餓狼②
「何……これ…………」
私達が村に着くと、自警団と思しき、数名の男性と交戦中の魔物の姿が目に映った。既に何名かの人員は消耗し切っているようで、その場に倒れ込んでいるものや、撤退を余儀なくされているものもいる。
御者によれば六名程で挑んでいたということだったが、既に三人は戦える状態にないようだ。相手は、たった一頭のロックウルフ。ここまで村の大男達が追い詰められることがあるだろうか?
と普段なら考えていたかもしれない。ただ、この魔物は纏う空気感からして、全てが規格外だった。
「随分とでけぇな……それに前線のやつらはもう余裕が無さそうだ」
「御者さん!もう少し近くまで詰めれますか!?」
「わ、分かった!」
グランが感嘆の声を漏らす。
狼のような風貌から、ロックウルフであることは間違いない。ただ、それ以外が他と違いすぎた。
白い個体と黒い個体両方の特徴を併せ持つかのような、灰色の体色。体の節々からは鋭い岩石が伸び、まるで鎧のよう。大学も先程討伐した個体の二倍はあるだろう。放つ眼光は赤より紅い。
黄昏に照らし出される巨躯は得も言えぬ圧倒的な存在感と威圧感を放っていた。
「ありがとなおっちゃん、先に戻ってギルドに報告を頼むぜ。よし、そろそろ仕掛けるぞ!」
「りょ、了解!」
馬車から飛び降り、一直線に駆け出す私達を睨みつけている魔物の血のように紅い眼が語る。
群れるのは弱い奴らのすることだ。人間を警戒するのも弱い奴らの考え方だ。だが、俺は違う。お前らもすぐに立ち退かぬというのなら、容赦はしない。
恐怖に足が竦みそうになるのをぐっと堪える。
「行くぞ!俺に双毒だ!」
「了解!双毒!」
私はグランの指示通りに猛毒のスキルを彼に撃ち込む。再び、その体が淡い光に包まれる。結局、彼が毒に侵されている筈なのに体力が回復している仕組みは聞けなかったが、今は悩んでる場合ではない。
魔物はこちらの存在を気に留めず、半壊した自警団の方にトドメを刺さんとしていた。
「させるか!鉄鋼剛翼!」
魔物の懐に飛び込み、グランの一撃が決まる。
が、傷は浅いようだ。巨大なロックウルフがゆっくりとこちらに向き直る。
「グルルァ…………」
「自警団や冒険者の皆さん!この場は私達が受け持ちます!一度撤退を!」
「わ、分かった!くれぐれも無茶すんでねぇぞ!」
私は咄嗟の判断で戦っていた人らに下がるように、指示を出す。彼らはこの魔物と長い間戦って、既に消耗し切っている筈だ。
それに、グランの得意とするスキル、地壊震撃は周囲のものを巻き込む。例えそれが人間であっても。ここは一度引いてもらい、態勢を立て直すべきだろう。
「へへっ、中々良い判断をするじゃねぇか。補助はお前に任せたぜ!」
グランは不敵な笑みを浮かべ、魔物を挑発する。
完全に狙いが自警団から彼に切り替わったようだ。
魔物は後脚で立ち上がり、接近しているグランに長く鋭い爪で切り裂こうと挑みかかる。
「守護命令!」
その攻撃が届くより先に、グランに受けるダメージを軽減するスキルを飛ばす。使役された精霊が彼の周りを飛び回り、魔物が振り下ろした鉈のような爪と激しくぶつかり合う。
防御スキルの効果を以ってしても、衝撃は殺し切れず、彼はよろめく。が、すぐに魔物に向き直る。
「成る程、見掛け倒しって訳じゃなさそうだな」
「ガロオオォォォォォン!!」
魔物は遠吠えを上げると。今度は四つ足に態勢を戻し、口から炎を溢れさせる。まさか、こんな技まで会得しているとは……想像を上回り過ぎている。
グランは炎の技が弱点ではないので、炎を纏った牙による噛みつきを正面から受け切る。毒による回復が追いつく範囲内のようだ。
現状はこちらが優勢なように見えるが、先程グランは鋼属性スキルで攻撃している。なので、こちらが鋼紋持ちと判断した上で、その対策となる炎を纏った攻撃を選択している可能性が高いのだ。
運が悪ければ、私が一人でゴーストレントと対峙した時のようなことになっていただろう。
この魔物、力は勿論だが、相当な知性を兼ね備えているようだ。額に嫌な汗が滲む。ただ、魔物が攻撃を終えて隙を晒している今がチャンスなことは間違いない筈だ。私はグランに目配せする。
彼は一瞬、辺りを見渡した後、頷き返す。
「もう周りを気にする必要は無さそうだなぁ!喰らいやがれ、地壊震撃!」
「突撃命令!」
彼の大技に合わせて、追撃を加える。私は条件付きスキルでしかロックウルフの弱点を付けない為、今使える技の中で最高火力のもので攻め込む。
「ギャァァァン!?」
この挟撃にはさしもの魔物も、大きく怯む。
しかし、爪を力強く大地に噛ませて、体勢を崩すことを未然に防いでいた。
並外れた生命力のみならず、戦闘経験も非常に豊富なようだ。紅く鋭い眼光から、全く闘志を失ってないことが窺い知れる。すぐさま攻撃が来る。
「ウルヴォォォーーン!!」
魔物が天を仰ぐように咆哮すると、体毛や大地から岩石の粒が生成され、宙を舞うように浮かび上がってくる。その一つ一つが研ぎ澄まされた刃物のように鋭く、煌びやかな光を纏っている。
戦闘の最中だというのに、思わず見惚れてしまいそうになる。グランは兎も角、私がアレを喰らえば、一溜りもないだろう。結界の弱点を二重に貫かれるということは、その攻撃を四回受けるのと同義だ。
ただ、今は最初に挑発を放ったグランに注意が向かっている筈だ。私は次の攻撃チャンスを窺おうとしている最中、魔物が出現させた岩石の数が尋常では無い程に増えていく。グランが叫んだ。
「まずい!広範囲攻撃だ!」
「なっ……」
回避行動に移ろうとするも、あの物量を避けることは不可能だ。身を守れば、ダメージを抑えることは出来るだろうが、死ぬことはなくとも、戦闘不能になるのは避けられない。
どんなに強力な攻撃でも、守護結界というスキルで一度だけなら防ぐことができるが、私もグランも既に攻撃を行っており、スキルによる防御は間に合わないだろう。万事休すか!?
両手を交差し、衝撃に備える。最低限、身を守れることを祈る他ない。歯を食いしばった。
「ガルルガァァァァァン!」
魔物が一喝するように吠えると、刃のような土石流が巻き起こる。私は両手を眼前で交差し、衝撃に備える。歯を食いしばった。
が、一向に攻撃が来ない。いや、違う。
既に攻撃は開始されている。
ドス、ドス、ドス。
柔らかいものに何かが突き刺さるような音だ。
ドス、ドス、ドス。
何度も。何度も。耳を塞ぎたくなる、鈍く嫌な音。
私は即座に構えを解き、目を見開いた。
「ぐっ、流石に二人分はちと堪えるな……」
「グラン!」
攻撃が来る合間に、グランが私の前に飛び込むことで、激しい攻撃を肩代わりしてくれたのだ。
当然、魔物もそれには気づく。私達二人をまとめて一網打尽にする為、放射状に攻撃を放っている。
しかし、一人がもう一人の射線上に割って入るのであれば広範囲への攻撃は非効率極まりない。
岩石の扱いに長けたロックウルフであれば、攻撃の最中であっても、狙いを絞って一極集中で岩の刃を飛ばしてくることだろう。
百は裕に超える圧倒的な物量から繰り出される連撃を、グランは避けようともせず、受け続けたのだ。
毒による回復も間に合う確証がないのに、私のみがわりになって。
「ど、どうして……」
「俺のことはいい……次の一手を考えろ……」
次の一手……そうは言っても、私に出来ることは一度きりの成功するかも分からない策を除いて、時間を稼ぐこと位しかない。
まずは彼が回復するまで、グランに向いた注意を引き剥がさなければならない……でも、どうやって?
多少攻撃したところで、この歴戦の個体の経験値と知性があれば弱っている方を優先して攻撃してくるだろう。私の攻撃ではその意識を刈り取れない。
魔物の強烈な一撃でこちらが一気に劣勢になったところ、空に暗雲が立ち込める。まるで今の戦況を表しているかのようだった。
自分の無力さに舌打ちをした刹那、空がほんの一瞬、明るく光ると瞬きするよりも早く、稲妻が魔物を一閃する。
「グルォ!?」
想定外の一撃を受け、狼狽する魔物。
だが、すぐに平静を取り戻し、戦いの最中、不意打ちをしかけて来た無礼者へと向き直る。
魔物が睨みつける先には、白黒の衣装を纏い、馬に跨った冒険者の姿があった。
「村民の避難は完了した!これより加勢する!」




