55話
たった一時間。
魔染火大会は私の感覚では一瞬に過ぎ去ってしまった。大勢の鑑賞者たちが現実に戻れない私の横を抜けて行く。まだ、脳裏にちらつく空に上がった無数の光。歓声と共に消えていく儚い光。目に焼き付いて離れない色の濃い光。大会の参加者の魔法使いは皆すごく口を閉じることができなかったが、その中でもペーラーだけはレベルが逸脱していた。
そんな彼女の魔法が頭から離れない。拭っても質の悪いシミのように私の脳に浸透していってしまった。
「ユイラもう行くよ」
後方から聞こえたエイラの声はしっかりと耳の中に入っている。しかし、振り返ることができない。大会が終わっても島で談笑しているペーラーに目が行ってしまう。私と同じく短髪の髪。色は何色にも染まらないと強く主張する、白。身長はエイラと同じぐらいだろうか。
私は彼女が着る青いドレスに何が意味があるのか、何を指しているのかと、ありもしない理由まで考えるほど彼女に見入ってしまった。
会式とは違い穏やかな会話が辺りから流れ喧騒と言えるほど周りはうるさくなく、時の流れも緩くなっていく気がした。
立ち上がろうと足に力を込めた時、自分の足が痺れていることに気が付いた。ラムネの瓶から伝わるひんやりとした気持ちの良い冷たさも感じない。
何とか立ち上がり目線が高くなった時、私は再び何かに引き寄せられるように視線が動いて止まった。綺麗な長い銀髪。私の小さく呟いた。
「エット・ベルエット」
この声は誰にも聞かれていない、私の中だけで響いた言葉。
ガイスが言っていたベルエットは爪を噛み、苦い顔をしながら島を睨みつけていた。私と同じく未だ島を見ている人はもう彼女しかいないだろう。しかし、私と決定的に違うところはどこか悔しさがあると事だ。おそらくは彼女の母であるペーラーに対抗心を燃やしているのだろう。
その気持ちは私も少しわかる気がする。
「ほら速く行くぞ。配送馬に間に合わなくなる」
後ろで待ってる二人に振り向き私は緩やかな坂を上る。
まだどこかでさっきまでの喧騒が耳に残っている。足の芝が皆なの拍手に聞こえるのは少し背筋がむず痒かった。
「エイラ」
「ん?」
「青イチゴ、できるよ」
エイラは何も言わずその場で固まる。呼吸も浅くなっているかもしれない。その場所だけ時間が止まっているのか上る私はエイラの隣まで並んだ。
「正確にはできるかも知れないだけど」
「どういうこと?」
追い越したエイラは突然歯車が嵌ったように動き出し私の隣に並ぶ。ガイスは話の内容が見えてこないのか残りのぬるくなったラムネを飲み一歩後ろを歩いていた。
「私の家に青イチゴの本があるかも」
「ほんとに!」
エイラは今日一番大きな声を出したのかもしれない。夜でも凄い笑顔でなんだか、こちらが照れてしまう。
「昔お母さんが買ってるかもしれない」
「無くてもいいよ、今まで手がかりが少なかったんだから」
「じゃあ、帰ったら探すね」
「私も探す」
いつも涼しい彼女と違い子供っぽい笑顔をするエイラは本当にかわいかった。
「てか、マジ時間がないから早く行くぞ」
ガイスは瓶をゴミ箱に捨て私たちを促した。
また一日使うのは少し億劫だったけど、王都に来れて良かった。もう少し早く行ければいいのだろうが一般市民には速い馬なんてお金が掛かりすぎてしまう。
また、お尻が痛くなるけど、あとの楽しみを考えたらそんな痛みも楽しみに変わるのかも知れないと思えた。