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49話 海と本と茶色の海


 私は本の海の中に溺れる。

 息が苦しくなるほどに圧迫する本棚。照明や本棚が等間隔に並び平衡感覚をなくしていく。少しでも標識を見逃してしまえばすぐに足がつかなくなりその場で手足でばたつかせるだろう。

 そんな深い本の海の中私は足を動かす。地面の色と同じ色をした茶色の絨毯に足を確実につけている筈だが、体がふわりと何かに浮く感じました。


 首を上に曲げ標識に従いながらようやく小説が並べられた場所に辿り着いた。しかし、ユイラはため息を吐き肩の力を大袈裟に抜く。


「あと1時間でこの量を探せってか」


 『nー1』と書いてある標識の棚の横には『nー2』があり、軽く確認するだけで『n』の文字が無数にあった。更に一つの棚にはぎっしりと本が詰まっている。

 販売されている本であるため全ての本が綺麗であり心が踊るが目眩がするほどの量にはユイラも辟易した。


「はぁー、時間もない早くやらないとな」


 ユイラはぶつぶつと不満を漏らしながらも足速に本棚の間を抜けていき目を頻繁に動かした。

 一つ二つと本棚を見るたび焦りなのか見るペースは上がっていくが一向に見つからない。店の者に聞けば早いのかもしれないが、ここに来る際1人もすれ違う事はなく、従業員は少ないと思い人を呼ぶ事をしなかった。しかし、それが今は裏目に出ている。


「あーもー無いじゃん!」


 ユイラは『nー11』の本棚に寄り掛かり強くため息を含めた声を吐く。

 マニアックな本かも知れないがこんな多量にある本の中に埋もれもしないとは思っていなかった。その他にもベラリエラに関する物語もなく全ての棚を見終えてしまった。


「もう、時間もないし会計場に行って聞こ...」


 ユイラはとぼとぼと足を動かし標識の案内通り本棚の隙間を抜けていく。

 こんなにも広い本屋にも関わらず運がいいのか会計場は近くにあり並ぶ人も居なかった。一つ不可解なことがあるとしたら、会計場は一つしかなくその場所に座る人がお歳を召している事だ。私はそそくさと座る老女のところに行き言葉をかけた。


「あの、ベラルーカの冒険譚の冒険を探しているのですがありますでしょうか」

「ないよ」 


 私の小さな言葉が正確に伝わっているのかと疑わしいほど老女の返答は早かった。


「一冊も?」

「ないよ」


 ガラついた返答は耳にすんなりと入りだった足に疲労を告げる。


「今後の予定も」

「ないね」


 予想通りというか、何というか少しだけ泣きそうだ。ベラルーカの冒険譚はない。ここから先は私が考えなくてはいけないと思うと肩にも疲労が蓄積されてきた。


「じゃあ、青イチゴの本とかはありますかね...」


 無い物はいくら唱えようが出てくる事はない。でも、折角来たのなら何か使える物でも買って帰らないと。

 ユイラはエイラが探しているであろう青イチゴの手掛かりとなりそうな本を探す事にし老女に伝えた時、彼女は一拍置き口を開いた。そして、その言葉に私は驚きを隠せない。


「お前さんと同じような黒髪の少女が丁度その二つの本を買っていったさ。あれは、いつだろか、もう長生きをし過ぎて歳を数えるのもやめてしまったからな」


「そうですか、また来ます」


 嬉しさと悲しさ、悔しい感情を置きユイラはその場を後にする。

 お母さんが本を買っていた。しかも、2冊。そして更に思い出す。ベラリエラの冒険譚に書いてあったベラリエラの好物、青の果実。私の考えとお母さんの考えは同じだったという事だ。でも、青い果実はエイラの事で知った事。私1人では辿り着けないであろう事にお母さんは1人で気づき、動き行動し、成し得た可能性がある。そんな事を考えると腹の奥底に悔しさが滲み出てきた。


 ぐっと腹の中に力を入れてそんな悔しさを押し込みながら歩く。

 私だって今日念願の魔法を使えたんだ。

 遠い遠い背中を少し、ほんの少し、シャツの短いスリットを掴んだんだ。それだけで、良いじゃないか。小さな足で棚の間を抜けていく。頬に垂れる生暖かい雫を落としながら歩く。


 茶色の海に小さな雫が落ち染み込んでいく。

 もう、現実では追えない背中が濁った海に映る事はない。

 沈んだ深い場所に彼女がいるわけではないが、ユイラは確実に茶色の絨毯に足をつけ涙を拭い、ドアノブを捻った。



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