60話
卵とバターを纏ったパンはとても魅惑的だ。先程お昼を食べた私のお腹を香りだけで刺激させる。私の分も作って貰えば良かったと、後悔の波が私の胃の内側を覆っていった。
エイラがフレンチトーストを返す為ヘラを取り出すのを確認し私は床下にあるレモン蜂蜜の瓶を取り出す。引き出しに入っている炭酸粉を取り出し、棚から出したコップに入れていく。王都で見たラムネの瓶で炭酸を発生させられたら便利なのだが、私達にはまだあの技術は入ってこない。持って来れば良かったのだが、どうやら継続時間があるみたいだ。店主も大変だ。時間があっては売れ残りはただの甘い水になってしまう。
そんなどうしようもならないことを考えながら私はコップの中に輪切りにしたレモン一枚とシロップを入れていく。水を入れ棒でかき回すと、炭酸が湧きプチプチと軽快な音を鳴らす。
「まだ、起きないの?」
「そろそろご飯もできるから起きるんじゃない?」
未だに紫の髪を垂れ流し寝ている少女は起きる気配がない。くすーっと寝息をテンポ良く鳴らすため生きていることは確かだが、死んだように眠るとはこのことなのだろう。
氷を入れ忘れたことに気付き、コップの中に入れるが嵩がまし表面張力でドーム状になっていた。
「ほら、起きてご飯作ったら」
エイラは皿を少女の横に置き、ユイラは少女が起き手が当たらないよう少し話した場所にレモン蜂蜜を置いた。
エイラとユイラが椅子に着くと少女の寝息が止まる。先程までの規則正しい寝息とは違い、電源が切れたようにピタッと止まった。しかし、すぐにどこかで豚の鳴き声が聞こえてきた。グぅ、グが。っと鼻の中で何かが震え、濁音が聞こえる。
その後も少しだけ眺めているとゆっくりと頭が上がり小さな顔が私たち二人の前に現れた。
小さな顔には適した口と鼻がちょこんと置かれ、少し大きな耳が少女の可愛さを引き立てていた。まだ、しっかりと目は開いておらず小さな手で目を擦っている。ふわっと気の抜けるあくびが聞こえ目の端に小さな水たまりを作った。
「おはよ」
「....」
「もう、お昼だけどおはよ」
「....」
ユイラとエイラは少女に話しかけるが、一向に反応を見せるどころか手を膝に置き、視線は下に向けている。まだ眠いのかあくびを噛み殺し涙を流しているが、何かに吊られるように顔を上げ始めた。人の表情は分かりやすい。パッチリと目が見開き、小さな口の端から汁が零れている。
「いいよ、食べて」
「....」
「食べないんなら私がー」
ユイラが皿に手をかけ手前に引くと少女は大きな口を開けながら前傾姿勢になり乗り出した。
「あー」
自然な現象なのか少女は声を出し迫ってくる。涎がポタポタト垂れ口だけが先に迫ってくる。
「バカ」
フレンチトーストにフォークを刺そうとした時エイラに頭を叩かれそれと同時にユイラはフォークを落とす。フォークと皿がかち合い小高い音を鳴らす。
「食べてよかですか?」
「なんか言葉変だよ?」
既にユイラの言葉は届かないのか少女の体、五感、全てがフレンチトーストにとらわれていた。