餓狼①
「や、やった!あなた達もよく頑張ったわね!」
完全に沈黙した二頭のロックウルフをみて、ほっと胸を撫で下ろす。そして、少し離れた所に避難していた子羊達を抱きしめる。
彼らも安心したのか、嬉しそうに鳴いている。
「グラン、お疲れ様。牧場主に報告して、上がりましょうか」
「…………依頼の内容、覚えてっか?」
「えっ、ロックウルフの討伐……」
妙なことを聞かれて首を傾げる。討伐は既に終了、依頼は達成されたのだ。だというのに彼は神妙な面持ちで二頭の魔物が出現した方角を眺めている。
何故今更…………?
「そんなことは分かってる。問題は数だよ、数」
「数?…………あっ!」
「やっと能天気なお前でも飲み込めたようだな」
そうだ。この依頼はロックウルフ三頭の討伐だ。
目の前の脅威が去り、気が抜けてしまっていた。
頭数が指定されている場合は、基本的に依頼主がそれだけの魔物の数を発見しているということだ。
故に依頼を完遂した訳ではない。
ただ…………どうしても気がかりな点がある。
「でもさ、ちょっと引っ掛かる部分があるんだけど」
「……なんだ?」
私の頭に浮かび上がる疑問点。それは何故、本当に三頭目の魔物はいるのかどうかだ。
ロックウルフは群れでの行動が中心の生態を持つ。また、元来ではこの一帯では余り見かけないということもあって、単独で暮らしている個体がいることは考えにくい。
三頭の討伐と言われても、正確にこの地域の調査が行われている訳ではないので、同一の個体がカウントされていることだってある。以前、空の団にいた時も似たような経験をして来た。決して帰りたいからって、適当なことを言っている訳ではない。
私はその旨をグランに伝えた。
「成る程、その考えは一理あるな」
「報酬金は予定より減っちゃうけど、こればっかりは仕方ないよね?」
「あぁ。それは別に構わないんだが……」
彼は何か浮かない様子だ。納得できない部分があるのだろう。報酬金や依頼の成否については勿論、全て台無しなんてことはなく、目標を途中まで達成しているのでそれ相応の評価は得られるのだが……
「なぁ、同じ個体を見間違えるってのは有り得るのか?常に集団で行動するなら、一個体だけじゃなくてもう一頭もセットで付いてくる筈だろ?」
「た、たしかに……」
「一応、御者が迎えに来るまでは待機しておくべきだろう。チビどももいることだしな」
グランはそう言って子羊達を指差した。
彼の言う通り、用心するに越したことはない。 ただ、どうしても三頭目がいるとは思えなかった。
ロックウルフは魔物の中では小さい部類で、群れに馴染めない個体は多くの場合、餌を満足に得ることができず餓死したり、他の強力な魔物に淘汰されてしまうと聞くのだ。それは簡単な話。
一匹狼などと言う言葉があるが、それは自然界では非常に稀なケースと言っていい。進化の段階で群れることを選んだ生き物が独力で長く生き延びられる程、この世界は甘くない。
とはいえ、この子達に何かあっても嫌だ。今日一日ここの警備に努めることにしようと思う。
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それから、私たちはしばらく、牧場周辺の見回り等を行ったが、三頭目の魔物はついに現れなかった。
途中、私は依頼者である牧場主に挨拶や今日一日の報告を済ませに行った。子羊たちの元には単独でもロックウルフを撃破できるグランに残ってもらっていたが、呆れる程に暇だったという。
牧場で暮らす他の動物たちは、近くの村の自警団や村に立ち寄っていた冒険者の手を借りて、村の中で一時的に匿っていたらしい。
ロックウルフは基本的に人間を恐れないが、集団となれば話は別だ。いくら家畜がたくさんいる場所といっても、人の生活圏である村を襲撃することは考えにくい。人間が家畜を守る為に集団で武器を取ることも彼らは充分に理解しているからだ。
「もう、日が沈んで来たな……そろそろ引き上げても良さそうだな」
「そうね。」
「メェェ……」
「よしよし。また来るから元気にしててね!」
魔物がいなくなったのであれば、村に預けられていた動物達が牧場に搬入されるだろう。そうすれば、彼らも安心できる筈だ。
この子達と別れは寂しいが、これ以上接している時間が増えると今以上に情が湧く。
ここに長く留まる理由はないのだ。自分にそう言い聞かせ、引き上げようとした矢先のことであった。
「ぼ、冒険者さん!た、大変だぁ!」
「何だ御者のおっちゃんじゃねぇか、今から村に向かおうと思ってたのに。わざわざ迎えに来てくれたってのか?」
「む、村に魔物が出たんだよ!それも大きい奴!」
「「な、なんだって!?」」
私たちは馬車に乗り込み、すぐさま村へ向かう。距離はそう遠くない。時間は然程かからないだろう。
「御者さん、村の被害状況はどうなの?」
「それ程でもねぇ、自警団やたまたま村に訪れてた冒険者が何とか、門の前で食い止めてくれている。おらはあんた達を呼ぶ為に逃がしてもらったんだ」
「魔物の種類は分かるか?」
「いんや、狼のような姿をしてたんだが、詳しくは分からねぇ……」
「狼!グランまさか……」
「そのまさかだな……村の家畜に目ぇつけやがったみたいだ。おっちゃん、もっと飛ばせるか?」
「あ、あいよ!」
御者が軽く鞭を打つと、馬はいななき、速度を上げていく。心臓の鼓動が速くなっていくのか分かる。
村を単独で襲撃する程の個体。想像するだけで全身の毛が逆立にそうになる。
しかし、それと同時にどんな相手が待ち受けているのか、ワクワクしてしまう自分もいた。出発前にはロックウルフとの戦いを心の底から嫌がっていた筈なのに。私の頭はどうやら、冒険者を続けすぎて、馬鹿になってしまったようだ。
村はもう、目と鼻の先だ。




