89話 夜
2人はお風呂に上がり、言葉を交わさずソファーにだらりと体を預けた。タオルで拭きとっただけの髪をソファーに付ける。二人ともガサツな性格であり、髪が湿っていることに疑問も浮かぶことは無かった。
「ウインドー」
ベルエットが軽く説いた呪文は言葉との隙間がなく発動された。火や水が出現することは無いが、ベルエットの髪が巻き上がる。上空に目的地があるのか、ベルエットの長い髪の毛は浮かび上がり頭の上で靡く。
十秒ほど上がった髪は次第にソファーに落ちていった。落ちた髪はまだ、ソファーとの間に紙一枚分残っているのか、ふわりと浮き上がっているようだった。
「ベルエット私にもやってー」
既に眠りに付いているのかユイラは甘い声でベルエットに髪を乾かしてほしいと頼んだ。
「ウインドー」
再びベルエットは言葉を説きユイラに魔法をかけた。ベルエットよりも短い髪が持ち上がり靡いた。先程よりも数秒短く魔法は解け、ユイラの髪は肩に乗った。
「風魔法に熱を加えてるの?」
「うんー」
間延びした返事が返りユイラが隣を見るとベルエットは寝息を立てていた。
この疲れはおそらく魔法の使用によるものではないのだろう。今日一日でベルエットは魔法を乱用してた。あくまで私から見たら乱用であって彼女からすればそれが日常の一部。呼吸みたいなものなのだろう。これ程までに高められた魔法で財を稼ぐことは容易なはず。借金などと言っても既に返済も可能なのだろうが、終わっていない。莫大な借金なのか、他に理由があるのか。結局彼女が今日一日で話してくれることは無かった。
「ほら、ベルエット立って」
ユイラは目を瞑っている肩を叩くが一向に起きない為、脇を掴み持ち上げた。細い体にもしっかりとした重みはあるのか、ユイラは膝を曲げ力を込めベルエットを立ち上げた。
「うぅ..」
唸りながらも両足で立ったベルエットはユイラに掴み歩き始める。途中階段の角で脛を当てパッチリと目が開くが、痛めた場所を摩り直ぐにくたっと睡眠との狭間を彷徨った。
「ほらあと少しだから」
ユイラは声を掛けながらベルエットを引っ張る。
階段を上り終え、寝室に入ると薄暗くユイラも睡眠欲を搔き立てられた。蝋燭に火を付け、バランスを取りながらゆっくりとベッドの近くに行く。
ベルエットをベットに放る前にサイドテーブルに蝋燭を置き、少しだけ荒いが軽くベルエットを押した。
ベルエットは沈んでいくように眠りに眠りに付くと思われたが、何故だかその場で胡坐をかいた。
「ユイラこれ何?」
手でベッドを押し、ベルエットは声を上げた。
「おそらくベルエットの矢のおかげで出来た、ベッドだよ」
「そうっかー」
ベルエットの気分は波が高いのか直ぐに体を倒し、睡眠を貪り始めた。
「じゃあ、お休みー」
ユイラはベルエットに一声かけ、蝋燭に軽く息を吹きかけた。音もなしに灯りは消え部屋は一瞬にして暗くなった。
何か忘れている気がするが、何かが思い出せない。洗濯物はしたし、畑にも水はやっている。何だろうか。
ユイラは天井に薄っすらと見える木目を見つめながら眠りに落ちた。




