初陣③
ロックウルフは狡猾な魔物だ。訳もなく人間を襲うことは少ない。それは報復を受けることをよく理解しているからだとか、人肉が好みではないからだとか色々議論されているが、それは定かではない。
ただし、彼らは魔物にしては小柄とはいえ、人間を大きく上回る身体能力を持つ。故に人を恐れている訳ではない。なので、人が目の前に居ようとも家畜等の獲物には容赦なく遅い掛かるのだ。だから、彼らを狩りたいのであれば、囮である子羊の横で待機していても、何も問題はないだろう。
しかし、それでは相手が突っ込んでくるのを待たなければいけない。つまり、正面切っての真っ向勝負になる訳だ。
狩りをする上では奇襲をするのが定石とされている。これを卑劣な行動と揶揄する者もいるが、こちらも命が掛かっている。綺麗事など言ってられない。それに今回は子羊たちの安全も確保するとなると、大きな隙は与えられない。そうなると、迅速な討伐が求められてくる。
私はグランに提案し、魔物が襲撃してくるであろう夕刻までにありったけの藁を集めた。幸い、この牧場は羊だけでなく、他の動物も相当数飼育しているようで、多くの干し草などが得られた。
それを子羊達のいる牧場の中心にテントのように積み上げ、その中に私達は身を隠すことにした。
「なぁ、これ本当に意味があるのか?」
「分からない。それでも何もしないよりはずーっとマシだと思う」
「そうかもしれないけど。臭いし蒸し暑い」
「それは私も同感。でも、もうすぐ来るはず」
あたりは既に日が沈みかけていた。そろそろ魔物が現れる時間な筈だ。藁の中に隠れている理由は単純。何も遮蔽物の無い牧場の中央でも、身を隠せるようにする為だ。
ロックウルフは魔物の中でも嗅覚は鋭い方とされているが、それでも犬には劣るらしい。動物の匂いが染み付いている牧草の束なら、問題なく身を隠せると踏んだのだ。
この作戦を提案した時、グランには呆れられたが、他に何か有効な手段を提示するように言ったら、すぐに黙った。
また、戦闘前にできる準備として、宝珠と呼ばれる装飾品の変更も行なった。以前は、純粋に回復力を高めるものを使用していた。だが、その宝珠は今の私にとって、無用の長物。
結局、追い込まれた時に一度だけ、超スピードで動くことができる《逆転の宝珠》に付け替えた。私のように俊敏性の低い冒険者にとっては、条件つきであっても行動回数の確保に繋がる道具はかなり重要になってくる。
体力が減った時に回復することができるものと天秤にかけ、非常に悩んだが、一度攻撃を受ければほぼ瀕死になるような状況で、多少の回復効果じゃ役に立たないという結論に落ち着いた。あまり使ったことのない、オレンジ色に輝く宝珠を
見つめると、不思議と自信が満ちてくる。
「メェー……メェー……」
暫く待つと、子羊達がそわそわと落ち着きなく動き始める。その視線の先は遠くの茂みにあるようだ。ここからではハッキリとは見えないが、ぼんやりと赤く光る目を見つける。
その瞬間の出来事だった。
「メ、メェー!!」
子羊の一匹が恐怖心からか悲鳴を上げる。刹那、茂みから勢いよく、一対の影が飛び出してくる。ロックウルフだ。
体毛が白い個体と黒い個体に分かれている。
「グラン!」
「あぁ!」
「あなた達は出来るだけ遠くに逃げなさい!」
ロックウルフが牧場の柵を飛び越えるや否や、私達も藁束から飛び出す。予想していなかったであろう、相手の出現にほんの一瞬、魔物達はたじろぐ。
一方、子羊達は私の指示を理解してくれたのか、一斉に駆け出す。賢い子達で良かった。彼らに距離をとって貰ったのには理由がある。私は低空に浮かび上がった。
空紋持ちの人間は多少であれば、空を飛ぶことができる。私は素早く飛ぶのは苦手だが、今は地面に足をつけていなければ問題はない。グランが大きく叫ぶ。
「大地よ唸れ!地壊震撃!!」
俊足なことで知られる、白い個体が飛び掛かるよりも先にグランが先制してスキルを放つ。作戦が功を奏し、隙を作ることが出来たからだと思いたい。
大地が大きく揺れ、魔物の動きが止まる。
ロックウルフは地属性の攻撃にはめっぽう弱い。加えてグランは地紋を持っている為、高い火力で地属性のスキルを行使できる。
今、彼が使ったスキル「地壊震撃」は、地面を大きく揺らし、その衝撃波などで攻撃するものだ。
威力も高く、咄嗟に避けるのも難しい強力な技だが、味方や周囲の物を巻き込んでしまう為、扱いがやや難しい。
ただ今回に限って言えばこちらに悪影響は一切出ていない。私は空中に退避しているので、当然ながら影響はない。子羊達も動揺こそしているが、あらかじめ距離を取っていたお陰でダメージは負っていないようだ。
強烈な大地からの衝撃が、一方的に魔物を襲う。
「キャウゥゥゥン…………」
近い距離で巨大な地響きを受けた白い個体は眼を虚に開いたまま、ぐったりと倒れる。もう二度と立ち上がることは無いだろう。比較的遠くにいた黒い個体も体勢を崩し、地に顔を何度も埋める。致命傷のようだ。
「やった……の?」
「まだ気を抜くなよ、ほれ見ろ」
勝利を確信仕掛けるも一転、一度は倒れた黒いロックウルフが後脚をもたげて、二足歩行で立ち上がり、威嚇する。赤い眼は怒りに満ち満ちており、グランに殺気を放っている。
「クインシー!俺に双毒を放て!」
「ななな、何を言ってるの!?」
「いいから早くしろ!お前が孤立した瞬間、全てが終わるんだぞ!」
「どどど、どうなっても知らないからね!」
突然の指示に私はたじろぐ。地壊震撃を当てるところまでは手筈通り、一切問題はない。
しかし、双毒を使えることが重要というのは既に聞かされていたが、何を血迷ったか彼は自分にそれを撃ち込めという。ハッキリ言って訳が分からない。
それでも、彼は元ゴールドランクの冒険者だ。何か理由があってのことなのだろう。私は考えるのをやめ、グランに対象を猛毒にしてしまうスキルを撃ち込む。
紫色の霧に包まれながら、彼が叫ぶ。
「ハハハハハ!これで俺様は無敵だ!かかってきやがれ、狼野郎!」
「ガルルガァッッッッ!」
既にスキルを使ったこちらより早く、魔物が仕掛ける。狙いは勿論、手傷を負わされた上、仲間の仇でもあるグランだ。
体毛から鋭い槍のような岩石を出現させ、あろうことか前脚でそれを掴むようにして投げつけてくる。黒いロックウルフは二足歩行することがあると聞いていたが、その姿は槍投げをする人間そのものだ。鋭い岩石の槍が空を切る。その重い一撃がグランに突き刺さる。
「つっ……」
「グラン!一旦引きなさい!って、これは……」
どういう訳か毒と大技を受けた筈のグランの身体が緑色の光を帯びている。大きなダメージを負っていた様子だったが、彼は余裕のある表情をしていた。
「ど、どういうこと……?」
「説明は後だ。今はコイツを片付けるぞ!」
「わ、分かってる!突撃命令!」
魔物は渾身の一発が入ったというのに、すぐに臨戦体制を取ってくるグランに驚いたのか、隙が出来ていた。私はその隙を突き、精霊を飛ばして攻撃を加える。遠距離射撃ではあったものの、瀕死の状態のロックウルフはこれを耐えることが出来ず、倒れてピクリとも動かなくなった。
私達の勝ちだ。勝つことが出来たんだ。
次回の更新は明日の夜を予定しています。
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