69話
今にも溢れそうだった水は徐々に鉢に吸い込まれ、いつの間にかぷっくら半円形を描いていた部分も消え、水平にまでなってしまった。
水は時間が経つにつれ嵩が減り続ける。既に水の量は鉢の半分まで減ったが、それに驚く暇などなかった。水が減るにつれ鉢からするりと何やら細く茶色い物が現れる。その物は一本ではなく何本も、鉢を包むよう生え始める。
「エイラさんそろそろ手を離さないとめんどくさいですよ」
「そうだね」
アミスが心配そうな声とは違いエイラの声には喜びが混ざり溶けている。成功したことに反射的に声が弾んでしまったのだろう。単純であり可愛らしい。
エイラは鉢を力強く中にある土や根から引き抜く。
予想はしていたが目の前には神秘的な状況が生まれている。
「ユイラ凄いでしょ!」
エイラはしたり顔で持っている土に根が張った塊を腕を伸ばしこちらに出してきた。
半分しか入れていなかった土はどのようにして体積を増したのだろうか。多量に入れた水は何処に言ったのか。何故、こんなにも早く根の成長を促すことができたのか。私の頭は疑問符が先ほどの鉢の様に多量に表れ嵩を増し今にも溢れそうだ。
エイラは動く根を持ったまま畑の奥まで進んでいく。その後を五歩ぐらい後ろから二人は付いていく。
「ねぇアミス。さっきつかった魔法は何?」
アミスは寝不足が祟っているのか足がおぼつかない。アミスの小さな歩幅は2人よりも多く回さなくてはいけない。それを解消するため、アミスは少し足を伸ばしたが流石に大変なのだろう。そんなアミスを見かねたユイラは小さな手を取り歩幅を合わせる。
小さな間ができ上手く呼吸ができるようになったアミスは口元を整えユイラに話始めた。
「さっき発動した魔法は植物の成長を促す魔法です」
「私も成長魔法を見たことあるけど、あんなふうに変化する魔法を見たことがない」
「あの魔法は青イチゴしか成長させることができないんです」
「え..」
アミスの言った事が本当ならばアミス固有の魔法であり、それはとても幸運なことだ。ある者は一つの固有魔法で財を気づき裕福に暮らし、ある者は暗殺された。魔法を持つことができない人もいる中でその人だけが使える魔法という物は貴重な存在であり、人を壊しかねないものでもある。
「それなら、なんで村から追い出されたの?」
「あーそれは」
アミスは自身の足先に目を向け頬を掻き、にへらと小さく笑った。
「あの魔法で生産するには非効率なんです」
アミスは顔を上げた時には先程のだらしのない顔は見せず真っすぐエイラを見つめた。
「私は成長魔法で使えるのはあれだけです。さっきのはあくまで小さな鉢だったので強く成長を促せましたが、広範囲に魔法をかけた時には萎れた実しかできません。エイラさんが言っていた土も関係はあると思いますが」
アミスは小さな苦しみを噛み殺すように話を続けた。
「私の魔法は栄養になるので使い物にはならないのです。能力が足りないのです。使えるのもせいぜい一日一回。私が持ってきた実は追い出される前に広範囲に魔法を使い萎れた実をできるだけ多く持ってきたものです」
淡々と話すアミスの口の中に苦い果実が入り込み唾と交わり合う。しかし、気持ち悪い液体をアミスは飲み込みユイラの方に笑いかけた。
「そんな使い物にもならない魔法が喜ばれ、エイラさんが笑ってくれて私は嬉しいですよ」
今まであった中で一番の笑顔かもしれない。そんな気持ちの良い笑顔を向けられ言葉を失いそうになるが手を離し、アミスの頭に手を置いた時には喉元から、空気が襖から抜ける様にするりと出た。
「魔法が本来あるべき姿で、魔法もさぞかし嬉しいだろうね」
くしゃっとした笑みは少しだけ不格好だが確かな可愛らしさがそこにはあった。
「ほら二人とも早く来てー」
エイラが畑の近くでしゃがみ込み二人に手を振る。その手に吸い込まれる様二人は足軽に歩きエイラに近づいた。
そんな道中ユイラはふと思う。
アミスの一番の笑顔は蜂蜜レモンを飲んだ時かもしれないと。