匂いを……その貝そのものを好んでる魔物がいるんだよ」
「…………それって、ヘイシガニのことだよね?」
「知ってるのか!?嬢ちゃん!それなら兄ちゃんへの説明は任せたぜ!」
ヘイシガニ。魔物の中では小型ではあるが、それでも人の背丈の半分ほどの高さがあるとされている。
様々なものを背負い込んでおり、その内容は個体によって異なる上にどれも意味のあるものだ。
素材に草や海藻などを使うものは擬態が目的で、他の生物の骨などを鎧のような用途で身につけているものもいるなど、独特な習性を持っている。
群れで行動し、性格は比較的温和だが、群れの平和を乱すものや、あるものをテリトリーから持ち出そうとするものには容赦しない。そのあるものというのが、水宝貝なのだ。
彼らは陸地で暮らすことが多いが、浅瀬で暮らす個体は水宝貝を巣の近くに集めてしまう。こうなると彼らとの奪い合いは避けられず、依頼の達成は難易度がぐんと増すのは言うまでもない。
「……なんだ、じゃあカニどもはその貝を食べるってことなのか?」
「いや、どうも貝の出す煙にも薬効成分が含まれているらしいわ。それを分かっていて群れのある場所に貝を集めて、保護しているみたい」
「成る程。医療道具として活用している訳か。随分と賢いんだな、そのカニは」
「そうなんだよ!貝もカニ達が守ってくれるから、安心して暮らせるし、共生関係にあるってヤツだな。まぁ、これは全滅してから調べた事なんだが」
ガハハハ!とイワンは笑っているがそれは笑いごとではないんじゃなかろうか。まあ、笑い飛ばせるということは仲間は無事だったのだろう。
「で、俺様達にその貝集めの依頼を手伝って欲しいということか?勿論、タダでとは言わないな?」
「そうだ。頼む、報酬はオレの分も持っていってくれて構わない。どうか、手を貸してくれないか?」
「でも、依頼は他にもたくさんあるわよね?どうして、その貝を集めることに拘るの?」
「……他の冒険者連中には、黙っててくれるか?」
私は無言で頷く。彼の眼差しは真剣だ。
その上、報酬金を全額渡すなんて前代未聞。そこまでしてこの依頼をクリアしなければいけない理由は何なのだろうか。それは、同行する私達は知っておかなければならないことだと思う。
「妹を、助けてやりたいんだ」
彼は俯きながら、そう言った。
次回は明日か明後日の夜になります!
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