68話
「土と栄養ね。土の栄養じゃないよ、土と栄養ね」
三人はエイラの家までゆっくりと歩いていった。エイラの家の隣にはエイラ自身が手入れをしている畑があり綺麗に整っていた。
エイラは二人をベンチに座らせ自身は家の中に戻っていく。
「昨日の夜からエイラって寝てない?」
「はい。私も寝ないようにしてたんですけど、いつの間にかふかふかのベッドにいました」
痛々しいエイラの充血した目は余程何かに没頭し瞬きを忘れてしまったのだろう。それ程までに魅力的な物は一体何なのだろうか。これ程に熱中するのは久しぶりなのではないかと少し頭の中で時間をさかのぼって考えた。
「お待たせ」
エイラが家に戻り一分もしない間に私たち二人の方に戻ってきた。
手には片手で収まるほどの鉢が持たれており、反対の左手には柄杓が握られている。
寝ていないはずの彼女だが階段を軽やかに折り二人の前まで戻ってきた。鉢に入った土はおよそ半分。いや、3割ほどだろうか。植物を育てるには適量とは思えない。私が知らないだけでこういった技法があるのかもしれないが、私にはそれが分からない。
「さっきも言ったけど、土と栄養ね。まずは水から」
エイラは得意気に顔を作り田んぼまで歩いていった。ユイラとアミスも田んぼに近づこうとしたが、エイラは直ぐに二人の前まで戻ってくる。
先程とは違い柄杓の中には水を汲んでいるのか水平に保たれ歩いてくる。
「勿論水も栄養」
エイラは先程と同じような得意気な顔を浮かべ鉢に並々に水を注いでいく。溢れそうな水は鉢の上で半円形を描き零れぬよう保っている。
「ねぇ、エイラ。こんな状態だったら種が根を張れないんじゃない?」
エイラは右手に持った鉢を気にすることなく柄杓をアミスに渡し自身はポケットに手を突っ込んだ。勿論私の問いにも答えず口を噤んでいる。
「種はアミスが持ってた青イチゴから取ったものを使います。だから先に言っとくね、失敗したらごめんなさい」
言葉と裏腹にエイラの顔は自信に満ち溢れており、失敗の余地など考えていない。アミスも最善だと思いエイラに最後の実を託したのか、勝手に使われているかは分からないが、隣にいるアミスの顔には不満など出ていなかった。
「じゃあ、アミス言った通りにお願いね」
「うん」
エイラは握られた左手をカップケーキのような鉢の上に持っていき手を開く。隣にいるアミスはそのタイミングに合わせ左手を伸ばし唱えた。
「我が土地の生なる力を今注ぐ」
鉢に向けられたアミスの左手に翡翠色をした光る輪が現れ、鉢に吸い込まれる。
エイラの手からぽとりと落とされた小さな種は粘り気のない水にできるはずのない、クラウン上のしぶきを上げ硬直する。
その時私は見逃さなかった。エイラの口角が吊り上がる瞬間を。
硬直した種、水、鉢の中の土は翡翠色に輝きを放ち、減光と共に動き出す。音などは聞こえない。聞こえるのは周りに鳴く虫、風に流され擦り合う草の音。私は鉢に目を取られ周囲の音さえも感じ取れなくなってしまう。