72話 渡した意味
『私の家にあるかも』『私の家にある』『ミツネの家にある』頭の中で反響する言葉は次第に自身の思う方に強く誘導されていく。
ユイラの歩幅は次第に短くなり回転も遅くなる。家まであと少し、屋根が見え始めているがユイラの足はそこで止まった。
「どうしたの?」
下を向いていたユイラの前でミツネはしゃがみ込み顔を覗き込む。
心配するようなミツネに対しユイラはミツネの肩を強く掴んだ。
「家に連れてって」
「ちょ、近いって」
二人の距離は鼻先が付きそうなほど近づいている。しかし、ミツネがしゃがみこみバランスを崩した為か、ユイラが上から体重を立てている為か、どちらかが原因かは分からないが頭をぶつけ合い倒れ込んだ。
「「いったー」」
二人は固い地面に寝そべりでこを押さえる。
空を見上げると高く登った日が目に刺激を与えた。反射的にまっぶたが閉じられ、少しだけ目の奥が痛んだ。隣で倒れたミツネは起き上がったのか私の頬を指先で突く。薄目を開けると白く細い物が見えるが何かが浮いているわけではなかった。目を擦りながら上半身を上げるとミツネがニヤリと笑っている。
「なんか昔もこんな事なかった?」
「本がミツネの家にある事?」
「違うよ、秘密基地の事だよ」
ミツネは立ち上がり服に着いた土埃を払う。倒れてから終始笑顔を保つミツネは今にもスキップしそうな勢いだった。反対にユイラは気の抜けたようにポカンとしていたが何か思い出したのかゆっくりと立ち上がる。
「秘密基地って言うのミツネだけだよ」
「秘密基地みたいなものじゃん」
髪を直すミツネが言う場所は偶にエイラ、ミツネ、ガイス、時々他の人も交え近くのコテージで寝泊まりし、川で遊んだりバーベキューをしている場所の事だ。ミツネは入り組んだ道で周りが気で覆われている為か昔から秘密基地と言っている。ハンモックで寝た後日に風邪を引く歳だけかと思ったが今も言っている。
「まぁ、今はいいや。それより私の家行くんでしょ?」
ミツネはユイラの前髪も整え来た道の反対方向に足を向ける。ミツネの後ろを付いていくユイラはどこか気が向かないのか表情が何も表れていなかった。
なんでお母さんはミツネの家に本を持っていたのだろうか。ミツネの家に本を渡した話は聞いたことがないし、本を渡すこと自体が稀なのではないかとさえ思う。歩けば図書館はあるし、本の値段も高くはない。ミツネがタイトルを覚えていると言う事は、家自体にそんなに本がなく目新しいからではないか。その考えも間違えかも知れない。でも、何らかの意味があるのではないかと思ってしまう。それがもしお父さんが行った行為であれば考えもしなかったが、おそらく渡したのはお母さんの方だと私は勝手に考えている。
ユイラはミツネの後を追いながら漠然と渡した意味を思い浮かべていた。




