8話 生と同じぐらい
森からついて来たのだろうか。リュックからフワボウが這い上がり机でクルクルと回っている。白色のふわっとした毛に真ん丸な目。開いたまんまの楕円状の口。六本の足。正直あまり可愛いとは言えなかった。
「足がもっと可愛かったらな」
ユイラは髪の毛をわしゃわしゃとタオルで水分を取っていき、椅子の上に掛けた。簡単に手櫛で髪を梳いている最中もフワボウは机の上でクルクルと回る。時折こちらを見る仕草は何かを訴えているようだった。
しかし、ユイラはそんなフワボウを気にせず水筒の中のお茶を一気に飲み干す。喉を鳴らすその音は次第に早まり、水筒の中からお茶が無くなった。
既にガユラ叔母さんの所には多くの村の人が集まっているだろう。
ガユラ叔母さんは村長の夫人であり村長がなくなってからは、村長を息子のガートに移行した。しかし、ガユラ叔母さんは画期的な発明をしてきた発明家であり村の皆からとても愛された人気者だ。よく笑う笑顔の絶えない人の葬儀に湿っぽくいくのは何か違う気がした。
ユイラは両手で頬を強く叩き引き攣った口角を元に戻す。上着を羽織玄関を抜けるとエイラとミツネが何故か待っていた。
「何でいるの?」
「ミツネが迎えに行こうって言ったから」
エイラが質問に答えるとミツネはニッコリと穏やかな笑みを向けた。水色の髪色は春のイメージと少し違うが、その笑みは暖かな風を送ってくれた。
暖かな風が吹く。暑くも寒くもないとても心地よい風が吹く。木々が大人しく揺れ音を奏でる。鳥の鳴き声や虫の鳴き声、子供たちの可愛らしい声、様々な音が重なり、ガユラ叔母さんを送るファンファーレのように村を暖かく包んだ。
「今日の夜ご飯は決めてるの?」
「まだ、何も決めてない。保存箱何か残ってる?」
3人の会話の中にはガユラ叔母さんの話題は出てこない。家に着いたら沢山の話をするだろう。村の皆は心の何処かでわかっていた。もう、寿命が来ることを。ただ、それを少しだけ先延ばしにしようとユイラは考えていただけだった。
「んージャガイモと人参はあったかな」
確かこの前、北にあるルーグル国から来た販売人から買った気がする。向こうは冬だからな。
幽遠の森を囲む4つの国は場所によって季節がずれている。研究者たちは幽遠の森からの何らかの影響だろうと予測を立て研究を進めている。
その季節のずれが大きなメリットとなっているのが販売人だ。販売人はその季節にあった食材や物を他国に行き販売する。普通に買うよりは高くなってしまうが、狙い目は王都での販売なので村なのでは比較的安価で売ってくれる。
まぁ、此方のお財布事情も知っているのだろう。
「じゃあ、無難にスープとかにする?」
「私、トマト持ってくる。早めに熟したやつあるし」
ミツネ家のパン屋さんで使われる野菜は全て自家栽培であり季節ごとにサンドウィッチの中が変わる。春は緑多めのサンドウィッチであり特に女性に人気だ。
「あ、そうだミツネ。サンドウィッチに入ってた黄色いソースは何?」
「あ〜まだ試作品のマヨネーズ。なんか、コージが作ったの。確か卵と酢と油?とピクルス?っての入れてた」
「ピクルス?」
そんなもの入っていただろうか。噛んだ時の気持ち良いパンの食感。中の野菜がシャキシャキとしていて、ソースに絡まりとても美味しかった。他に変わったところ、歯応えの良い細かなもの...
「粒々してたやつ無かった?」
「あった気がする」
「それがピクルスらしいよ。たまたま来た販売人から買ったんだって」
ユイラとエイラは口をぽかんと開け首を傾げた。村ではピクルスを聞かないので想像ができないのだ。
「まぁ、定番商品にはまだならないかな。販売人の仕入れ次第」
「そっかー残念」
「そんなに美味しかったの?」
「うん」
雑談を交わしながら村を歩き他の家より少しばかりでかい家に着いた。既に多くの人がガユラ叔母さんに会いに来ており、ざわつきが広がっている。
村の人々には悲しい表情はなく、穏やかに笑い合っている。昔の思い出を遡り微笑む表情はとても良い心地よいものだ。
「じゃあ、顔見せに行きますかね」
ユイラは二人より先に部屋に入り、ガユラ叔母さんに笑顔を向け感謝を伝えた。
「ありがとう。お疲れ様」
ゆっくりとした言葉に反応を見せないが、目の前で安らかに眠る彼女はとても美しく、華やかだった。
人間は生まれる時と同様に、亡くなる時もまた美しく、華やかだ。私はここに生まれてとても幸せだ。
心地よい温度が部屋を埋め尽くす二人だけの空間は、生と死の狭間のような場所で、息を強く吐くと崩れてしまうような繊細な時が流れていた。