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79話 女王


「私のこと知ってるの?」


 砂の削れる音と共に銀色の球体が右に回り始めた。


 現れた顔は私が発した言葉通り、エット・ベルエットだった。何故こんなところにいるのかはわからないが、彼女が地面に埋まっていることは容易にわかる。それが、アガアリの穴と言う事も。


「魔染火大会の時王都で見た」


「王都で?」


「うん」


 わざわざガイスのことを言わなくてもいいだろう。別にガイスが敵対視しているわけではない。何となく理由を言いたくないのだ。


「それよりさ、ここから出してくれない?」


 ベルエットはユイラを見上げながら訴えた。頬が汚れ髪にも砂埃が掛かってとても見っともない姿をしていた。ベルエットの声はカラントした可愛らしさよりもしなやかな伸びのある声をしていた。


 声と今の状況がミスマッチしている事にユイラは笑い、反対にベルエットは不安な顔をしていた。アガアリが周囲を囲んでいるからだろう。時期に穴の中に入り込み獲物ベルエットを連れ去るだろう。


「魔法で出てこれないの?」


 嫌味っぽくなってしまっただろうか。母親は世界の注目を浴びる魔法使いエット・ペーラーであり、目の前にいる彼女もまた世界を動かす可能性を秘めた魔法使いなのだ。下層の魔物など、へでもないだろう。


「魔法が使えないの。魔力はあるのに、術も組めないし、狭くて杖も出せない。詠唱魔法もなんだか発動しないの」


 魔法が使えない?魔力はあると言っていた。更にベルエットは杖を使わなくても詠唱で魔法が使える。そんな高度な事ができるのに現状魔法が使えない。


「あ、そういえばアミスも杖使ってなかったような」


「ブツブツ言ってないで助けてよー」


 喉に痰が詰まったのかガラついた声を出しながらベルエットが懇願するようにユイラを見た。


 魔法が使えない。穴の周りには赤い点があるからアガアリの作った穴で間違えない。ここは下層。ありえるのかそんな事が。


「ねぇ、ベルエット。水魔法も使えない?」


「使えない」


「土魔法は?」


「使えない!」


 獣の様に喉を鳴らしこちらに威嚇する。しかしながら目は揺らぎ動揺が見て取れた。


 まさか、女王。


「ねぇ、ねぇ!なんか後ろから気持ち悪い音が聞こえるんだけど」



 木々がガサガサと揺れ、辺りの鳥たちが空に飛び出した。目印にしていたアガアリはいつの間にか数を増し、低いが壁を形成していた。アガアリの上にアガアリが乗りまたその上にアガアリが乗る。円状にできた小さな壁。しかし、埋まっているベルエットには目線の高さまで積みあがっていた。


「ここ、深層じゃないのに」


 枯葉の擦れるような小さなアガアリとは違う、ざらりと重い足音。

 聴覚が危険信号を放ちすぐさま壁の上からベラリエラの脇に手を入れる。


「やばい、やばい、やばい。女王の穴だよ!!」


 ユイラが必死にベラリエラを持ち上げ肘が穴から抜け出した時、ユイラの左斜め前の木々の間から湾曲に曲がった細長い触覚、ぎろりと網目状をした大きな目がこちらを向いた。


「じょう、おう、だ..」


 



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