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85話 匂い


 ユイラの家の前、ベルエットは口をパックリと開け見上げていた。

 ユイラの家はこの辺では標準的である。倉庫などを入れれば少し大きな家になるが、特別大きいと言うほどでもない。

 ベルエットは何やら甘い香りがするのか二、三度鼻を啜った。


「土、払ってから入ってね。お尻に沢山ついてるし」


「あ、うん」


 しおらしくなったベルエットは服に付いた土埃を払いユイラの家の中に入って行く。


 木の匂いがする。嗅いだことの無いような爽やかな気の匂い。人が暮らし、蓄積し、色を出す木の匂い。他人の家なのにどうして心がこんなにも落ち着くのだろうか。


 ベルエットはユイラの後を追い、椅子に座った。目の前には大きな机。ユイラは隣のキッチンで何やらしゃがみ込み作業をしているようだった。


 私は部屋の中を何度も見渡してしまう。装飾なども余りされておらず木を基調とし全体的に簡素な物となっていた。今座っている椅子も木を加工し塗装などはなにもされていない椅子だ。それでも、人が住んでいる温もりは色濃く出ているし、所々に何故だか物が転がっていた。


「ベルエット、今魔法使える?」


 見えないとこから聞こえた声はしゃがんでいたユイラの者だった。どうやらユイラは魔法が上手く出すことができないのか、出せるのかと聞いてきた。勿論出せる。


「何すればいいの?」


「コップ渡すから炭酸にしてほしい」


「そんなことで良いの?」


 ユイラが蜂蜜レモンの瓶を台の上に置き、蓋を開ける。甘みのある蜂蜜が強く広がり、追随しレモンの香りが薄っすらと広がる。

 ベルエットは匂いに吊られユイラの方を注視せざるを得なかった。

 ユイラはコップに適量の水を入れベルエットの前に置いた。

 

「これによろしくね。私はお昼簡単に作るから」


「はーい」


 ユイラはキッチンに戻り火を付ける。ベルエットはコップに鼻を近づけ匂いを嗅いだ。


 初めてこんなにもいい匂いを嗅いだ。優しく、甘い香り。頬骨辺りからじゅわりと唾液が溢れ出し口の中を湿らせた。湧き水の様にじゃぶじゃぶと溢れ出す唾液。舌が敏感になり唾液の味を感じる。


 あ、思い出した。

 ベルエットは近くの窓の外を見た。ついさっきこの部屋に入ってきたことが大分前に感じどこか懐かしさが浮かぶ。

 入ってくるときに嗅いだ匂いだ。この優しい蜂蜜の匂い。少し甘ったるくでも、包まれてもくどさがない。優しい香り。


「ねぇ、ユイラ」


 フライパンの中でオリーブオイルが跳ね音を立てる。その音に負けない少し張った声でユイラはベルエットに応えた。


「この町は蜂蜜が有名なの?」


「なんて?」


 何も考えず出た言葉。

 バチバチと音を立てるオリーブオイルで聞こえなかったのかユイラは聞き直した。

 再び蜂蜜が有名なのかと聞き返しても良かったがそれはまた静かな時に聞こう。


 ベルエットは右手を空気を掴み取るように包み込み二つの透明な球体を作った。透明な球体を一つづつコップに入れる。透明な球体は直ぐに溶けだし、次第にコップの中に気泡が生まれ始めた。


「炭酸にできたよ」


 声を張るように意識しベルエットはユイラに伝える。


「ありがと」


 ベルエットはユイラの言葉を聞いたあとコップの中で浮かぶレモンと気泡を眺め優しい匂いに浸った。

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